子どもの脳内ストレスホルモンの活性制御に 授乳時の母親のストレスが関与する仕組みを発見

2021-10-19生命科学・医学系

研究成果のポイント

  • 幼少期におけるストレスは発達段階の脳の形態や機能に影響を及ぼすといわれるが、その分子基盤は十分には明らかではない。特に、ストレスホルモンの活性に関わる遺伝子の発達段階の脳内における発現動態について詳細は不明であった。
  • ストレスホルモンの一つであるコルチコステロン(CORT)の濃度を局所的に高める、ストレスホルモン活性化酵素の遺伝子であるHsd11b1の発現動態を仔マウスの大脳皮質において明らかにした。さらに、授乳中の母親のストレスによって、その仔マウスの大脳皮質におけるHsd11b1の発現が変化することを見出した。
  • 母子関係を含めストレスが子どもの脳の発達にもたらす影響及びそのメカニズムの解明に繋がることが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の大学院生の土井美幸さん(研究当時)、大阪大学大学院連合小児発達学研究科の岡雄一郎講師、佐藤真教授(両名とも医学系研究科 神経機能形態学(兼任))らの研究グループは、授乳時の母親のストレスが仔マウスの脳内でストレスホルモンの活性に影響することをマウスを用いた実験により明らかにしました。

近年、幼少期のストレス負荷は、発達段階の脳に様々な影響を及ぼすことが報告されています。ストレス負荷により、ストレスホルモンの血中濃度が上昇することが知られていますが、そのホルモンの活性制御に関わる遺伝子の脳内における発現動態に関しては未だ明らかとなっていない点が多く、詳細の解明が待たれています。

本研究では、まず、ストレスホルモンの1つであるCORTの濃度を局所的に高める酵素である11β-HSD1の遺伝子・Hsd11b1の脳内での分布領域の推移を解析しました(図1)。それにより、Hsd11b1の発現領域は、脳の神経回路を形成する上で非常に重要な時期に一時的に拡大するということが明らかとなりました。さらに、幼少期のストレス負荷がHsd11b1の発現に及ぼす影響を調べるため、CORTを投与することによりストレス負荷状態を擬似的に再現しました。授乳中の母親マウスを介してCORTを投与することで、授乳中の母親マウスのストレスが仔マウスに与える影響に関しても検討できる条件としました。その結果、CORT投与により、大脳皮質においてHsd11b1を発現している細胞の数が減少することが分かりました。

本研究は、授乳中の母親のストレスがその子どもの脳内においてストレスホルモンの活性を制御し得るということを示唆しており、今後、ストレスによる発達段階の脳への影響の根本的な理解に繋がると期待されます。

本研究成果は米国科学誌「Journal of Neurochemistry」(電子版)に9月7日(火)に掲載されました。

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図1. 発達段階におけるHsd11b1陽性細胞分布領域の推移とCORT投与のもたらす影響
発達段階において大脳皮質におけるHsd11b1陽性細胞の分布領域は一時的に拡大した。さらに生後1日目から11日目までのCORT投与により、Hsd11b1陽性細胞の数は減少した。

研究の背景

近年、幼少期におけるストレス負荷が脳の形態や機能に様々な影響を及ぼすことが報告されています。しかしながら、発達段階の脳内における、ストレスホルモンの活性制御に関わる遺伝子に関して、発現動態の詳細は不明でした。ストレス負荷によって血中濃度が上昇することがよく知られているのは、副腎皮質ホルモンのCORT(ヒトではコルチゾール)です。CORTの血中濃度は視床下部-脳下垂体-副腎系によって制御されていますが、一方で、局所における濃度の制御は11β-HSDというストレスホルモン活性化酵素が担っています(図2)。本研究では、11β-HSDの中でも、生理活性の弱い不活性型である11-デヒドロコルチコステロンを、生理活性の強い活性型であるCORTに変換する11β-HSD1に着目しました。ストレス負荷によって血中濃度が上昇したCORTが発達段階の脳にもたらす遺伝子レベルの影響について明らかにするため、11β-HSD1の遺伝子であるHsd11b1の、正常な発達過程及びストレス負荷時の大脳皮質における発現動態について解析を行いました。

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図2. CORT濃度の制御機構
ストレスホルモンであるCORTの濃度の制御機構。血中濃度の調節は視床下部-脳下垂体-副腎系が担っているが、局所においては、11β-HSDという酸化還元酵素が活性を制御している。本研究で着目した11β-HSD1は、不活性型の11-デヒドロコルチコステロンを活性型のCORTに変換する。()内はヒトで同様の働きをするホルモン。

