赤ちゃんは「直感に反する」能力を示す者が優位であることを期待する
超自然性と社会的優位性とを結びつける心理的傾向の発達的起源
研究成果のポイント
- 生後12-16カ月の乳児が「超自然的能力と社会的優位性とを結びつけている」ことを行動実験で解明
- 従来知られていた乳児期の物理的「知識」(超自然的物理現象への注目)が、この時期から既に社会的な判断バイアスにつながっていることを見出した
- 超自然性と社会的権力とを関連付ける宗教性の起源をめぐる考察に、発達研究から貢献
概要
大阪大学大学院人間科学研究科の孟憲巍(モウ ケンイ)助教、高知工科大学の中分遥(ナカワケ ヨウ)助教、九州大学の橋彌和秀(ハシヤ カズヒデ)教授、オックスフォード大学のHarvey Whitehouse(ハーヴェイ ホワイトハウス)教授らの研究グループは、生後12-16カ月の乳児が「反直観的で超自然的な能力を示す者は社会的優位性が高い」と期待することを、視線を用いた行動実験によって示し、こうした傾向が発達初期から備わっていることを明らかにしました(図1)。
このような「判断バイアス」をヒトが発達の初期から備えていることは、人類史上多くの宗教的集団において超自然的な力を持つとされる存在が権威を持ってきたことや、現代社会においてもこの結び付きが根強く見られることの人間の心理的基盤を理解するうえで役立つことが期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、5月25日(火)18時(日本時間)に公開されました。
図1. 実験のイメージ
研究の背景
集団において「超自然的な力を持つ」とみなされる者が宗教的な権威を得る傾向は、人類の社会において広く指摘され、人類学・社会学・宗教学等様々な分野で議論されてきました。しかし、こういった傾向をもたらす個々人の心理的基盤がどのようなもので、それがいかにして成立するかという発達的な起源に関しては、実証的な検討が十分にはなされていませんでした。
本研究の内容
孟助教らの研究グループは「九州大学赤ちゃん研究員」に登録していただいている生後12-16カ月の乳児を対象に、提示した画面に対する注視パターンを計測し、期待違反法と呼ばれる手法で研究をおこないました。その結果、画面に現れるキャラクターの超自然的な力と社会的優位性に関連があることを見出しました(図2・3)。具体的には「超自然的」能力(空中浮遊・瞬間移動)を持つ/持たないキャラクターをそれぞれ繰り返し見せた上で、両者同士が競合し、どちらか一方が資源を勝ち取る結末をモニター上に提示しました。その結果、乳児は「超自然的」な能力を持つキャラクターが勝負に「負ける」結末を(その逆と比べて)より長く注視することがあきらかになったのです。このことは、乳児が「超自然的な能力を持つキャラクターが勝負に勝つ」ことを期待し、その期待が裏切られた結果であると解釈することができます。
発達心理学における従来の研究からは、空中浮遊する物体・瞬間移動する物体の映像に対して乳児が「驚き」(より長く注視する)を示すことが分かっており、これは乳児がある種の「物理法則」を理解していることを反映したものと解釈されてきました。今回の研究では、それらの事象が「超自然的・反直観的」な側面をもつことに着目し、その側面をキャラクターと結びつけて社会的「競合」という文脈に置くことで、超自然的な能力と社会的優位性を結びつけるような判断バイアスが乳児期に遡りうるものであることを初めて示したものと言えます。
図2. 実験で用いた動画のイメージ 2つのキャラクターがそれぞれ能力を示した後、1つの資源について競合してどちらか一方が資源を勝ち取った。実験1・3では反直観的能力として空中浮遊と瞬間移動を用いた。実験2・4では実験1・3と同様の移動軌道を用いたが、橋と壁があることで反直観的要素がなくなった。
図3. 乳児が結末を見飽きるまでの時間
特記事項
本研究成果は、2021年5月25日(火)18時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Preverbal infants expect agents exhibiting counterintuitive capacities to gain access to contested resources”
著者名:Xianwei Meng, Yo Nakawake, Kazuhide Hashiya, Emily Burdett, Jonathan Jong and Harvey Whitehouse
参考URL
孟憲巍 助教 研究者総覧URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/a3d1797a4b4a846c.html
用語説明
- 反直観的
例えば、手品で用いられるような、支えも無く物体が浮遊する、瞬間移動するといった物理的直観に違反する性質を指します。これまで乳児は、こうした物理的直観に従うものと、直観に違反するものを区別し、後者に対してより「驚き」を示すことが知られていました。宗教を認知科学的に研究するアプローチでは、こうした反直観的ないしは超自然的な現象を信じることが、世界の宗教に共通するパターンであることが議論されてきました。
- 社会的優位性
社会的な上下関係を示します。こうした社会的関係を示す状況の一つが、優先的に資源を獲得するような状況です。これまで、乳児研究(および動物研究)では、あるキャラクターAが別のキャラクターBよりも優先的に資源を獲得すると期待するとき、乳児が「AがBよりも社会的優位」と理解していると推測していました。
- 期待違反法
ヒトを含め多くの動物は、予測と反する事象に遭った際は驚いてその事象をより長く注視します(見飽きるまでの時間が長くなる)。この現象を利用した期待違反法は、乳児が事象をどのくらい注視するかを調べることで、乳児がどのような予測(期待、認識)を持っているのか検証する実験法です。本研究では、乳児が「反直観的な力を持つ者は社会的に優位である」という期待を持つと仮説を立て、「反直観的な力を持つ者が資源を勝ち取る結末と比べ、負ける結末を見た際に乳児が(驚いて)その結末をより長く見る」とのロジックに基づいて、乳児の注視行動を検討することで、反直観的な能力と優位性関係の結びつきを検証しました。