基板を曲げたり引っ張ったりするだけで素子内の熱流方向を変えることに成功

基板を曲げたり引っ張ったりするだけで素子内の熱流方向を変えることに成功

2019-9-13自然科学系

研究成果のポイント

・柔らかいプラスチックフィルム(フレキシブル基板)上に形成した薄い磁石の膜(磁性体薄膜)を曲げたり引っ張ったりしてひずみを与えることにより、電流に付随して生じる熱流の方向を能動的に制御できることを世界で初めて実証。
・磁性体薄膜の磁気特性をひずみで制御する技術を用い、熱流の方向をリバーシブルに90度もしくは180度制御可能に。
・磁性体薄膜の機能を引き出す研究分野(スピントロニクス)と熱エネルギー工学の融合研究「スピンカロリトロニクス」に次世代熱マネジメント技術としての新たな方向性を提供。

概要

大阪大学産業科学研究所の千葉大地教授(研究開始当時:東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻・准教授)は、東京大学大学院工学系研究科博士課程3年(兼 大阪大学産業科学研究所特別研究学生)の太田進也氏、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)の内田健一グループリーダー、豊田工業大学の粟野博之教授らのグループと共同で、数~十数ナノメートル厚の金属磁性体薄膜に電流を流した際に発生する熱流の方向を、ひずみを加えることによって能動的に制御できることを実証しました (図1) 。この新しい熱エネルギー制御機能は、磁性体における熱流と電流の変換に関する物理現象である「スピンカロリトロニクス現象」と、磁性体に加わるひずみによって磁気特性が変化する物理現象「磁気弾性現象」とを組み合わせることで実現されました。近年急速な進展を遂げているスピンカロリトロニクス分野に新たな方向性をもたらすと共に、エレクトロニクスデバイスの高効率化に資する熱マネジメント技術への将来展開が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、9月13日(金)午後6時(日本時間)に公開されました。

図1
磁性体においては、スピンカロリトロニクス現象により、磁化と電流の両方に垂直な方向に熱流が生じる(左図)。右図のように引っ張ることで磁性体をひずませると、磁気弾性現象により磁化の方向が変化する。結果的に、熱流方向が変化する。

研究の背景・内容

大阪大学産業科学研究所の千葉大地教授のグループは、フレキシブル基板上の柔らかいスピントロニクスデバイスを用いたIoTセンサ応用を進めています。中でも、磁性体にひずみが加わることで、その磁化の方向が変化する現象「磁気弾性現象」を利用した新しいメカニカルセンサの開拓などを柱の一つとして、スピントロニクスの新たな産業応用展開を推し進めています。一方で、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)の内田健一グループリーダーらは、独自の高感度な熱計測技術を利用して、磁性体特有の各種の熱電変換現象「スピンカロリトロニクス現象」を可視化することに成功してきました。

本研究では、これまで別々に研究されてきた磁気弾性現象とスピンカロリトロニクス現象を組み合わせることで、新しい熱流制御手法の開発に至りました。実験では、フレキシブル基板上に製膜した数~十数ナノメートル厚の金属磁性体の薄膜を準備しました。この薄膜はひずみを加えていない状態では磁化が膜面に垂直な方向を向いています。基板を引っ張ることで金属磁性体薄膜にひずみを加えると、磁気弾性現象により、外部磁界がゼロのときの磁化の方向は膜面垂直方向から膜面内方向へ90度変化します。これにより、スピンカロリトロニクス現象により生じる熱流方向も、磁化方向の変化に付随して90度変化することが期待できます (図1) 。実験では、フレキシブル基板上の金属磁性体の薄膜を、Πの字型の細線形状に加工した試料に電流を流しながら熱分布を測定しました (図2) 。ひずみがゼロのときはΠの字型細線の端に異なる符号の温度変化が生じています。これは、スピンカロリトロニクス現象により 図1 の左の図のように熱流がΠの字型の細線の幅方向に生じていることを意味しています。一方、基板を引っ張り金属磁性体薄膜にひずみを与えると熱分布が大きく変化し、 図1 の右の図のように膜面垂直方向の熱流が支配的に生じていることが明らかになりました。

図2
左図はフレキシブル基板上に形成したΠの字型の金属磁性薄膜(TbFeCo)の光学顕微鏡像。中図及び右図はゼロ磁界における試料の熱分布であり、ひずんでいないときと、ひずんでいるとき(一軸引っ張り歪み量として1.2%)で熱分布に大きな違いが生じていることがわかる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

微細化が進むエレクトロニクスデバイスではジュール発熱をいかに上手に逃がすか、つまりいかに熱を微小領域でマネジメントするべきかということが近年ますます重要となっており、能動的に熱エネルギーを制御できる原理・機能の開発が不可欠です。今回観測された温度変化信号は小さな値に留まっていますが、大きなスピンカロリトロニクス現象を示す磁性材料の開発や最適な熱設計により、加熱・冷却能を大幅に向上させることで、ナノスケールにおけるエレクトロニクスデバイスの熱エネルギー制御技術に展開できる可能性があります。将来的には、今回のような機械的な手法ではなく、近年研究が進む電圧で磁化の方向を制御する省エネルギーかつ電気的手法でも熱流制御が可能になるかもしれません。このような様々な分野や制御手法の融合により、従来は物性値や条件を変えた試料をいくつも作って進めていた実験が、一つの試料で系統的かつ詳細な情報を得られるようになるため、磁気と熱に関わる物理現象のさらなる理解が進むと期待されます。

研究者のコメント(千葉大地教授)

今回の成果は、ひずみが磁気特性を変え、それに伴い熱流が変化するというものです。物質の性質を外部からの作用で大きく変えることは、物質の性質の理解に役立つだけでなく、様々な付随現象を制御できる可能性の原石です。今回の成果はその一例を初めて示したものとして、価値のあるものと考えています。

特記事項

本研究成果は、2019年9月13日(金)午後6時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“ Strain-induced switching of heat current direction generated by magnetothermoelectric effects”
著者名:Shinya Ota*, Ken-ichi Uchida*, Ryo Iguchi, Pham Van Thach, Hiroyuki Awano, Daichi Chiba(*equal contribution)
DOI:10.1038/s41598-019-49567-2

なお本研究は日本学術振興会(JP19H00860,JP17J03125)および科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR17I1)、Spintronics Research Network of Japanの支援を受けて行われました。

参考URL

大阪大学 産業科学研究所 界面量子科学研究分野 千葉研究室
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/se/index.html