普及型の500倍! スピンで超高感度なひずみセンシングを実現

普及型の500倍! スピンで超高感度なひずみセンシングを実現

世界最高感度のフィルム型ひずみゲージの実用化へ

2022-2-16工学系
産業科学研究所教授千葉大地

研究成果のポイント

  • ハードディスクの読み取りヘッドや固体磁気メモリに利用されているスピントロニクスデバイスをフレキシブル基板上に形成し、ひずみや圧力などの力学情報を検出するセンサとして広く利用されている、フィルム型のひずみゲージを作製しました
  • 広く普及しているフィルム型の金属箔ひずみゲージに比べ、約500倍ものひずみ検出感度を実現しました
  • スピントロニクスの従来の延長線上にない社会実装展開を主導する成果であるとともに、ひずみ、加速度、慣性力などのIoT社会の高度化にとって極めて重要な力学情報を、高解像度にセンシングするデバイスとして期待されます

概要

大阪大学産業科学研究所の千葉大地教授らの研究グループは、世界最高感度のフィルム型ひずみゲージをスピントロニクス素子で実現しました。

ひずみゲージは、材料が外力に比例して変形するひずみを、電気信号として検出するセンサのことです。構造物のひずみや圧力検出、人体の活動から生まれるデータセンシングするデバイスなどにも活用されています。グループは柔らかいプラスチックフィルム(フレキシブル基板)上に、ハードディスクの読み取りヘッドや固体磁気メモリに利用されているスピントロニクスデバイス=磁気トンネル接合素子を形成し、フィルム型のひずみゲージを作製しました[図1(a)]。その結果、約1000という巨大なゲージ率を実現しました[図1(b)]。これは広く普及しているフィルム型の金属箔ひずみゲージに比べ、500倍ものひずみ検出感度に相当します。

今回の成果は、磁気記録の高度化が主な使命であったスピントロニクスの、従来の延長線上にない社会実装を先導するものです。また、ひずみなどの力学情報は、医療やヘルスケア・仮想空間・インフラモニタリング・自動車・航空宇宙・物流など、IoT社会の広い場面で活用され、フィジカル空間における極めて重要なセンシング対象です。従って、これらの情報はSociety 5.0の実現に不可欠であるサイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたサイバーフィジカルシステムの高度化に大きく貢献します。さらに、磁気トンネル接合は集積化も可能であり、フィルム型のひずみゲージは柔らかいため、生体親和性を持たせることも容易です。従って今回の成果が、より解像度の高い様々な力学情報を人類に提供する新たな手段として、新たな産業へと発展することが期待されます。

本研究成果は、2022年2月15日に「Applied Physics Letters」のオンライン版に掲載されました。

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図1. (a)引っ張り試験機でプラスチックフィルム上の磁気トンネル接合を引っ張っている様子(上)と試料の模式図(下)。(b)磁気トンネル接合の素子抵抗の引っ張りひずみによる変化。挿入図は磁気トンネル接合の模式図。ひずみが0.2%~0.4%の範囲で、素子抵抗が200%近く減少していることが分かる(つまり、ゲージ率が約1000)。本研究では、抵抗が変化し始める閾ひずみ(図では0.2%程度)をゼロにする方法も提案。

研究の背景

ひずみや加速度、慣性力などの力学情報は、IoT社会の広い場面にとって極めて重要なセンシング対象です。特に、フィジカル空間における最重要センシング対象は力学情報であると言っても過言ではありません。

一方で、今回の成果の背景として重要な「スピントロニクス」は、磁性体ナノ薄膜やナノ構造を舞台としたナノテクノロジーに関する学術・産業分野の一つで、ハードディスクや固体磁気メモリなどの磁気記録技術や、磁界検出技術の高度化をもたらす新たな物性物理学分野としての裾野を広げてきました。また、着実に社会実装を進めるエレクトロニクスとしても大きく発展してきました。しかし、その高度な知見と技術が、磁気記録や磁界検出技術をさらに発展させるという得意技に集中投入されている傾向があります。そのため、力学情報のセンシングとは無縁の分野として発展してきました。

今回、大阪大学産業科学研究所の千葉大地教授らの研究グループは、スピントロニクス素子を用いた超高感度なフィルム型ひずみゲージを作ることに成功しました。同研究グループは柔らかいプラスチックフィルム(フレキシブル基板)上に、ハードディスクの読み取りヘッドや固体磁気メモリに利用されている磁気トンネル接合を形成し、フィルム型のひずみゲージを作製しました[図1(a)]。磁気トンネル接合は2層の磁性ナノ薄膜で絶縁体のナノ薄膜をサンドイッチした構造を持っています。フィルムを引っ張ると、磁気トンネル接合にひずみが加わり、2層の磁性ナノ薄膜の磁化の相対角度が変化します[図1(b)の挿入図参照]。これにより、トンネル電流の大きな変化、つまり電気抵抗の大きな変化が引き起こされます。今回作成した磁気トンネル接合を用いたフィルム型ひずみゲージでは、約1000という巨大なゲージ率が実現されました[図1(b)]。これは広く普及しているフィルム型の金属箔ひずみゲージに比べ、500倍ものひずみ検出感度に相当します。