本研究の成果

本研究グループは、まずHsd11b1陽性細胞の大脳皮質おける詳細な分布を、成獣マウス(生後56日)を用い、in situ hybridization法によって調べました。その結果、成獣マウスの大脳皮質においては、Hsd11b1は一次体性感覚野の第5層付近に限局して発現していることが分かりました。この分布様式が、生後間もない頃から維持されているものであるかを調べるため、生後の各発達段階のマウスを用いて上記と同様の観察を行いました。その結果、Hsd11b1陽性細胞の分布領域は発達段階において一過性に拡大することが明らかとなりました(図3)。そこで、大脳皮質におけるHsd11b1の発現に影響を及ぼす因子について調べるため、Hsd11b1がコードする11β-HSD1によって局所濃度を制御され得る(図1参照)、CORTを投与することとしました。その際、CORTは授乳中の母親に与え、母親のストレスが仔マウスの脳にもたらす影響に関しても検討しました。その結果、母親へのCORT投与により その仔マウスの血中CORT濃度が上昇することが確認されました。さらに、大脳皮質の3領域(一次運動野、一次体性感覚野、一次視覚野)でHsd11b1陽性細胞の数を計測したところ、それら3領域全てにおいてCORT投与群ではHsd11b1陽性細胞数は有意に減少していることが明らかとなりました(図4)。

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図3. Hsd11b1陽性細胞の分布領域は発達段階において一過性に拡大していた
各発達段階でのマウスの大脳皮質における、Hsd11b1陽性細胞の分布領域(点線枠内)を示す。生後0日では一次体性感覚野のみに発現が見られた。その後、加えて一次運動野及び一次視覚野にも発現が見られるようになった。最終的に、陽性細胞は一次体性感覚野のみで観察されるようになった。

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図4. 幼少期における母親経由のCORT投与により、仔マウスの血中CORT濃度は上昇し、Hsd11b1陽性細胞数は減少した
(A)生後1日目から11日目まで授乳中の母親経由でCORTの投与を行い、生後11日目の仔マウスの血中のCORT濃度を測定したところ、投与群ではその値が上昇していた。
(B)投与11日目の大脳皮質を観察したところ、一次運動野、一次体性感覚野、一次視覚野のHsd11b1陽性細胞数はコントロール群と比較して減少していた。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、授乳中の母親のストレスは仔マウスの血中ストレスホルモンを上昇させ、さらには大脳皮質におけるストレスホルモンの活性化酵素の遺伝子発現に影響を及ぼすということが明らかとなりました。これは、幼少期のストレスがもたらす発達段階の脳への影響の根本的な理解に繋がることが期待されます。また、母親の育児ストレスは社会問題となっており、早急な解決が期待されています。本研究は母親のストレスの改善のため、育児環境の改善・支援について再考するきっかけとなるのではないかと考えられます。

特記事項

本研究成果は、9月7日(火)に米国科学誌「Journal of Neurochemistry」に掲載されました。

【タイトル】Transient expansion of the expression region of Hsd11b1, encoding 11β-hydroxysteroid dehydrogenase type1, in the developing mouse neocortex
【著者名】Miyuki Doi1, Yuichiro Oka1,2, Manabu Taniguchi1, Makoto Sato1,2,3
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 解剖学講座(神経機能形態学)
2. 大阪大学 大学院連合小児発達学研究科こころの発達神経科学講座(分子生物遺伝学)
3. 大阪大学 大学院生命機能研究科
【DOI】 https://doi.org/10.1111/jnc.15505

用語説明

ストレスホルモン

ストレス負荷を受けることにより血中濃度が上昇する副腎皮質から分泌されるホルモンの総称であり、ストレスに伴う血圧の上昇や血糖値の上昇等を誘導する生理活性を持つ。ヒトではコルチゾール、マウスではコルチコステロンが活性の主体となることが知られている。

ストレスホルモン活性化酵素

ストレスホルモンであるコルチゾールやコルチコステロンは強い生理活性を持つ活性型であるが、一部は体内で生理活性の低い不活性型に変換されることが知られている。不活性型となったストレスホルモンを局所において生理活性の強い活性型に変換する酵素をストレスホルモン活性化酵素と呼んでいる。

11β-HSD1

発現する臓器内において、生理活性の弱い不活性型である11-デヒドロコルチコステロンを、生理活性の強い活性型であるコルチコステロン(ヒトの場合は不活性型のコルチゾンを活性型のコルチゾール)に変換するストレスホルモン活性化酵素。脳だけではなく、肝臓や筋肉等においても発現していることが知られている。

視床下部-脳下垂体-副腎系

ホルモンの内分泌を調節するシステム。視床下部からの副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの分泌により、脳下垂体からの副腎皮質刺激ホルモンの分泌が促進される。副腎皮質刺激ホルモンは副腎皮質からのCORTの放出を促す。このようにして分泌されたCORTは脳下垂体に作用し、更なるCORTの分泌を抑制することが知られている(ネガティブフィードバック機構)。

in situ hybridization法

組織上で、細胞内に存在するmRNAを検出する技法。目的の遺伝子を発現している細胞を特定できる。