マイクロ波による固体触媒のμm~nmスケールの局所選択的な加熱機構を解明

マイクロ波による固体触媒のμm~nmスケールの局所選択的な加熱機構を解明

非平衡局所加熱によって固体触媒反応を加速する新技術

2021-12-20工学系
工学研究科特任講師(常勤)椿俊太郎

研究成果のポイント

  • マイクロ波によって固体触媒に生じるμm~nmスケールの局所高温場の形成機構を解明
  • マイクロ波によって、固体触媒粒子の接触点や、担持金属触媒上の金属ナノ粒子に特異的な局所加熱が生じる条件を解明
  • マイクロ波による固体触媒反応加速現象を用いた新触媒反応プロセスにより、再生可能エネルギーを源にした新しい化学プロセスの実現に貢献

概要

大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 椿 俊太郎 特任講師(常勤)(兼 JSTさきがけ)、東京工業大学 科学技術創成研究院の和田 雄二 特任教授 (兼 名誉教授・マイクロ波化学株式会社フェロー)、豊橋技術科学大学 電気・電子情報工学系 藤井 知 教授らの研究グループは、マイクロ波による固体触媒の局所選択的な加熱発生機構として、「接触点加熱」と「担持金属選択加熱」の2つの加熱モデルの存在を実証しました(図1)。

電子レンジにも用いられるマイクロ波は、特定の物質を高速かつ高選択的に加熱することができます。マイクロ波を触媒反応に用いた場合、電磁波エネルギーが直接固体触媒を加熱し、触媒反応に必要な熱エネルギーを供給することで、触媒反応が促進します。マイクロ波を用いた触媒反応プロセスは、再生可能エネルギー由来の電力を効率的に熱エネルギーに変換して、触媒反応を駆動することができます。そのため、次世代のカーボンニュートラルな新化学プロセスの一翼を担う技術として、注目されています。

これまで、マイクロ波による固体触媒の反応加速には、「非平衡局所加熱」や「ホットスポット」と呼ばれる、微小領域で生じる局所高温場が関与されていると考えられてきました。しかし、固体触媒の充填層内部にどのように温度分布が生じ、ホットスポットが形成されているのか、十分に理解されていませんでした。そこで、顕微サーモグラフィーなどを駆使して、「接触点加熱」と「担持金属選択加熱」の二つの局所加熱機構について、明らかにしました。

これらの研究成果は、ElseveirのChemical Engineering Journal(オンライン版)、及びAmerican Chemical SocietyのJournal of Physical Chemistry Cに掲載されました。

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図1. マイクロ波照射による、触媒粒子接触点及び担持金属ナノ粒子の局所発熱

研究の背景

これまで、マイクロ波によってさまざまな固体触媒反応が加速されることが報告されてきました。こうした反応加速は、マイクロ波によって微小な領域で生じる「非平衡局所加熱」や「ホットスポット」と呼ばれる局所高温場が関与していると考えられてきました。しかし、従来、温度計として用いられてきた赤外放射温度計光ファイバー温度計では、局所の温度を測定することができませんでした。そのため、固体触媒の「どの部分」に「どの程度」の温度勾配が生じているのか、理解されていませんでした。

研究の内容

<接触点加熱機構>
研究グループの既往の研究において、電磁界シミュレーションを用いて固体触媒が接触する界面に電磁波が集中し、周囲よりも高温の領域が生じることが予測されていました(Haneishi et al. Scientific Reports, 9, 222, 2019)。しかし、実触媒反応系においては、上記の現象は確認されていませんでした。そこで、マイクロ波照射中に高分解能な顕微サーモグラフィーを用いて、酸化バナジウム触媒のマイクロ波加熱条件下における温度勾配を解析しました。球状のシリカ担体に酸化バナジウムを担持した触媒を接触ないしは0.5~1 mm離して配置し、マイクロ波を照射したところ、触媒粒子を接触した際に、接触点の近傍が局所的に高温化しました(図2)。一方、粒子間距離が離れるにつれて、温度の不均一な分布は見られなくなりました。これは、触媒充填層のマイクロ波加熱において、粒子接触点での加熱が重要であることを示しています。

さらに、局所の温度勾配の形成に伴って、酸化バナジウム触媒の酸化状態が、不均一に変化していきました(図3)。酸化バナジウムは2-プロパノールの脱水素反応中に還元されます。還元された酸化バナジウム触媒は、よりマイクロ波加熱特性が高く、さらに高温化されていることがわかりました。このことにより、固体触媒間の接触点加熱のみならず、不均一な温度分布によって触媒の酸化状態が局所的に変化していくことで、触媒上の局所高温場がダイナミックに変化することがわかりました。

<担持金属選択加熱機構の解明>
上記の固体触媒粒子の接触点に加えて、さらに微小なnmスケールでの加熱も生じると考えられています。当グループのこれまでの研究において、マイクロ波照射下のin situ X線吸収微細構造(XAFS)により、固体触媒に担持された金属ナノ粒子の局所が高温化していることを実証しました(Ano et al. Communications Chemistry, 3, 86, 2020)。金属ナノ粒子の種類やサイズ、担体の種類を変えることでマイクロ波加熱挙動が大きく変化することがわかっていましたが、どのような触媒構造がマイクロ波の吸収特性に有効であるのか、わかっていませんでした。そこで、マイクロ波加熱に適した触媒材料を明らかにするため、種々の金属ナノ粒子と金属酸化物担体の組み合わせについて、マイクロ波加熱特性を検証しました。

