動物の隠れた生態を自動で発見する人工知能を開発
動物行動ビッグデータから重要な箇所をピンポイントで発見して分析支援
研究成果のポイント
・動物の生態分析において、動物の大量の行動データの中から重要な発見が潜んでいる可能性のあるデータを自動的に発見し、生物学者による分析を支援する人工知能技術を開発。病気のマウスやコオロギ、線虫など6種類の動物の新たな生態を発見。
・動物の行動分析では、生物学者が経験や勘に従って、何百もの大量の行動データを目視で分析しており、多大な労力を必要としていた。
・今回開発した技術は、比較したい群の軌跡データを入力すれば、情報技術に詳しくなくても利用できるほか、どの動物にも応用可能。
・動物の行動分析は伝染病を媒介する動物の生態解明、害獣の行動制御、人間や動物に共通する病気の理解など幅広い応用ができ、生物学者への支援を通じて、野生動物との共存等への貢献に期待。
概要
大阪大学大学院情報科学研究科の前川卓也准教授、名古屋大学の依田憲教授、同志社大学の高橋晋教授、名古屋市立大学の木村幸太郎教授、北海道大学の小川宏人教授、岡山大学の宮竹貴久教授、東京農工大学の小池伸介准教授の共同研究グループは、生物学者による動物行動データの分析を支援する人工知能を開発し、6種の動物の新たな生態の発見に繋がりました。
計測技術の進展により、GPSやカメラを用いて動物の移動行動を容易に観測することができるようになり、行動ビッグデータ時代が到来しつつあります。しかし、計測された大量のデータの分析は、生物学者の手作業による分析に依存しており、その労力は非常に大きいものでした。また、分析は生物学者の経験や勘にも大きく依存し、重要な特徴の見逃しの恐れもありました。
今回、前川准教授らの研究グループは、動物の移動軌跡の比較分析(例:病気と健常のマウス群の比較)を対象とし、比較群に特徴的な部分軌跡を自動的に検出、生物学者に提示する人工知能手法(ニューラルネットワーク)を開発しました。 (図1) はオスとメスの海鳥の比較分析例を示しており、ニューラルネットワークが注目しているそれぞれの群に特徴的な部分が赤色でハイライトされています。例えば、メスの軌跡の場合、海岸線に近い場所で滞在しているところを、メスらしい行動としてニューラルネットワークが注目しています。この結果から、体格の小さい雌鳥は風速が弱い海岸線に近い場所を好むという仮説が導かれました。提案手法は様々な動物の分析に利用でき、パーキンソン病マウスが空間の探索を行いづらくなる特徴や、天敵に遭遇した際に"死にまね"をする昆虫の逃避戦略等が新たに発見されました。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、10月20日(火)18時(日本時間)に公開されました。また、開発された分析システムは、下記のURLからフリーで利用できます。 http://www-mmde.ist.osaka-u.ac.jp/~maekawa/deephl/
図1 人工知能がオスとメスの海鳥の移動軌跡を分類する際に注目している箇所が赤でハイライトされている。メスの軌跡からは、海岸線近くでの滞在がメスらしい行動として検出されている。©OpenStreetMap contributors
研究の背景
計測技術の進展により、GPSを用いた野生動物の移動行動計測、カメラを用いたシャーレ上の小型生物の移動計測、ドレッドミル上の昆虫の移動計測などが可能となり、行動ビッグデータ時代が到来しつつあります。このようにして計測された行動データは、例えば病気の動物と健常の動物の比較に用いることで、病気が動物の行動にどのような影響を及ぼすかを評価したり、オスとメス動物の比較によりそれらの生存戦略の違いを明らかにしたりするために生物学者によって分析されます。しかし、これまでの多くの分析手段は、生物学者の手作業による分析に依存しており、大量のデータを手作業で分析する労力は非常に大きいものでした。また、分析は生物学者の経験や勘にも大きく依存し、重要な特徴の見逃しの恐れもありました。
研究の成果
