大脳皮質の高次機能に重要な神経回路のでき方を解明

大脳皮質の高次機能に重要な神経回路のでき方を解明

単一ニューロン解析により可視化することで明らかに

2021-7-13生命科学・医学系
連合小児発達学研究科講師岡雄一郎

研究成果のポイント

  • 大脳皮質は左右とも大きく5つの頭葉に分かれ、頭葉ごとに異なる役割を担う。ある頭葉で処理された情報を別の頭葉に送る神経回路である長連合回路は、創造性や異なる感覚情報の統合、意志による運動の制御など、大脳皮質の高次機能に重要であるが、この神経回路ができる過程はよく解っていなかった
  • 単一ニューロンレベルでの解析により、同じ側の大脳半球内で異なる頭葉間を結ぶ長連合回路は単に2点をつなぐ回路ではなく、反対側の大脳半球も含めたより広範なネットワークを持つこと、および頭葉間の回路ができる過程を明らかにした
  • 大脳皮質内の長距離神経回路の形成メカニズムの解明につながると共に、意思決定や思考といった高次脳機能のための神経回路の枠組みと進化についての理解につながる

概要

大阪大学大学院連合小児発達学研究科の岡雄一郎講師、佐藤真教授(両名とも医学系研究科 神経機能形態学(兼任))らの研究グループは、大脳皮質内において、異なる頭葉間の離れた領野をつなぐ神経回路のでき方を明らかにしました。

大脳皮質は、運動や体性感覚など、機能によって異なるさまざまな領野(機能領野)があり、各領野の間は直接の神経回路(連合回路)で連絡しています。連合回路の中でも特に同側の異なる頭葉にある領野の間を結ぶ長距離の回路を長連合回路と言い、異なる感覚を統合したり、意思に基づいて運動を制御したりといった大脳皮質の高次機能に重要と考えられています。しかしながら、研究ツールとなるマーカーも知られておらず、長連合回路の細胞レベルでの構造や回路形成の過程は、よくわかっていませんでした。

今回、研究グループは、マウス大脳皮質の頭頂葉の1次体性感覚野から前頭葉の1次運動野に投射する神経細胞に着目し、その軸索の伸長過程を解析しました。その際、長連合回路を作る神経細胞(長連合ニューロン)に選択的なマーカーを駆使して蛍光タンパク質GFPを発現させて、1つ1つの細胞レベルで可視化し、生後の発達段階での軸索の様子を調べました。1次体性感覚野の長連合ニューロンは初め、反対側の大脳皮質に軸索を伸ばしますが、生後3日目に大脳皮質内で軸索側枝を出すこと、そのうちで1番長い軸索側枝が1次運動野に伸びることを明らかにしました(図1)。

本研究で、大脳皮質の頭葉間の神経回路は反対側も含めたより広範なネットワークをもつことが明らかになり、これにより、脳の高次機能を担う神経回路ができる仕組みの解明や、回路の進化の過程の理解につながると期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Cerebral Cortex」(電子版)に7月6日(火)に掲載されました。

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図1. 大脳皮質の長連合回路のでき方 大脳皮質の1次体性感覚野(青)から1次運動野(橙)への長連合回路(赤矢印)は反対側へ伸びる脳梁線維から出芽する軸索側枝の中で一番早く伸びる側枝として形成される。

研究の背景

脳は情報の種類によって処理する場所を分け、処理済みの情報を別の場所に持ち寄って比較したり統合したりという一段高いレベルの処理を行います。そのため、大脳皮質には扱う情報が異なる多くの機能領野が存在します。ある領野で処理された情報を別の領野に送るため、領野と領野をつなぐ神経回路がありこれを連合回路と言います。さらに、大脳皮質にはより大きな区分けである頭葉があり、異なる頭葉にある2つの領野をつなぐ回路を長連合回路と言います。例えば、頭頂葉の1次体性感覚野(皮膚からの触覚情報を受け取る)から前頭葉の1次運動野(脊髄に運動の指令を送る)には直接の神経回路があります。長連合回路は異なる感覚情報を統合したり、感覚情報や記憶などの内部情報に基づいて判断したり、意志による運動制御を行ったりするのに重要であると考えられています。また、1次体性感覚野から1次運動野への長連合回路の形成不全は器用な動きが苦手という症状(発達性協調運動障がいの一種)と関連することが報告されています。しかし、発達の過程で大脳皮質の領野間、特に頭葉間の長連合回路がどのように作られるのかはほとんどわかっていませんでした。長連合回路を調べるためのツールとなるマーカー分子も知られていませんでした。