異なる粒子サイズの白金(Pt)を金属酸化物の単結晶基板(Al2O3, MgAl2O4, TiO2, SrTiO3)に担持した材料を作製しました。基板材料を用いることで、前述の触媒粒子接触点での発熱を回避し、触媒材料の加熱特性を評価することができます。担体の種類に着目すると、担体の比誘電率が低いほど加熱特性が優れることがわかりました(図4左)。比誘電率の低いAl2O3やMgAl2O4ではPtの担持により発熱量が増加しますが、より比誘電率の大きいTiO2やSrTiO3ではPt担持の効果は小さくなりました(図4右)。これは、比誘電率の低い金属酸化物担体の方がマイクロ波透過性に優れ、担持金属へ効率的にマイクロ波エネルギーが伝送されることによるものと考えられます。さらに、マイクロ波による発熱量は担持された金属ナノ粒子のサイズや担持量、担持金属種の酸化状態にも大きく依存することがわかりました。

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図2. 酸化バナジウム担持シリカ触媒の粒子接触点におけるマイクロ波局所発熱

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図3. 酸化バナジウム触媒の酸化状態に応じた、マイクロ波局所発熱

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図4. 金属酸化物基板の比誘電率に依存した担持金属ナノ粒子基板の(左)マイクロ波加熱挙動、及び(右)加熱のイメージ

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、マイクロ波による局所選択加熱を利用した、再生可能エネルギー時代の新触媒反応プロセスの実現が期待されます。本研究では、マイクロ波によって固体触媒に生じる特徴的な局所温度分布について、μmサイズで生じる接触点発熱と、nmサイズで生じる担持金属選択加熱の効果を明らかにすることができました。実際の触媒反応系においては、μm~nmのマルチスケールで生じる「ホットスポット」の相乗作用によって、固体触媒反応の加速が生じていると考えられます。これらの結果から、マイクロ波加熱に適した触媒構造の設計指針が得られます。マイクロ波プロセスに最適化された固体触媒を設計することで、マイクロ波エネルギーを効率的に用いた固体触媒反応が可能となります。

特記事項

本研究成果は、オランダ科学誌「Chemical Engineering Journal」(オンライン)及び米国科学誌「Journal of Physical Chemistry C」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Determining the influence of microwave-induced thermal unevenness on vanadium oxide catalyst particles”
著者名:Shuntaro Tsubaki, Tomoki Matsuzawa, Tomoki Higuchi, Satoshi Fujii, and Yuji Wada
書誌名:Chemical Engineering Journal, 2021, in press. (オンライン掲載)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cej.2021.133603

タイトル:“Designing local microwave heating of metal nanoparticles/metal oxide substrate composites”
著者名:Taishi Ano, Shuntaro Tsubaki, Satoshi Fujii, and Yuji Wada
書誌名:Journal of Physical Chemistry C 2021, 125, 43, 23720–23728 (Highlighted in Supplementary Cover).
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.jpcc.1c06650

なお、本研究は、科学研究費助成事業 基盤研究(S)17H06156、同 基盤研究(A)25249113、若手研究(A)17H05049、同 特別研究員奨励費17J09059、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけJPMJPR19T6、及び稲盛研究助成の支援を得て行われました。

参考URL

椿俊太郎特任講師(常勤) 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/eb8888a87a6a6660.html?k=椿俊太郎

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 12 つくる責任つかう責任

用語説明

マイクロ波

300MHzから30GHzの電磁波の総称。通信やレーダー、電子レンジに用いられる。マイクロ波が物質に照射されることにより、物質の内部から急速に発熱が生じ、効率的な加熱が可能となる。マイクロ波加熱を化学反応プロセスに用いた場合、従来の外部加熱と比較して短時間・低温・低消費エネルギーで反応することが可能となる。

非平衡局所加熱

マイクロ波によって生じる、局所高温。ホットスポットとも呼ばれる。従来、温度計測に用いられてきた赤外放射温度計や、光ファイバー温度計では観測することができない、微小な高温領域。

顕微サーモグラフィー

赤外線を用いて温度分布を可視化する装置。近年では、体温測定などでも広く用いられる。顕微サーモグラフィーは、赤外線を透過する拡大レンズを搭載し、数十㎛の分解能で温度分布をイメージングすることができる。

赤外放射温度計

物質から発せられる赤外線を基に温度を計測する装置。物質表面の平均的な温度を非接触で測定することができる。

光ファイバー温度計

光ファイバー先端の蛍光物質の蛍光緩和時間をもとに温度を計測する方法。光ファイバーを目的の場所に接触させることで、近傍の温度を計測することが可能である。マイクロ波加熱下では、従来広く用いられる熱電対は、金属製であるため使用することが難しいため、その代替として用いられる。