これまでにない水素イオン輸送メカニズムを解明

これまでにない水素イオン輸送メカニズムを解明

手順を入れ替えて逆方向へ水素イオンを輸送するタンパク質

2022-7-19自然科学系
理学研究科教授水谷泰久

お読みいただく前に

  • プロトンとは水素原子の陽イオンです。生物の体の中では、膜を挟んだプロトン濃度差を利用してエネルギー変換や物質輸送が行われています。
  • プロトンポンプとはプロトンを能動的に輸送するタンパク質です。

研究成果のポイント

  • 水素イオン輸送タンパク質の新たな水素イオン輸送メカニズムを解明
  • 従来とは逆の輸送方向をもつ水素イオン輸送タンパク質が最近発見され、その輸送メカニズムは不明であったが、反応中間体の観測によってメカニズム解明が可能に
  • 水素イオン輸送原理の理解が進むことが期待

概要

大阪大学大学院理学研究科の大学院生の林航平さん(博士前期課程)、水野操助教、水谷泰久教授の研究グループは、名古屋工業大学大学院工学研究科神取秀樹教授と共同で、光エネルギーを使ってプロトン(水素イオン)を輸送するタンパク質の新たなメカニズムを明らかにしました。

生物の体の中では、膜を挟んだプロトン濃度差を利用してエネルギー変換や物質輸送が行われています。このプロトン濃度差は、プロトンを能動的に輸送するタンパク質によって作られていて、それらはプロトンポンプと呼ばれています。一部の微生物から、光エネルギーを利用したプロトンポンプが見つかっていて、これらは細胞の内側から外側へプロトンを輸送する、外向きプロトンポンプであることがわかっています。最近、立体構造は類似していながら、従来のタンパク質とは逆向き、つまり内向きにプロトンを輸送するタンパク質が発見され注目を集めています。しかし、逆向きのプロトン輸送のメカニズムは解明されていませんでした。

今回、水谷教授らの研究グループは、内向きプロトンポンプの一種であるシゾロドプシン4(図1)について、時間分解共鳴ラマン分光法を用いて、タンパク質中に含まれるレチナール発色団の構造変化を観測しました。その結果、従来のタンパク質の場合に比べて、構造変化の順序が入れ替わっており、そのために逆方向にプロトンを輸送できることを解明しました。このメカニズムは、これまでにわかっているプロトン輸送メカニズムのどれでもありませんでした。これにより、プロトン輸送原理の理解が進むことが期待されます。

本研究成果は、ドイツ科学誌「Angewandte Chemie International Edition」に、7月8日(金)に公開されました。

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図1. これまでにないメカニズムでプロトンを輸送するタンパク質シゾロドプシン4。中央に示しているのは、本研究で明らかになったレチナール発色団の構造。

研究の背景

生物の体の中では、膜を挟んだプロトン濃度差を利用してエネルギー変換や物質輸送が行われています。このプロトン濃度差は、プロトンを能動的に輸送するタンパク質によって作られていて、それらはプロトンポンプと呼ばれています。一部の微生物から、光エネルギーを利用したプロトンポンプが見つかっていて、これらは細胞の内側から外側へプロトンを輸送する、外向きプロトンポンプであることがわかっています。最近、立体構造は類似していながら、従来のタンパク質とは逆向き、つまり内向きにプロトンを輸送するタンパク質が発見され注目を集めています。しかし、逆向きのプロトン輸送のメカニズムは解明されていませんでした。