前川准教授らの研究グループでは、動物行動軌跡の比較分析において、比較する群に特徴的な部分軌跡を自動的に検出して、生物学者に提示する手法を考案しました。提案手法では、与えられた軌跡を比較する群に分類するニューラルネットワークを学習します。例えば、オスの海鳥とメスの海鳥を比較する場合、ニューラルネットワークは与えられた軌跡の情報のみから、その軌跡がオスの海鳥から観測されたものか、メスの海鳥から観測されたものなのかを、認識するように学習されます。すなわち、学習されたネットワークは、軌跡からオスもしくはメスの特徴を捉える機能を備えたと言えます。しかし、ニューラルネットワークの内部はブラックボックスとされており、どのように内部の処理が行われているのか分かりません。そこで、ニューラルネットワークにアテンション と呼ばれる機構を組み込み、ニューラルネットワークが分類の際に注目している部分軌跡を明示的に出力できるようにしました。 (図1) の軌跡の赤色のセグメントは注目している部分軌跡に対応し、群に特徴的な行動が潜んでいる可能性が高いと言えます。このように、重要と思われる箇所をハイライトして生物学者に提示することで、大量の軌跡を手作業で見比べて違いを発見する労力を大幅に削減できます。さらに、ハイライトされている箇所がどのような意味を持っているのかの理解を補助するために、ハイライト箇所と関連性が強い速度や加速度等の一般的な移動に関する指標を提示する機能も備えます。
提案手法を、海鳥(オオミズナギドリ)、クマ(ツキノワグマ)、線虫、マウス、コオロギ、コクヌストモドキ(米の害虫)の行動軌跡データに適用することで、それぞれの動物の新しい生態を発見しました。天敵に遭遇した際に"死にまね(死んだふり)"をすることで知られるコクヌストモドキの分析では、死にまねの時間が長い個体群と短い個体群の行動軌跡を比較し、移動の際の方向転換に大きな違いがあることがニューラルネットワークにより示唆されました (図2上) 。死にまねの時間が短い個体群ほど、より方向転換をして移動することが明らかになり、死にまねの時間が短い個体は方向転換を頻繁に行うことで天敵から逃れる生存戦略を採用していることが示唆されました。
パーキンソン病と正常のマウスの比較分析では、軌跡のスタート地点から離れた場所を訪れている行動が正常のマウスに特徴的な行動として、ニューラルネットワークにより検出されました (図2下) 。この結果は、パーキンソン病のマウスは今までに訪れたことのない場所を探索しなくなってしまうことを示唆しています。
図2 コクヌストモドキとマウスの行動軌跡分析の結果
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
比較分析は、動物行動分析の最も一般的な方法であり、病気が行動に及ぼす影響や、ある遺伝子をノックアウトした際の行動に及ぼす影響、気候の変動が行動に及ぼす影響など、生物学者が様々な分析に用いています。本成果がこれらの分析を支援することで、人間や動物に共通する病気の理解や気候変動下での害獣との共生を加速させる可能性があります。
特記事項
本研究成果は、2020年10月20日(火)18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:"Deep Learning-assisted Comparative Analysis of Animal Trajectories with DeepHL"
著者名:Takuya Maekawa, Kazuya Ohara, Yizhe Zhang, Matasaburo Fukutomi, Sakiko Matsumoto, Kentarou Matsumura, Hisashi Shidara, Shuhei J. Yamazaki, Ryusuke Fujisawa, Kaoru Ide, Naohisa Nagaya, Koji Yamazaki, Shinsuke Koike, Takahisa Miyatake, Koutarou D. Kimura, Hiroto Ogawa, Susumu Takahashi, and Ken Yoda
本研究は、JSPS新学術領域研究「生物移動情報学」の一環として行われました。
研究者のコメント
本成果は、情報科学と生態学との共同プロジェクトの中で生まれました。様々な動物種を研究する生物学者が参画していますが、どのような動物にも「移動」という行動は共通して存在するため、動物種に依存せず移動軌跡を分析できる手法を開発できれば、生態学分野に貢献できるのではと考え、本手法を開発しました。比較したい群の軌跡データを入力するだけで、自動的に群に特徴的な箇所を発見して提示してくれるため、情報技術に詳しくなくとも、分析を行えます。
参考URL
情報科学研究科 原研究室HP
http://www-nishio.ist.osaka-u.ac.jp
用語説明
- アテンション
アテンション機構:
ニューラルネットワークに解釈性を実装するためのメカニズムの一つです。ネットワークに、データの特定の箇所のみを重点的に用いて認識を行う構造を持たせることで実現されます。