2018年11月29日

研究の概要

神戸大学大学院理学研究科の大道英二准教授、大学院生・岡本翔さん、大阪大学大学院理学研究科の水谷泰久教授らの研究グループは、金属イオンを含むタンパク質の電子状態を微量の溶液でも決定できる新しい分析手法の開発に成功しました。

この研究成果は、11月28日(現地時間)に、国際学術雑誌「Applied PhysicsLetters」に掲載されました。特に注目度の高い論文として「Editor’s Pick」に選出されています。

研究のポイント

・生体中には、ヘモグロビンに代表されるような金属イオンを含むタンパク質(金属タンパク質※1)が多く存在し、酸素運搬・貯蔵、電子伝達、酸化・還元など重要な役割を担っている。
・金属タンパク質に含まれる金属イオンの電子状態を詳しく調べることで、そのタンパク質のはたらきを知ることができる。しかし、従来の測定法ではある程度まとまった量のタンパク質試料が必要であった。
・本研究では、マイクロリットルという微量溶液試料に対し、金属タンパク質の電子状態を精密に決定することが可能な新しい分析手法の開発に成功した。

研究の背景

タンパク質中に金属イオンを含有している金属タンパク質は生体中で酸素運搬・貯蔵、電子伝達、酸化・還元といった重要なはたらきをしている。こういったタンパク質では、多くの場合、金属イオンが活性中心としての役割を担っている。そのため、金属イオンの状態を詳しく調べることで、機能発現のメカニズムなどを知ることができる。

電子スピン共鳴(electron paramagnetic resonance :EPR)※2と呼ばれる実験手法は、タンパク質中の金属イオンの状態を選択的かつ分光的に測定することができる。通常のEPR測定ではマイクロ波を用いた測定装置が一般的であるが周波数範囲が限られていることから、その適用範囲が限られている。このような問題を解決する方法として、ミリ波・テラヘルツ波※3と呼ばれるより広い周波数帯の電磁波を用いる方法が有効である。この方法は高いスペクトル分解能を得ることができる反面、測定感度の点からある程度まとまった試料体積を必要とする。そのため、単離、精製が困難で微量な試料体積しか得られない金属タンパク質に対しては適用できないことが大きな課題となっていた。このような研究背景から、微量な溶液試料に含まれる金属タンパク質について、その金属イオンの状態を詳細に調べることが可能な測定手法が長らく望まれてきた。

研究の内容

従来のEPR測定では、金属イオンによって吸収された電磁波の変化を検出している。一方、本研究ではナノメンブレン(図1(a))と呼ばれるトランポリン形状のデバイスを検出に用いている点が特徴である。EPRでは電子スピンが電磁波を吸収することで高いエネルギー状態に遷移するが、この時、同時にスピンの向きが反転し、金属イオンのもつ磁石としての性質も変化する。そこでナノメンブレン上に微小な磁石をあらかじめ貼り付けておき、この磁石と金属イオンが引き合う力の変化をナノメンブレンにはたらく力に変換してEPR信号を検出する。ナノメンブレンは厚さが100nm(=0.1μm)しかないため、EPR吸収に伴う微弱な力の変化も感度よく測定できる。

溶液試料はメンブレン直上の溶液セル(図1(b))に入れて測定を行う。セルの体積は50μL(=0.05cc)であり、この中に1-10μL(0.001-0.01cc)程度の微量溶液を入れて測定を行う。セルの上部は溶液の乾燥を防ぐため、樹脂製のキャップで覆われている。この測定法では、薄くて壊れやすいナノメンブレンと溶液セルが独立していることから、試料交換を容易に行うことができるという利点がある(図1(c))

装置の性能を評価するために、ミオグロビンと呼ばれる鉄含有タンパク質とそのモデル物質であるヘミンクロライドに対して、高周波領域(0.1THz以上)でのEPR測定を行った(図2)。その結果、50mM濃度、2μLのヘミンクロライド溶液試料に対し0.1-0.35THzという広い周波数範囲でEPR信号の検出に成功した。また、ミオグロビン溶液に対しても8.8mM、10μLの測定試料に対して特徴的なEPR信号の観測に成功した。この測定方法は、広い周波数範囲での測定を行える点が大きな利点であり、様々な磁気的性質をもつ金属タンパク質に対して適用することが可能である。

