量子コンピュータの基礎となる トポロジカル超伝導体固有のスピン伝導現象を解明

量子コンピュータの基礎となる トポロジカル超伝導体固有のスピン伝導現象を解明

ヘリカルクーパー対に由来したスピン流生成

2022-3-14自然科学系
基礎工学研究科教授藤本聡

研究成果のポイント

  • 量子コンピュータやスピントロニクスへの応用が期待されているトポロジカル超伝導体の新しいスピン伝導現象を発見しました。
  • 試料の両端に温度差をつけることによって、トポロジカル超伝導の原因となるヘリカルクーパー対が、温度勾配と垂直方向に電子スピンの流れを誘起することを理論的に明らかにしました。
  • このスピン伝導現象を観測することによって、ヘリカルクーパー対の存在、およびトポロジカル超伝導の実現を立証することが可能となります。以上の成果により、現実物質におけるトポロジカル超伝導やそこで実現するマヨラナ準粒子の理解が進展することが期待されます。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻の大学院生の松下太樹さん(博士後期課程)、安藤慈英さん(博士前期課程)、水島健准教授、藤本聡教授、東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻の正木祐輔助教、ルイジアナ州立大学物理学研究科のIlya Vekhter(イリヤ・ベクター)教授は、トポロジカル超伝導体の起源であるヘリカルクーパー対に由来したスピン伝導現象を理論的に解明しました。

トポロジカル超伝導体は、マヨラナ準粒子を実現する舞台として注目を集めています。マヨラナ準粒子はそれ自体が環境ノイズに強い耐性を持つ量子ビットであり、マヨラナ準粒子を活用したトポロジカル量子コンピュータの実現が期待されています。

これまでいくつかのトポロジカル超伝導体の候補物質が提案されてきましたが、いずれの物質でもトポロジカル超伝導の実験的な確証はまだ得られていません。トポロジカル超伝導の立証を難しくしている理由の一つが、トポロジカル超伝導固有の応答や輸送特性の理解が不十分であることです。特に、トポロジカル超伝導の起源となるヘリカルクーパー対(図1)に由来した輸送特性は明らかにされていませんでした。

今回、トポロジカル超伝導体において、ヘリカルクーパー対に直接由来した新しい電子の散乱機構を解明し、それが温度勾配の印加方向と垂直方向にスピン伝導を誘起する、スピンネルンスト効果(図2)を引き起こすことを明らかにしました。スピンネルンスト効果を現実物質で観測することによって、トポロジカル超伝導の源であるヘリカルクーパー対の存在を立証することができます。今後、現実物質におけるトポロジカル超伝導やマヨラナ準粒子の解明に繋がることが期待されます。

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図1. ヘリカルクーパー対の模式図。クーパー対の軌道角運動量(赤矢印)の向きが、電子スピン(青矢印)に依存しており、上スピン電子対と下スピン電子対の軌道角運動量は互いに逆向きとなっている。

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図2. トポロジカル超伝導に温度勾配を印加した際に起こるスピン伝導の模式図。不純物による電子の散乱がヘリカルクーパー対による影響を受け、上スピンを持つ電子と下スピンを持つ電子が異なる方向に散乱される。その結果、温度勾配の印加方向と垂直な方向にスピンの流れが誘起される。

研究の背景

トポロジカル超伝導体は、その電子状態が非自明な位相幾何学的な構造を有する超伝導体です。その非自明な電子状態に起因して、超伝導体の渦や表面にマヨラナ準粒子と呼ばれる特異な準粒子励起が現れることが知られています。トポロジカル超伝導体に存在するマヨラナ準粒子は、それ自体が環境ノイズに強い耐性を持つ量子ビットとなり、それを活用したトポロジカル量子コンピュータの実現が期待されています。

しかしながら、トポロジカル超伝導を実現する確立された物質は未だ存在しません。現実物質でトポロジカル超伝導が実現していることを示すためには、トポロジカル超伝導体固有の物性現象を明らかにし、実験によって観測する必要があります。しかし、トポロジカル超伝導体固有の応答や輸送特性の理解は不十分であり、そのことがトポロジカル超伝導の立証を困難にしてきました。特に、トポロジカル超伝導の源であるヘリカルクーパー対に由来した物理現象は明らかにされていませんでした。

