磁性絶縁体内部で現れるマヨラナ粒子の性質を解明

磁性絶縁体内部で現れるマヨラナ粒子の性質を解明

磁場の方向によって粒子数を制御可能

2022-2-1自然科学系
基礎工学研究科教授藤本聡

研究成果のポイント

  • 蜂の巣格子を持つ磁性絶縁体a-RuCl3 (塩化ルテニウム)の試料端(エッジ)においてマヨラナ粒子が存在することは報告されていましたが、試料内部(バルク)の状態は不明でした。
  • 今回、磁場中比熱の精密測定により、試料内部でマヨラナ粒子が存在し、その現れやすさが蜂の巣格子面内での磁場方向に強く依存することが明らかとなりました。
  • 試料内部のマヨラナ粒子が、環境ノイズに強いトポロジカル量子コンピューターを可能にする「非可換エニオン」の元となる、というキタエフ模型の理論の基礎特性を裏付ける結果であり、非可換エニオンの理解が進展することが期待されます。

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の田中桜平大学院生、水上雄太助教、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授、東京工業大学理学院の栗田伸之助教、田中秀数教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の藤本聡教授、京都大学大学院理学研究科の松田祐司教授らの研究グループは、韓国科学技術院と共同で、キタエフ模型を実現する候補物質であるa-RuCl3 (塩化ルテニウム)において、磁場方向に強く依存するマヨラナ粒子の振る舞いを観測しました。

近年、盛んに研究されているトポロジカル物質においては、電子の状態が持つ特殊な数学的構造のため、試料内部のバルク状態と、試料端のエッジ状態が対応して存在します。これまで、エッジ状態におけるマヨラナ粒子の振る舞いは観測されていましたが、バルク状態におけるマヨラナ粒子の振る舞いはまだ解明されていませんでした。

今回、バルク状態を鋭敏に検出する比熱測定を磁場中で精密に行い、キタエフ模型の理論で予測される振る舞いと非常によく一致する磁場方向依存性を観測しました。磁場中におけるマヨラナ粒子の性質が明らかになることで、環境ノイズに強いトポロジカル量子コンピューターを実現する「非可換エニオン」の理解が進展することが期待されます。

本研究成果は2022年1月31日付けで、英国科学誌 Nature Physicsにオンライン掲載されました。

発表内容

研究の背景・先行研究における問題点
キタエフ模型と呼ばれる蜂の巣格子上の量子スピン模型は、2006年にアレクセイ・キタエフにより理論的に提案されました(図1)。この模型においては、量子力学的な揺らぎの効果により、低温ではスピンが秩序化しない量子スピン液体と呼ばれる状態が厳密解として得られることが知られています。このキタエフ模型での量子スピン液体であるキタエフ量子スピン液体状態は、スピンがマヨラナ粒子で記述されるという特異な性質を持つため、マヨラナ粒子を探索する舞台として精力的に研究されています。

 キタエフ模型に磁場をかけると、系の状態が自明でないトポロジーを持つことが理論的に提案されており、それによってマヨラナ粒子の試料端でのエッジ状態と、試料内部でのバルク状態という二つの対応する状態がそれぞれ出現します(バルク・エッジ対応)。これまで、キタエフ量子スピン液体の候補物質であるa-RuCl3 (塩化ルテニウム)において、エッジ状態におけるマヨラナ粒子の振る舞いは観測されていましたが、バルク状態におけるマヨラナ粒子の振る舞いはまだ良く分かっていませんでした。

研究内容(具体的な手法など詳細)
今回、キタエフ量子スピン液体のバルク状態でのマヨラナ粒子の振る舞いを明らかにするため、マヨラナ粒子のバルク状態に敏感な比熱測定を行いました。特に、高品質なa-RuCl3の微小結晶に対して磁場中で磁場角度を精密に制御して比熱を測定できる高感度な測定系を構築して、磁場中におけるマヨラナ粒子の振る舞いを調べました。

 その結果、a-RuCl3の蜂の巣格子面内で磁場方向を変化させると、マヨラナ粒子の現れやすさが磁場方向に強く依存し、六回振動することが明らかとなりました。このような特異な磁場方向依存性は、他の機構では全く説明できないものであり、マヨラナ粒子の振る舞いに対する当初のキタエフによる理論的な予測と非常に良く一致することが分かりました。今回の結果は、これまでに観測されたマヨラナ粒子のエッジ状態とも、非常によく整合するものであり(図2)、マヨラナ粒子系におけるバルク・エッジ対応を証明することができたと考えられます。

社会的意義・今後の予定
マヨラナ粒子は、もともと素粒子物理学において研究されてきており、物理学の主要な研究対象の一つであります。近年は、固体物理学においても主に特殊な超伝導体の端や、超伝導の接合系等において精力的に研究されてきました。

