リング状タンパク質PCNAのユビキチン化により 染色体異常が起きることを発見
がん等の遺伝性疾患の治療薬開発に期待
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院理学研究科の中川拓郎准教授と大学院生の蘇傑(スージェ)さん(博士後期課程)らの研究グループは、ユビキチン化酵素Rad8によるPCNAタンパク質のユビキチン化が染色体異常を誘発することを世界で初めて示しました。
DNA相同組換えが正常に機能しないと、染色体異常が発生し、様々な遺伝性疾患が生じます。しかし、遺伝性疾患の直接的原因である染色体異常が、どのようにして起きるのかは不明です。
今回、本研究グループは、分裂酵母を用いて染色体異常の発生頻度を解析することで、ユビキチン化酵素Rad8によるPCNAタンパク質のリシン107のユビキチン化が染色体異常を誘発することを明らかにしました。今回の研究から、PCNAはDNA複製、修復、組換えだけでなく染色体異常の発生にも関与することが分かりました。これにより、染色体異常により誘発されるガンなどの遺伝性疾患の治療薬の開発が期待されます。
本研究成果は、オープンアクセスの国際科学誌「PLOS Genetics」に、7月23日(金)午前3時(日本時間)に公開されました。
図1. PCNA3量体はリング構造を形成する。リシン107(K107)はPCNA-PCNA間の相互作用部位に位置する。
研究の背景
遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)症候群ではDNA相同組換えに働く遺伝子が変異しています。そして、染色体異常が高頻度に発生し、高い罹患率でがんを発症します。このように、相同組換えは染色体の安定維持や発がん抑制に重要であることが知られています。しかし、疾患を起こす直接の原因である染色体異常がどのようにして起きるのかは、いまだ解明されていません。
研究の内容
本研究グループでは、分裂酵母を用いて染色体異常の発生頻度と蓄積した異常染色体の構造を決定する解析法を確立しました。これまでに、相同組換え因子Rad51は、染色体の部分欠失とDNA反復配列を「のりしろ」にした転座を抑制することを明らかにしました。今回の研究では、染色体の転座にユビキチン化酵素Rad8(ヒトHLTFの相同因子)によるPCNAタンパク質のユビキチン化が関与することを明らかにしました。PCNAどうしの相互作用部位にあるリシン107のユビキチン化であることから、PCNA複合体のリング構造が染色体異常に重要であると考えられます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、染色体異常が原因で起きるがん等の遺伝性疾患の予防や治療薬の開発に貢献することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2021年7月23日(金)午前3時(日本時間)に国際科学誌「PLOS Genetics」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Fission yeast Rad8/HLTF facilitates Rad52-dependent chromosomal rearrangements through PCNA lysine 107 ubiquitination”
著者名:Su J, Xu R, Mongia P, Toyofuku N, Nakagawa T
DOI:10.1371/journal.pgen.1009671
参考URL
中川拓郎准教授 研究者総覧URL
http://osku.jp/x0398
SDGs目標
用語説明
- PCNAタンパク質
ホモ3量体でリング状の立体構造を形成しDNAに結合する。様々なタンパク質と相互作用することで、DNA複製、修復、組換えなどに関与する。
- ユビキチン化
ユビキチンとは細胞内に大量に存在する低分子タンパク質(約9 kDa)。標的タンパク質にユビキチンが付加することをユビキチン化という。ユビキチン化によりタンパク質の機能や安定性などが変化する。
- 染色体異常
転座、逆位、欠失など染色体の大きな変化。染色体異常に伴って、重要な遺伝子が変化したり、コピー数が増減したりすることで、がん等の遺伝性疾患が引き起こされる。
- 分裂酵母
出芽酵母と異なり、隔壁が形成することで細胞分裂する。ヒトと共通した染色体構造を持つことから、染色体の研究に用いられることが多い。
- 遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)症候群
相同組換え因子BRCA1 、BRCA2 の変異が原因の遺伝性腫瘍。日本人女性の乳がんの約5%がHBOC症候群である。BRCA1変異が見つかった米国女優が、発症前に乳房切除したことが話題となった。