研究の内容

今回、ヘリカルクーパー対に由来した輸送特性を明らかにするために、温度勾配を印加したときに起こるスピン伝導に着目し研究を実施しました。

非平衡超伝導の理論に基づく解析によって、ヘリカルクーパー対に由来した電子の散乱機構が明らかとなりました。トポロジカル超伝導体中の電子は、物質中に含まれる不純物で散乱される際にヘリカルクーパー対による影響を受けます。この影響により、不純物は電子を、そのスピンの向きに依存して異なる方向に散乱します。この電子のスピンに依存した不純物散乱によって、温度勾配が、その印加方向と垂直方向にスピン伝導を誘起される、スピンネルンスト効果を引き起こすことが明らかとなりました。

今回明らかにされたスピンネルンスト効果は、トポロジカル超伝導体に存在するヘリカルクーパー対に由来した輸送特性であり、このスピン伝導現象をトポロジカル候補物質で観測することによって、ヘリカルクーパー対の存在を立証することが可能です。トポロジカル超伝導の源であるヘリカルクーパー対の存在を立証する具体的な処方箋を与えられたことにより、今後、現実物質におけるトポロジカル超伝導性やマヨラナ準粒子の理解の進展が期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

トポロジカル超伝導体で実現するマヨラナ準粒子は、それ自体が乱れに強い量子ビットであり、トポロジカル量子コンピュータの基礎的な構成要素の一つです。そのため、トポロジカル超伝導体に存在するマヨラナ準粒子を立証し、制御することは重要な課題であり国内外で活発に研究されています。

これまでの研究で、トポロジカル超伝導を実現する可能性のある候補物質は複数見つかっていますが、トポロジカル超伝導の完全な立証には至っていません。トポロジカル超伝導の立証が難しい理由の一つは、トポロジカル超伝導に固有の応答や輸送特性の理解が不十分であることにあります。特にトポロジカル超伝導の起源であるヘリカルクーパー対の存在を立証する方法は明らかにされていませんでした。

今回発見されたスピンネルンスト効果はこの課題を解決する重要なステップとなります。この効果を実験的に観測することによって、トポロジカル超伝導の源であるヘリカルクーパー対の存在を立証することが可能となり、現実物質におけるトポロジカル超伝導の解明と、それに基づく量子コンピュータの実現につながることが期待されます。

特記事項

本研究成果は2022年3月4日付けで、米国科学誌 Physical Review Lettersにオンライン掲載されました。

タイトル:Spin-Nernst Effect in Time-Reversal-Invariant Topological Superconductors
著者名:T. Matsushita, J. Ando, Y. Masaki, T. Mizushima, S. Fujimoto, and I. Vekhter
DOI :https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.128.097001

なお、本研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」[JPMJCR19T5]、科学研究費補助金[JP17K05517, JP19J20144, JP19K14662, JP20K03860, JP20H01857, JP20H05163, JP21H01039]、National Science Foundation [DMR1410741]等の助成を受けて行われました。

参考URL

大阪大学大学院基礎工学研究科 藤本・水島研究
http://www.fujimotolab.mp.es.osaka-u.ac.jp/

東北大学大学院工学研究科 松枝研究室
https://web.tohoku.ac.jp/matsueda/

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

トポロジカル超伝導体

トポロジカル超伝導体は、電子の量子力学的な状態空間が非自明な位相幾何学的な構造を有する超伝導体である。この位相幾何学的な構造のため、超伝導渦や表面にマヨラナ準粒子状態が現れる。

ヘリカルクーパー対

超伝導体は電子がクーパー対と呼ばれる電子対を形成することによって実現する。クーパー対はスピン自由度の有無によって、スピン一重項対とスピン三重項対に大別される。ヘリカルクーパー対はスピン三重項対の一種であり、上スピン電子対と下スピン電子対が互いに逆向きに円軌道運動をしているクーパー対を指す(図1)。

マヨラナ準粒子

電子などの素粒子には、その電荷などの性質が反対となる反粒子が存在する。例えば電子の反粒子は陽電子である。マヨラナ粒子は粒子と反粒子が同一という性質を持つ素粒子であり、元々は素粒子物理の分野で提案され、研究されてきた。トポロジカル超伝導体において、マヨラナ粒子は電子波と電子の抜けた穴である正孔の波との重ね合わせとして実現する。マヨラナ粒子状態を用いた新しい仕組みの量子コンピュータの研究が国内外で活発に行われている。