 今回の結果は、バルク状態としてのマヨラナ粒子の特異な性質を、磁性絶縁体中において検出した初めての例と言えます。さらに、磁場中でのマヨラナ粒子は、非可換エニオンという新奇な粒子を形成し得ることが分かっています。この非可換エニオンは、トポロジカル量子コンピューターと呼ばれる環境ノイズに非常に強い量子コンピューターを実現する可能性を持っていることが知られています。本研究成果は、このa-RuCl3がトポロジカル量子コンピューターを実現する有力候補となり得ることを示すのみならず、非可換エニオンの理解の進展も期待できます。

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図1. キタエフ模型の模式図
1つのスピンに対して隣接する3つのスピンが結合しているが、3つの隣接するスピンからは、それぞれスピンを異なる方向に向かせる相互作用が働き、スピンはそのフラストレーションのために秩序化できない。

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図2. 磁場Ha軸方向に向けた際のマヨラナ粒子の状態(左図)と、磁場をb軸方向に向けた際のマヨラナ粒子の状態(右図)
H // a では、試料端におけるエッジ状態としてマヨラナ粒子の流れが出現する。H // bでは、試料内部においてバルク状態としてマヨラナ粒子が多く励起される。

特記事項

発表雑誌
雑誌名:英国科学誌 Nature Physics (2022年1月31日付け)
論文タイトル:Thermodynamic evidence for field-angle dependent Majorana gap in a Kitaev spin liquid
著者:O. Tanaka, Y. Mizukami*, R. Harasawa, K. Hashimoto, K. Hwang, N. Kurita, H. Tanaka, S. Fujimoto, Y. Matsuda, E.-G. Moon, and T. Shibauchi*
DOI番号:10.1038/s41567-021-01488-6
URL:https://www.nature.com/articles/s41567-021-01488-6

本研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」(研究代表者:松田祐司)研究領域[JPMJCR19T5]、科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎教授)[JP19H05824]、科学研究費補助金[JP19H00649, JP18H05227, JP20H02600, JP17H01142, JP19K03711, JP19K22123, JP18H01853, JP18KK0375]等の助成を受けて行われました。

用語説明

マヨラナ粒子

一般的に、電子等に代表される粒子には、その電荷などの性質が反対となる反粒子が存在する。例えば電子の場合は、陽電子がその反粒子である。マヨラナ粒子とは、1937年にエットーレ・マヨラナにより理論的に提案された、粒子と反粒子が同一となる粒子である。

非可換エニオン

通常の三次元空間において粒子はボーズ粒子とフェルミ粒子に分けられる。数学的には、ボーズ粒子の波動関数においては、二つの粒子の入れ替え操作に対して1がかかり、フェルミ粒子の波動関数においては、二つの粒子の入れ替え操作に対して-1がかけられる。一方、二次元空間においては、より一般的に二つの粒子の入れ替え操作により波動関数に±1以外の複素数がかけられる粒子が考えられ、これはエニオンと呼ばれる。通常のエニオンにおける粒子の入れ替え操作は、波動関数の位相が変化するのみとみなせるが、これに対して粒子の入れ替え操作により、もとの状態と全く異なる状態になってしまう場合があり、これを非可換エニオンという。

キタエフ模型

2006年にアレクセイ・キタエフにより理論的に提案されたスピン模型。蜂の巣格子上に配置された1/2スピンが、3つの隣接するスピンと、互いに異なる方向に向くような相互作用を持つ。これにより、スピンがある特定の方向を向けないフラストレーションが生じ、スピンが秩序化しない量子スピン液体状態が実現される。この状態では、1/2スピンが遍歴するマヨラナ粒子と局在するマヨラナ粒子という二種類のマヨラナ粒子で記述される。

トポロジカル物質

量子力学では、系は波動関数と呼ばれる関数により記述される。トポロジカル物質においては、その波動関数が数学的に自明でない幾何学的構造(トポロジー)を持つ。一方、物質の外の領域は自明な状態とみなせるため、その境である物質の端においてはトポロジーに起因したエッジ状態が現れることが知られている。このように、非自明なトポロジーを持つ物質内部の状態(バルク状態)に起因して、物質の端にエッジ状態が出現する対応関係は、バルク・エッジ対応と呼ばれている。

量子スピン液体

物質中のスピンは多くの場合、何かしらの相互作用により、低温で向きが揃ったり、特定のパターンを示したりする磁気秩序状態を示す。これは、スピンの自由度が凍結した一種の固体状態とみなせる。一方で、スピンに量子力学的な揺らぎが強く働く場合、低温であってもスピンの秩序化が阻害されることがある。このように、量子力学的な効果に起因してスピンの自由度が凍結しない、いわば液体のような状態が実現される。この状態のことを量子スピン液体と呼ぶ。量子スピン液体においては、自明でないトポロジーを持つ状態や、新奇な粒子が存在する可能性が提案されている。