世界最高出力でガラスなどの高速微細加工を実現

世界最高出力でガラスなどの高速微細加工を実現

「高出力深紫外ピコ秒レーザー加工装置」を開発

2021-6-22工学系
レーザー科学研究所教授吉村政志

概要

三菱電機株式会社(以下、三菱電機)、国立大学法人大阪大学(以下、大阪大学)、スペクトロニクス株式会社(以下、スペクトロニクス)は、次世代のレーザー加工装置として、高速に微細加工できる「高出力深紫外ピコ秒レーザー加工装置」の試作機を開発しました。材料を分解する能力が高い波長266ナノメートル(nm)の深紫外でパルス幅がピコ秒の短パルスレーザーを、世界最高(2021年6月22日現在、三菱電機調べ)の平均出力50Wで照射することにより、加工時間の短縮の他、これまで近赤外レーザーでは加工が難しかった透明なガラスなどの高速微細加工を実現します。今後は、本試作機の早期実用化を目指します。

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高出力深紫外ピコ秒レーザー加工装置の試作機

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ガラス穿孔加工サンプル

開発の特長

1.世界最高50W深紫外レーザー光源の実現により、加工時間を10分の1に短縮

  • レーザー結晶の配置を工夫し、高出力化で発生するレーザービームの歪みを抑制した300Wの基本波レーザー光源を開発
  • 結晶育成技術の高度化により、高出力での発熱密度を低減する大型波長変換素子に必要となる世界最大級(重量1.5kg)の高品質深紫外レーザー発生用結晶を開発
  • 基本波レーザー光源と深紫外レーザー発生用結晶を組み合わせることで、これまでの10倍(商用化されている5Wの深紫外レーザー加工装置との比較において。三菱電機調べ)となる平均出力50Wの深紫外レーザー光源を実現し、加工時間を10分の1に短縮

2.低歪み反射型加工光学系の開発により、直径4ミクロンの精密加工が可能

  • 加工光学系のレンズをミラーに置き換えた「低歪み反射型加工光学系」を開発
  • 高出力化に伴って発生するレーザービームの歪みをこれまでの15分の1に抑制(透過型光学系との比較において)
  • レーザービームの集光性の低下を抑制し、直径最小4ミクロンの精密加工が可能

3.ハイブリッドMOPA方式の基本波レーザー光源の開発により、制御性に優れた
ピコ秒パルスを実現

  • 半導体レーザーのゲインスイッチパルス種光源とし、ファイバー増幅器とバルク増幅器を組み合わせた複数段の増幅器により出力を増大するハイブリッドMOPA方式ピコ秒パルスレーザー光源を開発
  • 電気信号によって直接パルスを発生できる半導体レーザーを種光源とすることでパルス発生タイミングなどの制御性能を向上、加工に応じた自在なパルス発生が可能

開発体制

開発担当

開発内容

三菱電機

高出力増幅器、加工光学系の設計

大阪大学 レーザー科学研究所

深紫外レーザー発生用結晶の開発

スペクトロニクス

レーザー光源の開発

本開発の一部は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「高輝度・高効率次世代レーザー技術開発」において実施しています。

本開発の一部をOPIE’21(2021年6月30日~7月2日、於パシフィコ横浜)に出展します。

今後の展開

レーザー加工データベースや人工知能(AI)などのデータ利活用によるスマートレーザー加工の実現を目指し、東京大学を中心に設立したTACMIコンソーシアムが千葉県柏市に構築したレーザー加工プラットフォーム(柏Ⅱプラットフォーム)に、今回開発したレーザー加工装置を2021年7月に設置する予定です。

今後、レーザー加工装置を使用する電子部品や半導体関連企業と連携し、ガラスなどへの精密で高速な加工技術の開発、新規用途の開拓を進めます。

開発の背景

あらゆるモノがインターネットでつながるIoTやAIを活用した超スマート社会に向けて、従来の「機械加工」よりも加工条件をデジタル制御しやすい「レーザー加工」に注目が集まっています。なかでも、電子機器の小型化・高性能化・軽量化に伴い、電子部品などの微細加工の需要は急増しており、高速に微細加工ができる「レーザー加工装置」へのニーズが高まっています。一方、高出力を得やすい近赤外レーザーは透明なガラスや樹脂に対して吸収されずに通過してしまうために加工が難しく、新たなレーザー加工装置の開発が求められています。

今回、三菱電機、大阪大学、スペクトロニクスは、次世代のレーザー加工装置として、高速に微細加工ができる「高出力深紫外ピコ秒レーザー加工装置」の試作機を開発しました。材料を分解する能力が高い266nmの深紫外レーザーを、世界最高の平均出力50Wで照射することにより、これまで近赤外レーザーでは加工が難しかったガラスなどの高速微細加工を実現します。本試作機の早期実用化を通じて、電子機器の小型化・高性能化・軽量化に貢献します。

特長の詳細

1.世界最高50W深紫外レーザー光源の実現により、加工時間を10分の1に短縮

波長300nm以下の深紫外レーザーは、従来のレーザー加工装置に用いられる近赤外レーザーなどと比べ、材料を分解する能力が高いため、光を通すガラスなどの透明材料や溶融温度が異なる樹脂とガラス材で構成される複合材料などの難加工材料にも適用できます。

本開発による深紫外レーザーは、半導体レーザーから出た光(波長1064nm帯の近赤外線)を増幅器に通して高出力の「基本波レーザー」を発生させ、さらにCLBOなどのレーザーの波長を変換する結晶に通すことで、266nm帯の深紫外線を発生させます。一方、高出力のレーザーを発生させようとすると、波長変換する結晶やレーザー結晶、各種光学素子で発生する熱によってレーザービームが歪むという問題があり、これまで、深紫外レーザー光源の出力は5Wにとどまっていました。