本研究の成果

研究グループは、まずマウス大脳皮質において、1次体性感覚野から1次運動野への長連合回路がどのような構造になっているか調べるため、1次運動野に逆行性の神経トレーサーを注入し、1次体性感覚野から1次運動野に軸索を伸ばして回路を作っている長連合ニューロンの分布を調べました。その結果、6層ある大脳皮質の層構造のなかで、1次体性感覚野の3つの層にバンド状に分布する細胞が1次運動野に軸索を伸ばすことがわかりました(図2A、C左)。そこで、この長連合ニューロンのマーカーとなる分子を探すため、同じような層分布を示すPlxnd1遺伝子に着目し、神経トレーサーで染まる細胞の80%がPlxnd1を発現することがわかりました(図2B、C、D)。

次に、子宮内電気穿孔法を用いて、マウス胎児の脳にPlxnd1遺伝子が発現している細胞において蛍光タンパク質GFPが発現するような遺伝子を導入することで、少数の長連合ニューロンで蛍光タンパク質GFPを発現させる手法を確立しました。生後の発達段階で脳組織を取り出し、大脳皮質部分だけを剥がしとってカバーガラスの間に挟んで平板にし、その状態で組織透明化を行いました(図3A)。これにより、薄切り切片を作製しなくても、蛍光を発する長連合ニューロンの軸索の全体構造を個々のニューロンごとに解析することが可能となりました。そこで、まず生後7日目で観察してみると、個々の長連合ニューロンは1次運動野に軸索を伸ばすだけでなく、左右の大脳皮質をつなぐ軸索線維である脳梁線維も伸ばすdual-projectionニューロンであることがわかりました。脳梁線維の軸索は大脳皮質の直下で軸索がたくさん集まっている白質と呼ばれる領域を通って反対側にまで伸びているのに対し、1次運動野に伸びるもう一方の軸索は大脳皮質内で起こっているたくさんの枝分かれのうちの1番長いもので白質は通らないことがわかりました。また、1次運動野に至るまでの間にはほとんど枝分かれもありませんでした(図3B)。

そこで次に、1次運動野に伸びる軸索が発達段階でどのように伸びるのか調べたところ、生後すぐには脳梁線維の軸索のみが伸びているのに対し、生後3日目に大脳皮質内で枝分かれが起き始める(軸索側枝の出芽が始まる)こと、1次運動野に伸びる軸索側枝は調べたどの発達段階でも他の軸索側枝よりも長く、その長さの差は次第に大きくなることがわかりました(図4)。

以上の結果から、頭葉間を結ぶ長連合回路は、左右の大脳皮質をつなぐ脳梁線維の軸索の側枝として形成されること、その伸長スピードは同時期に出芽した軸索側枝と比べて早いことがわかりました。 

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図2. Plxnd1遺伝子は1次体性感覚野から1次運動野へ投射する長連合ニューロンの8割で発現 (A)大脳皮質の1次運動野に注入した逆行性の神経トレーサーで染色された長連合ニューロンの1次体性感覚野での分布。左下図は注入部位(矢印)と切片の切断位置(点線)を示す。
(B)大脳皮質の1次体性感覚野を通る切片でのPlxnd1の発現分布(青紫)。
(C)トレーサーで染色された1次体性感覚野の長連合ニューロン(緑)とPlxnd1発現細胞(青紫)の分布の比較。どちらも2/3層(L2/3)と5a層(L5a)に分布している。
(D)逆行性トレーサー(濃緑)とPlxnd1(橙)の2重染色(左の2つの写真)。両方で染色された細胞(白矢頭)はトレーサーで染色された細胞の8割を占めた(右グラフ)。

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図3. 単一長連合ニューロンの軸索構造の可視化 (A)脳組織を摘出後、大脳皮質を剥がして平板化し、さらに組織を透明化した様子。
(B)生後7日目にGFPの蛍光でラベルされた長連合ニューロンを観察し、軸索をトレースした4例を示す。1次体性感覚野から1次運動野に伸びる軸索(青矢印)に加え、反対側へと伸びる脳梁線維の軸索(赤矢印)も併せ持つdual-projectionニューロンであることが明らかになった。

