野生動物の珍しい行動を自動で発見・撮影するAIカメラ
動物に装着しておくだけで珍しい行動を自動で発見して映像記録するバイオロギングデバイス
研究成果のポイント
- 動物の珍しい行動を自動で発見・撮影する人工知能を搭載した小型のバイオロギングデバイス(動物装着センサロガー)を開発し、野生の海鳥の新たな生態を続々と発見
- 鳥や海洋生物を含む野生動物は長期直接観察が難しく、バイオロギングデバイスを用いてもバッテリ重量の制約から長期撮影は困難であり、それらの多くの動物の詳細な行動は謎に包まれていた
- 従来のバイオロギングデバイスでは、研究者が撮影対象の行動をあらかじめ指定する必要があったが、今回のデバイスではAIが自動で発見・撮影することが可能に
- 人里に降りる野生動物の行動メカニズムの解明や、人間が立ち入れない極限環境でのAI実装への応用に期待
概要
大阪大学大学院情報科学研究科の大学院生の谷垣慶さん(博士前期課程)、前川卓也准教授、名古屋大学大学院環境学研究科の依田憲教授らの共同研究グループは、野生動物に取り付けておくだけで、その希少な行動を低消費電力に自動発見し、映像撮影するバイオロギングデバイスを世界で初めて開発し、野生の海鳥の効率的な飛行や採餌に関わるであろう希少行動を自動的に撮影しました。
動物に搭載するカメラを備えた既存のバイオロギングデバイスでは、バッテリ重量の制約上、常に映像を撮影し続けることは困難であり、多くの動物の詳細な行動は謎に包まれたままです。例えば、500gの海鳥に対しては、行動を阻害しないために体重の5%ほどのデバイスしか装着できず、その結果2時間ほどの映像記録しかできません。これでは、野生動物の行動の全貌を捉えることは難しく、特に稀にしか見せない行動は発見できないでしょう。
今回、研究グループは、消費電力の小さいセンサで動物の希少行動を自動で発見して撮影する人工知能を搭載したバイオロギングデバイス(図1左上)を開発しました。海鳥の希少行動を捉える実験では、図1右に示すような、飛行開始直後に頭を激しく振って体に付着した水分等を除くことで以降の飛行効率を向上させる行動および、海中の様子を何度も伺ってから効率的に魚を捕らえる行動の映像が初めて捉えられました。興味深いことに、頭振り行動は他種の海鳥も行うことが確認され、種横断的に同じ行動で飛行効率を保っている可能性が示唆されました。本技術により、効率的な動物の生態解明が実現されることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「PNAS Nexus」に、1月16日(火)22時(日本時間)に公開されました。
図1. 開発したバイオロギングデバイス、オオミズナギドリへの装着の様子、撮影された動画のスクリーンショット。YouTubeにも1月16日(火)22時より動画を公開。「AI on Animals ー野生動物に搭載した人工知能が見た世界ー」(https://youtube.com/channel/UCHoNDVk6sBOt4d8A2jralEg)。
研究の背景
バイオロギングでは、動物に装着した小型センサロガーを用いて、研究者が目視観測できない世界を観測することができます。しかし、小型動物に装着するロガーは重量の制約があり、大型のバッテリを搭載できないため、発生頻度の低い行動を発見して映像撮影することは困難でした。これまでに、研究グループでは、人工知能を搭載したバイオロギングデバイスを開発してきましたが、撮影対象の行動を研究者があらかじめ指定する必要がありました。
研究の内容
研究グループでは、バイオロギングデバイス上の加速度センサなどの低消費電力なセンサを用いて、デバイス上でリアルタイムに異常検知を行うことで、研究者による事前の指定無しに希少な行動を自動で発見し、撮影することを可能としました。発生頻度の低い異常とみなされる行動には、未だ知られていない動物の生態が隠されている可能性が高く、動物にデバイスを取り付けておくだけで、そのような行動を人工知能が自動的に発見して録画してくれます。
バッテリの制約がある小型ロガーでは、搭載されるマイコンの性能も限られます。そのため、メモリの少ないマイコン上で動作する異常検知手法を開発しました。提案手法では、あらかじめ高性能なコンピュータでメモリ使用量の大きい異常検知モデルを構築したあと、その挙動を模倣するメモリ使用量の小さい異常検知モデルを知識蒸留という手法を用いて構築しました。メモリ使用量の小さい異常検知モデルは、バイオロギングデバイス上に実装され、リアルタイムで異常検知を行います。
新潟県粟島に生息するオオミズナギドリ(図1左下)を用いた実験では、海中の様子を何度も伺ってから効率的に魚を捕らえる行動および、飛行開始直後に頭を激しく振って体に付着した水分等を除くことで以降の飛行効率を向上させる行動の撮影に成功しました。魚の捕獲行動では、図2のように海面に浮かびながら頭を何度も沈めて様子を伺ったあと、垂直に海に潜って魚を捕まえていました。このことから、魚群が捕まえやすい位置に来るのを観察することで、消費エネルギーを抑えた捕獲戦略を採用している可能性が示唆されました。
また飛行中の頭振り行動を詳細に解析した結果、その行動のほとんどは飛行開始から約30秒程度までに行われることが分かりました。また、青森県蕪島に生息するウミネコにも同様の行動が確認されました。そのため、飛行開始直後に付着した水分などを振り落とすことで、以降の飛行効率を高める行動を、海鳥が種横断的に行っていることが示唆されました。
図2. オオミズナギドリが海中を様子見してから魚を捕まえるまでの手順
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、従来の方法では発見・観察が困難だった発生頻度の低い希少な行動を自動撮影することが出来るようになりました。本成果の特徴的な点は、研究者の前知識などを必要とせず、動物にバイオロギングデバイスを装着するだけで、新しい行動が含まれている可能性の高い映像を自動撮影できるところにあります。今後は長期観測が困難な海洋生物や人里に出没する野生動物に本成果を適用することを予定しています。また本成果は動物の新しい生態の解明に役立つだけでなく、野生動物との共存や伝染病を媒介する動物と人間社会との関係の解明などにも有効と考えられます。
特記事項
本研究成果は、2024年1月16日(火)22時(日本時間)に米国科学誌「PNAS Nexus」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Automatic recording of rare behaviors of wild animals using video bio-loggers with on-board light-weight outlier detector”
著者名:Kei Tanigaki, Ryoma Otsuka, Aiyi Li, Yota Hatano, Yuanzhou Wei, Shiho Koyama, Ken Yoda, and Takuya Maekawa
DOI:10.1093/pnasnexus/pgad447
なお、本研究は、JSPS学術変革領域研究(A)「階層的生物ナビ学」および大阪大学 ヒューマンウェアイノベーション博士課程プログラムの一環として行われました。
参考URL
用語説明
- バイオロギング
動物に直接添付した小型センサロガーデバイスを用いて、動物の生態を観測する手法であり、近年の工学技術の進展等により可能となりました。研究者による直接観測では不可能であった、空中や水中での動物の生態観測が可能です。デバイスは、動物に悪影響を与えないように小型化し、必要な期間だけ装着し、しばらく後に回収します(今回の研究では数日間の装着)。
- 異常検知
大量のデータの中から、通常とは異なるパターンやデータを見つける手法の一つです。この技術は、データの背後に潜む不具合や予期しないトラブルを見つけるのに用いられます。
- 知識蒸留
大規模で複雑なデータ処理モデルから得られる重要な情報や知識を、よりシンプルかつ効率的なモデルへと移転する技術です。このプロセスを経ることで、バイオロギングデバイスのような小型デバイスでも、高度なデータ処理が可能となります。