そこで、三菱電機、大阪大学、スペクトロニクスは、熱的な歪みを回避するための開発を行い、300Wの高出力ビームを発生する基本波レーザー光源を開発しました。スペクトロニクスが開発した半導体レーザーを種光源とする100W級の短パルスレーザーを基にし、レーザー結晶内の熱による歪みの分布を考慮してレーザー結晶の配置を工夫することでレーザービームの歪みを抑制し、三菱電機が開発に成功した200W以上の増幅器を使って出力を増幅させました。

また、高出力の深紫外レーザーを長期間安定に発生させるためには、深紫外レーザー発生用結晶から切り出す大型波長変換素子が必要となります。そこで、大阪大学レーザー科学研究所が中心となり、内部欠陥の少ない世界最大級(重量1.5kg)の超大型結晶を製造する育成技術を開発しました。

基本波レーザー光源と深紫外レーザー発生用結晶を組み合わせることで、従来出力の10倍となる平均出力50Wの深紫外レーザー光源を実現でき(図1)、現在商用化されている5Wの深紫外レーザー加工装置と比べた場合、加工時間を10分の1に短縮できるようになりました。

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図1. 開発した深紫外レーザー光源の概念構成

2.低歪み反射型加工光学系の開発により、直径4ミクロンの精密加工が可能

レーザー加工装置で想定通りのレーザー加工を行うためには、レーザービームのサイズを調整する必要があります。

従来、レーザービームのサイズを調整するには、加工対象までレーザーを伝送する装置(加工光学系)の中にあるレンズなどの透過型光学系を用いていました。しかし、高出力の深紫外レーザーでは、透過型の光学素子であるレンズがレーザービームを吸収することで熱が発生してレーザービームが歪み、加工開始からの短時間で急激にビームサイズが想定からずれてしまうなどの課題がありました。

そこで、三菱電機、大阪大学、スペクトロニクスは、ビームサイズを調整するため、加工光学系のレンズをミラーに置き換えた反射型光学系を開発しました。発熱が表面だけに限定されるミラーを用いることで熱による歪みを低減するとともに、非軸対称な2つのミラーを組み合わせることで、レーザービームの歪みを透過型光学系の15分の1に低減させました。集光性の低下を抑制することで、高出力化してもビームサイズの調整ができるようになりました(図2)。加工点でのビーム形状を真円で小さくすることができ、直径が最小4ミクロンの微細穴をガラス基板に形成するなど、精密加工が可能になりました。

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図2. 反射型光学系の採用によるビームサイズ調整加工光学系の歪み低減

3.ハイブリッドMOPA方式の基本波レーザー光源の開発により、制御性に優れたピコ秒パルスを実現

レーザーパルスをピコ秒レベルに短パルス化して加工すると、材料が瞬間的に加工されるため、熱の影響が小さく、材料の特性を損なわない高品質な加工ができます。そこで、短パルスレーザーを微細加工に適用する開発が進められてきました。

従来の短パルスレーザー発生方式(モードロック方式)では、任意のタイミングでレーザーパルスを発生させることが困難なため、複雑な加工を自在に行う上で障害となっていました。また、より微細で高品質な加工の実現には、レンズで小さく集光し、深さ方向にも精緻な加工ができる短波長レーザーが適していますが、モードロック方式では、効率的に短波長レーザーを発生させることが難しく、高出力化すると信頼性が極端に悪化する問題を抱えていました。

そこで、スペクトロニクスは、電気信号によって直接半導体レーザーからピコ秒レーザーパルスを任意のタイミングで発生させるゲインスイッチパルスを利用する方法を採用しました。ただし、微弱な半導体レーザーのゲインスイッチパルスには、光増幅する際に発生する光ノイズに埋もれてしまう問題があります。これを解決するため、ノイズが少なく、増幅率の高いファイバー増幅器とバルク増幅器とを組み合わせたハイブリッドMOPA方式 によるピコ秒パルスの基本波レーザー光源を開発しました(図3)。

さらに、超高速電流パルス発生回路を独自開発したことで半導体レーザーを直接駆動し、任意のタイミングでピコ秒レーザーパルスを発生させ、自在にパターニング加工などができるようになりました。

また、光増幅の際に波長変換で波長を短くする条件(狭スペクトル幅)の維持は難しいですが、この問題もハイブリッドMOPA方式によって解決しました。ハイブリッドMOPA方式の基本波レーザー光源により、大阪大学レーザー科学研究所が開発した大型波長変換素子を高い効率で利用することが可能となり、従来技術では困難であった深紫外ピコ秒レーザーの高出力かつ長期間安定動作を実現しました。

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図3. ハイブリッドMOPA方式の基本波レーザー光源の特長

環境への貢献

本試作機の早期実用化を通じて、電子機器の小型化・高性能化・軽量化が期待できます。これにより、急増する情報通信機器やデータセンターの消費電力を低減し、持続可能な社会の実現に貢献します。

用語説明

ピコ秒

1兆分の1秒

ナノメートル

10億分の1メートル

ミクロン

1ミクロンは100万分の1メートル

ゲインスイッチパルス

急峻な電流注入によって利得がオーバーシュートすることで発生する短いパルス

種光源

増幅の種となる光

MOPA

MOPA:Master Oscillator Power Amplifier(主発振器出力増幅器構成)

TACMI

Technological Approaches toward Cool laser Manufacturing with Intelligence

CLBO

CsLiB6O10(セシウムリチウムボレート結晶)