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図4. 長連合回路の軸索側枝は他の軸索側枝よりも早く伸びる (A)長連合ニューロンの1次運動野への軸索は生後3日目(P3)に出芽した中で最長の軸索側枝であり、それ以外の軸索側枝はP7でも細胞体(赤)のある1次運動野内かその近傍までしか伸びなかった。
(B)軸索側枝の長さの定量データ。各細胞において、最長の軸索側枝の長さとそれ以外の軸索側枝の平均長の差は発達が進むにつれて大きくなっていた。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、大脳皮質の頭葉間の離れた領野をつなぐ神経回路のでき方が明らかになりました。1次体性感覚野から1次運動野への長連合回路の形成不全は器用な動きが苦手という症状(発達性協調運動障がいの一種)と関連することが指摘されており、これらの疾患(群)における回路形成不全の実態解明と、それに基づく治療法の開発への展開につながることが期待されます。また、長連合回路を作る長連合ニューロンは、脳梁線維と長連合回路の双方の軸索を持つdual-projectionニューロンであることが明らかになりました。dual-projectionニューロンはマウスだけでなく、ヒトを含む霊長類でも見つかっており、発達期の脳の標準的な回路単位の1つと考えられます。その発達過程で長連合回路が脳梁線維の軸索から出芽する軸索側枝として形成されるという現象は、動物種を超えて保存されている共通のメカニズムである可能性があります。dual-projectionは単に2つの領野をつなぐだけでなく反対側の大脳皮質との連絡もあることから、大脳皮質の高次機能を担う広範なネットワークの形成機構の理解に資するものと言えます。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「Cerebral Cortex」(電子版)に7月6日(火)に掲載されました。
【タイトル】 “Interstitial axon collaterals of callosal neurons form association projections from the primary somatosensory to motor cortex in mice”
【著者名】Yuichiro Oka1,2,5,6, Miyuki Doi1, Manabu Taniguchi1, Sheena Y. X. Tiong1,2,4, Hisanori Akiyama1, Takuto Yamamoto1, Tokuichi Iguchi1,5,7 and Makoto Sato1,2,3,5,6
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 解剖学講座(神経機能形態学)
2. 大阪大学 大学院連合小児発達学研究科こころの発達神経科学講座(分子生物遺伝学)
3. 大阪大学 大学院生命機能研究科
4. マラヤ大学 理学部
5. 福井大学 医学部形態機能医科学講座組織細胞形態学・神経科学領域
6. 福井大学 こどものこころの発達研究センター
7. 福井医療大学 保健医療学部看護学科
【リンク】 https://doi.org/10.1093/cercor/bhab153

なお、本研究は、科学研究費補助金基盤研究(B)、基盤研究(C)、若手研究(B)、挑戦的萌芽研究、新学術領域研究「神経細胞の多様性と大脳新皮質の構築」による支援を受けて行われました。

用語説明

頭葉

大脳皮質の大きな区分け。ヒトの場合は大きな溝によって前頭葉と頭頂葉、側頭葉、後頭葉、および島(島皮質)の5つに分けられる。それぞれの頭葉には多くの機能領野が存在するが、代表的なものとして前頭葉には運動野が、頭頂葉には体性感覚野が、側頭葉には聴覚野が、後頭葉には視覚野が、島には味覚野がそれぞれ存在している。

長連合回路

同じ側の大脳皮質の異なる頭葉を結ぶ神経回路で異なる感覚情報を統合したり、感覚情報と記憶などの内部情報を統合して判断を下したり、意志による運動を制御したりといった、いわゆる大脳皮質の高次機能に重要な働きを持つと考えられている。ヒトの場合は上縦束、上後頭前頭束、下縦束、下後頭前頭束、鉤状束という(解剖すれば)肉眼でも見える巨大な神経線維束(軸索の束)をなす。

機能領野

大脳皮質は、運動や体の感覚など、特定の情報を処理する機能を担う領域に区分されており、その区分された領域を機能領野と呼ぶ。

軸索側枝

神経細胞は細胞体から軸索と呼ばれる細長い一本の突起を伸ばすが、軸索は途中で枝分かれすることも多い。枝分かれには伸びている先端が二股に分かれるタイプと軸索の途中から枝が出芽するタイプがあり、後者を軸索側枝と呼ぶ。

神経トレーサー

神経細胞の細胞体から軸索の末端へ(順行性)、あるいは反対向き(逆行性)に輸送される性質を持ち、その存在を可視化できる物質のことを神経トレーサー分子と呼ぶ。これをある脳領域に注入することで、その領域が他のどの脳領域とどういう向きの神経回路を作っているか解析することができる。

大脳皮質の層構造

大脳皮質は6層からなる層構造を基本構造としてもつ。各層はそれぞれ発生期の特定の時期に産生され、遺伝子発現や軸索投射パターンなどの特徴を共有する神経細胞によって構成されている。また、1つの層がさらに細かい層に分けられる場合もある(5a層と5b層など)。

子宮内電気穿孔法

脳の神経細胞にプラスミドベクターなどを導入するために利用される技術。マウス子宮内の胎仔の脳内にある脳室と呼ばれる部位にDNAを注入して電圧をかけると、脳室を囲んでいる脳室帯に存在する神経幹細胞のうち、分裂中(神経細胞を産生中)のものにDNAが取り込まれる。大脳皮質の6層構造はそれぞれの層の神経細胞が特定の時期に産生されるので、導入する時期をうまく選ぶことで特定の層の神経細胞を狙ってプラスミドベクターを導入することができる。遺伝子を導入された胎仔は、通常、そのまま母親マウスの子宮内で生育し、出産に至るので、脳の形成や発達の過程で遺伝子がどのように働くかを調べることができる。