ドーパミンが不足すると人もマウスも、線虫だって上手く歩けない?

ドーパミンが不足すると人もマウスも、線虫だって上手く歩けない?

動物種で進化的に保存される行動障害をAIが発見

2021-9-17自然科学系
情報科学研究科准教授前川卓也

研究成果のポイント

  • 異なる動物種に共通する行動特徴の発見を支援する人工知能技術を開発。
    進化系統的に大きくかけ離れたヒト、マウス、昆虫、線虫のそれぞれドーパミンが欠乏した個体に共通して現れる行動特徴の発見に繋がった。ドーパミンが欠乏すると、速い速度を保って移動できない、加速するときに速度が安定しない、曲がる際に速度を落とせない等の運動障害が、ヒトや線虫といった異なる動物に共通して現れることが明らかになった。
  • 動物種が異なると体長も大きく異なるため、それらの移動行動データを直接比較して分析することは困難だった。
  • パーキンソン病などの運動障害を伴う病気の治療法を開発するにあたって、ヒトに比べて実験が容易な動物を用いて治療法の効果を確かめることができるようになる。また本研究結果により、ドーパミン欠乏に起因する病気に関わる遺伝子群が、進化史の非常に古い段階に、その起源を持つ可能性を示唆できた。

概要

大阪大学大学院情報科学研究科の前川卓也准教授と大学院生の東出大輝さん(研究当時、博士前期課程学生)、同志社大学の高橋晋教授、名古屋市立大学の木村幸太郎教授、岡山大学の宮竹貴久教授らの共同研究グループは、異なる種の移動行動データを統合的に分析できる人工知能技術を開発し、ヒト、マウス、昆虫、線虫などの進化系統的に大きくかけ離れた動物のドーパミンが欠乏した個体に共通して現れる行動特徴を発見しました。

ヒトやマウス、線虫などの異なる種の動物は、図1のように体長や移動方法も大きく異なるため、それらの移動行動データを直接比較して分析することは困難でした。

今回、前川准教授らの研究グループは、動物の移動軌跡から種の判別は不可能だが、正常か病気(ドーパミン欠乏)の個体かを判別可能な行動特徴を抽出するニューラルネットワークを開発することでこの問題に取り組みました。種を見分けることができないが、病気を見分けることができる特徴は、種に共通する病気の特徴と言えます。

提案した手法を、ヒト、マウス、昆虫(米の害虫であるコクヌストモドキ)、線虫のそれぞれドーパミンが欠乏している個体および正常個体の移動行動データに適用し、種横断的に見られる移動特徴を発見しました。ドーパミンが欠乏したヒト、マウス、線虫には、速い速度を保って移動できない、加速するときに速度が安定しないといった運動障害が共通して見られました。また、ドーパミンが欠乏したマウス、線虫、昆虫には、曲がる前にスムーズに速度を落とせないといった運動障害が共通して見られました。

このように進化系統的に大きく異なるにも関わらず、ドーパミンが欠乏した個体は似たような運動障害を示すことが明らかになり、ドーパミン欠乏が運動に及ぼすメカニズムが、線虫から人間まで進化的に保存されている可能性が示唆されました。本研究結果は、ドーパミンの役割が進化の中で保存されてきた謎を解き明かす鍵となるかもしれません。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、9月17日(金)18時(日本時間)に公開されました。

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図1. 異なる種は体長も大きく異なり、その移動軌跡のスケールも大きく異なる。

研究の背景

運動障害を伴う病気の分析は、介入実験が困難な人間の代わりに実験用のモデル動物を用いて行われてきました。しかし、人間と動物では体長が大きく異なり、得られる行動データのスケールも大きく異なるため、それらの行動データを比較して解析することは困難でした。そのため、病気の治療法を動物に適用したとしても、どういった運動障害が解消されれば、その治療法が有効なのか分かりません。

研究の成果

前川准教授らの研究グループでは、異なる種の正常および病気の個体の移動行動データから、種に依存しない病気の個体の行動特徴を抽出する人工知能技術を考案しました。提案したニューラルネットワークは、入力を個体から得られた移動軌跡とし、その軌跡が得られた個体の種と病気の有無を同時に推定します。このとき、種の推定精度が低くなり、病気の有無の推定精度が高くなるようニューラルネットワークを学習します。これにより、ニューラルネットワークが学習する移動軌跡の特徴は、種の判別が付かないが、病気の有無は判別できるような特徴となります。このような種の判別が不可能な特徴(どの種でも同じように現れる特徴)は、種に依存せずに現れる病気の特徴であると言えます。

本研究では、内部構造がブラックボックスとされるニューラルネットワークが学習した移動特徴を、生物学者が理解できるようにするため、アテンション機構と呼ばれる機構をニューラルネットワークに組み込みました。これにより、ニューラルネットワークが移動軌跡のどの箇所に注目して分類を行ったかを可視化することができ、ニューラルネットワークが学習した種に非依存な移動特徴の理解に役立ちます。

ドーパミンが欠乏した動物(パーキンソン病の人とマウス、ドーパミンの受容体が欠損した線虫、ドーパミンの発現が少ない系統のコクヌストモドキ;図2)の行動データと、正常な動物の行動データを用いて、ドーパミン欠乏個体に種横断的に見られる特徴の分析を行いました。その結果、ドーパミンが欠乏したヒト、マウス、線虫には、速い速度を保って移動できない(図3)、加速するときに速度が安定しないといった運動障害が共通して見られました。また、ドーパミンが欠乏したマウス、線虫、昆虫には、曲がる前にスムーズに速度を落とせないといった運動障害が共通して見られました。

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図2. 実験で用いた動物の一部

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図3. 正常なマウスとドーパミン欠乏マウスの速度の比較。ニューラルネットワークが注目している箇所が赤色で示されている。注目箇所は病気の有無の判断に有用とニューラルネットワークが判断している箇所に相当する。ドーパミン欠乏マウスの速度が短時間だけ増加しているところに注目していることが分かる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、運動障害を伴う病気の治療法を開発するにあたって、人に比べて実験が容易な動物を用いて治療法の効果を確かめられるようになることが示唆されました。また分析の結果、ドーパミン欠乏が運動に及ぼすメカニズムが、線虫から人間まで進化的に保存されている可能性が示唆されました。

特記事項

本研究成果は、2021年9月17日(金)18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Cross-species Behavior Analysis with Attention-based Domain-adversarial Deep Neural Networks”
著者名:Takuya Maekawa, Daiki Higashide, Takahiro Hara, Kentarou Matsumura, Kaoru Ide, Takahisa Miyatake, Koutarou Kimura, and Susumu Takahashi
DOI:10.1038/s41467-021-25636-x

本研究は、JSPS新学術領域研究「生物移動情報学」の一環として行われました。

用語説明

ドーパミン

神経伝達物質の一つで、パーキンソン病ではドーパミンが欠乏して運動障害が引き起こされるとされています。