一方で乗り越えるべき課題も見つかりました。一つは、図1(b)の結果を得るために、外部から、わずかですが磁界を意図的に印加しないと安定した動作が得られなかったことです。同研究グループは、実用化されている磁気トンネル接合で良く使われている、交換バイアスという手段を用い、磁界を全く印加せずともひずみゲージとしての動作が得られることを実証しました。また、このとき、ひずみを加えたりもとに戻したりしても、素子抵抗がひずみに対して一意に決まり、完全にリバーシブルな動作が引き起こせることも分かりました。

また、今回の実験セットアップでは、高感度なひずみ検出動作を行うためにある程度のひずみを加える必要があること、つまり閾(しきい)ひずみが存在するという課題があります。例えば、図1(b)では、0.2%程度のひずみを加えることで抵抗が変化し始めます。そこで、同研究グループはシミュレーションを行い、この閾ひずみのメカニズムと、閾ひずみが存在しない条件を明らかにしました。また、ひずみゲージとして利用する際に重要な、ひずみに対する電気抵抗の変化の線形性を保つための条件も調べました。

高いゲージ率を保ちつつ、閾ひずみフリーで線形性を確保できる条件が明らかになったことで、今後このひずみゲージの社会実装に向けた取り組みが加速することが期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、日本が世界をリードする「スピントロニクス」の新たな社会実装範囲を開拓する成果です。また、今回実験に用いた磁気トンネル接合は1ミリメートル四方のわずか6800分の1という極めて小さなもので、光学顕微鏡を使わないと良く見えないサイズですが、量産固体磁気メモリで用いられている磁気トンネル接合はさらにその数十万分の1という大きさで、もはや電子顕微鏡を使わないと見えないサイズです。つまり、磁気トンネル接合を用いると、極めて小さなひずみゲージを作ることができます。今後、フレキシブルエレクトロニクスの発展とともに、このような微細な磁気トンネル接合をフレキシブル基板上に集積化して利用できる可能性があります。集積化した高感度なひずみゲージ群は、緻密なひずみのマッピングを可能とします。柔らかい基材上にこのような機能を持たせることができるということは、生体親和性を持たせることも容易であることを意味し、生体モーションの精密計測などが重要となる医療やヘルスケア、スポーツ科学、仮想現実など様々な場面での活用・応用が期待できます。このように今回の成果は、より解像度の高い様々な力学情報を人類に提供可能な手段をもたらし、新たな産業を生み出すキラーデバイスとなることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年2月15日に「Applied Physics Letters」のオンライン版に掲載されました。

タイトル:“CoFeB/MgO-based magnetic tunnel junctions for a film-type strain gauge”
著者名:K. Saito, A. Imai, S. Ota, T. Koyama, A. Ando, and D. Chiba
DOI:10.1063/5.0085272

本研究は、以下の事業の支援を受けて行われました。
・科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同(育成型)
[グラント番号: JPMJTR20T7]
 研究課題「ゲージ率 1000 を超える超高感度フィルム型ひずみゲージの開発」
(研究代表者:千葉 大地 大阪大学産業科学研究所 教授)

・科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
[グラント番号: JPMJCR20C6]
研究領域「情報担体を活用した集積デバイス・システム」
(研究総括:平本 俊郎 東京大学生産技術研究所 教授)
研究課題「集積スピンサイバーフィジカルシステムの構築」
(研究代表者:千葉 大地 大阪大学産業科学研究所 教授)

参考URL

大阪大学産業科学研究所・千葉研究室)
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/se/

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 11 住み続けられるまちづくりを

用語説明

磁気トンネル接合

2層の磁性ナノ薄膜で非常に薄い絶縁体の薄膜をサンドイッチした構造を持つ代表的なスピントロニクスデバイスで、超微小な磁界を検出するセンサや、ハードディスクの読み取りヘッド、固体磁気メモリの記録素子として用いられています。

ゲージ率

ひずみ検出感度の指標を表す数値のことです。例えば、世の中で広く用いられている金属箔フィルム型ひずみゲージでは、フィルムが0.1%伸びたときに、電気抵抗が0.2%程度変化するので、ゲージ率は0.2/0.1=2となります。

金属箔ひずみゲージ

非磁性の金属箔を用いたひずみゲージのことです。フィルム上に形成された金属箔を引っ張ると、金属の断面積が変化するため、電気抵抗が変化します。これを利用してひずみをセンシングするひずみゲージのことを、一般に金属箔ひずみゲージと言います。

Society 5.0

サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。

トンネル電流

磁気トンネル接合の場合、2層の磁性ナノ薄膜の間に挟まれている絶縁体は数ナノメートルという薄さです。この場合、上下2層の磁性ナノ薄膜に電圧を加えると、量子力学的効果によって、電子が薄い絶縁体をトンネルします。このときトンネルした電子によって担われる電流をトンネル電流と言います。

交換バイアス

全体として磁化を持たない反強磁性体と呼ばれる物質のナノ薄膜と、磁石の性質を示す磁性ナノ薄膜とを積層すると、磁性ナノ薄膜の磁化の方向を一方向へ固定することができます。今回発表した論文では、2層の磁性ナノ薄膜のうち、1層の磁化を常に一方向へ固定することで、もう片方の磁性ナノ薄膜の磁化の角度だけがひずみで変化し、電気抵抗が大きく変化することを示しました。