図1
(a)ナノメンブレンの写真。ナノメンブレン自体は非常に薄い(厚さ100nm)ので肉眼では透けて見える。中央の丸囲みにあるのはEPR検出用の微小磁石。
(b)溶液セルの写真。真ちゅう製容器の上にテフロン製の部品でキャップし、溶液試料の乾燥を防いでいる。
(c)本研究で作製した力検出方式によるEPR装置の組み立て図。磁石をのせたメンブレン上方に測定試料の入る溶液セルが配置されている。ナノメンブレンの変形はメンブレン下方にある光ファイバーによって検出される。

図2 本研究で得られた凍結溶液試料の力検出EPR測定の結果。
上の2つがヘミンクロライド、一番下がミオグロビンの測定結果。赤い実線は、数値シミュレーションから期待される信号の振る舞いを示す。溶液濃度と試料体積はヘミンクロライドで50mM、2μL、ミオグロビンで8.8mM、10μLとなっている。測定は4.2Kで行った。内挿グラフにはヘミンクロライドの異なる測定周波数と共鳴磁場の関係を示す。この2つ曲線の振る舞いを解析することで鉄イオンの詳細な状態を決定することができる。内挿図はヘミンクロライドの分子構造。

今後の展開

今回の研究成果により、微量な金属タンパク質溶液に含まれる金属イオンの状態を詳細に決定することが可能になる。そのため、これまで測定が不可能とされてきた金属タンパク質への適用が期待される。例えば、生体ではエネルギー代謝において、ペルオキシダーゼと呼ばれる金属タンパク質が過酸化水素を水に変換し、無害化するという重要な役割を担っているが、その反応過程に関する詳しいメカニズムは現在も明らかになっていない。今回の成果は、このような未解明の生命現象を解明する上で有力な分析手法となることが期待される。

用語解説

※1 金属タンパク質
タンパク質中に金属イオンを含むタンパク質の総称。Cu、Fe、Mn、Cr、Vなど様々な金属イオンを含む金属タンパク質が知られている。金属イオンは活性中心として生体中で重要な役割を担っている。血液中で酸素を運搬するヘモグロビンは最もよく知られている金属タンパク質の一つである。

※2 電子スピン共鳴
電子の持っている磁石としての性質(電子スピン)を外部から照射した電磁波によって検出する実験手法。タンパク質中に含まれる金属イオンの状態を選択的に調べることができる。高い周波数の電磁波を用いるとより詳細な解析が可能になる。

※3 ミリ波・テラヘルツ波
電磁波を波長(周波数)で分類した時の呼称のひとつ。ミリ波とは波長が1–10mm、周波数が30-300GHz(=0.3THz)の電磁波を指す。テラヘルツ波は定義にもよるが、周波数0.1〜10THz(波長30µm〜3mm)の電磁波を指す。マイクロ波と光の中間領域にあたる電磁波。

謝辞

本研究は以下の研究助成を受けて行われました。
科学研究費基盤研究(A)(No.JP17H01184)
科学研究費基盤研究(B)(No.JP26287081)
科学研究費挑戦的萌芽研究(No.JP26610104)
日本学術振興会特別研究員奨励費(No.JP18J11268)
旭硝子財団ステップアップ助成
カシオ科学振興財団研究助成
島津科学技術振興財団研究開発助成:

論文情報

・タイトル
“Force-detection of high-frequency electron paramagnetic resonance spectroscopy of microlitersolution sample”

・著者
Tsubasa Okamoto1, Hideyuki Takahashi2, Eiji Ohmichi1, Haruto Ishikawa3, Yasuhisa Mizutani3,and Hitoshi Ohta4
1:神戸大学大学院理学研究科物理学専攻
2:神戸大学先端融合研究環
3:大阪大学大学院理学研究科化学専攻
4:神戸大学分子フォトサイエンス研究センター

・掲載誌
Applied Physics Letters

参考URL

大阪大学 大学院理学研究科 化学専攻 生物物理化学研究室
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/mizutani/index-jp.html

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