研究の内容

水谷教授らの研究グループでは、内向きプロトンポンプの一種であるシゾロドプシン4について、時間分解共鳴ラマン分光法を用いて、タンパク質中に含まれるレチナール発色団の構造変化を観測しました。従来のプロトンポンプは、光吸収による異性化(光異性化)、シッフ塩基の脱プロトン化の後、再プロトン化してから再異性化を起こすことがわかっています(図2左)。一方、シゾロドプシン4では、シッフ塩基の脱プロトン化の後、再異性化してから再プロトン化を起こすことが本研究からわかりました(図2右)。つまり、再異性化と再プロトン化の順序が入れ替わっているのです。さらに、この違いは、シゾロドプシン4が従来のプロトンポンプとは逆向きにプロトンを輸送することを大変うまく説明することがわかりました。従来のプロトンポンプは、光異性化によってシッフ塩基を細胞内側に向けてプロトンを放します。しかし、そのプロトンは細胞外側へ運ばれなければならないので、細胞外側にある、負電荷をもったアミノ酸残基がプロトンを引き寄せると考えられています。プロトンを失ったシッフ塩基は細胞内側を向いたままで細胞内からプロトンを受け取り、再異性化によって細胞外側を向きます(図3左)。一方、シゾロドプシン4は、異性化によって細胞内側を向いてプロトンを放し、それはそのまま細胞内へ放出されます。その後再異性化して細胞外側へ向きを変え、細胞の外側からプロトンを受け取ります(図3右)。従来のプロトンポンプのシッフ塩基はプロトンを放す向きと放出する向きが合っていないのに対して、シゾロドプシン4ではプロトンを放出する向きとプロトンを放す向きも、プロトンを受け取る向きとプロトンを取り込む向きも合っています。極めて合理的なメカニズムでプロトンを輸送していることがわかりました。そして、このメカニズムは、これまでにわかっているプロトンポンプの輸送メカニズムのどれでもありませんでした。

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図2. 従来のプロトンポンプとシゾロドプシン4のメカニズムの比較。従来のプロトンポンプは、光吸収による異性化(光異性化)、シッフ塩基(水色の部分)の脱プロトン化の後、再プロトン化してから再異性化を起こすことがわかっています(左)。一方、シゾロドプシン4では、シッフ塩基の脱プロトン化の後、再異性化してから再プロトン化を起こすことが本研究からわかりました(右)。

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図3. プロトンの輸送方向とシッフ塩基の向き。シッフ塩基の向きを、青いシューズのバスケットボールプレーヤーの向きで、輸送されるプロトンをボールで表しています。従来のプロトンポンプ(左)のシッフ塩基はプロトンを放す向きと放出する向きが合っていないのに対して、シゾロドプシン4(右)ではプロトンを放出する向きとプロトンを放す向きも、プロトンを受け取る向きとプロトンを取り込む向きも合っています。極めて合理的なメカニズムでプロトンを輸送していることがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、再異性化と最プロトン化の順序がプロトンの輸送方向を決定する因子の一つであることを示しています。この発見をきっかけに、他の内向きプロトンポンプについてもメカニズムを解明し比較することで、プロトン輸送原理の理解やプロトンポンプの分子設計に道が拓かれることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年7月8日(金)にドイツ科学誌「Angewandte Chemie International Edition」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“CisTrans Reisomerization Precedes Reprotonation of the Retinal Chromophore in the Photocycle of Schizorhodopsin 4”
著者名:Kouhei Hayashi, Misao Mizuno, Hideki Kandori, and Yasuhisa Mizutani
DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202203149

なお、本研究は、科学研究費補助金、基盤研究(B)および学術変革領域研究(B)の一環として行われ、名古屋工業大学 大学院工学研究科 神取秀樹教授の協力を得て行われました。

参考URL

用語説明

ラマン分光法

物質に光を当てると、当てた光のエネルギーから、物質の振動エネルギー分だけずれたエネルギーをもつ光が観測される。これはラマン散乱光と呼ばれる光で、この光の解析から、物質の構造について豊富な情報が得られる。この実験手法をラマン分光法と呼ぶ。

レチナール発色団

ビタミンAの誘導体であるレチナールが、タンパク質中のリシン残基と結合してできた発色団。

シッフ塩基

窒素原子に炭化水素基が結合した、有機化合物の部分構造。炭素原子-窒素原子間の二重結合を含む。