三つの陽子の間にはたらく三体力へのアプローチ

三つの陽子の間にはたらく三体力へのアプローチ

原子核から中性子星まで、統一的な理解にむけて

2021-4-26自然科学系
核物理研究センター教授民井淳

研究成果のポイント

  • 原子核そのもの、原子核が深く関与する宇宙・天文の諸現象を説明するには、三体力と呼ばれる新しい核力の理解が不可欠。
  • 三つの陽子の間に働く三体力にアプローチする実験手法の開発に成功。
  • 陽子とヘリウム3原子核の散乱事象の高精度測定から得られた成果。
  • 原子核から中性子星まで、極めて予言能力の高い核力の完成に向けた重要なステップ。

概要

かつて湯川秀樹は、原子核を構成する力である「核力」として、陽子と中性子の間に働く二体力を提唱しました。今は、重たい中性子星や中性子過剰なエキゾティック原子核を理解するために必要なインプットとして、「三体力」と呼ばれる核力の情報が求められています。今回、東北大学大学院理学研究科 関口仁子准教授、渡邉跡武特任助教らによる共同研究グループは、陽子とヘリウム3原子核の高精度散乱実験を行い、実験的な証拠を掴むのが難しいとされてきた三つの陽子の間に働く三体力にアプローチする手法の開発に成功しました。本研究は、同グループが開発した偏極ヘリウム3装置と東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター、大阪大学核物理研究センター、理化学研究所小型中性子源の各加速器施設を駆使して展開されました。

研究成果は、米国物理学会誌Physical Review Cの注目論文(editors’ suggestion)に選ばれ、令和3年4月12日(米国東部時間)にオンライン公開されました。

背景

原子核は陽子と中性子で構成される物質です。湯川秀樹が提唱した原子核を構成する力(核力)は、陽子と中性子の二体間に働く二体力として理解されてきました。近年、この二体力だけでは原子核そのもの、また原子核が深く関与する宇宙・天文の諸現象を説明することができず、三つの陽子・中性子間に働く「三体力」が極めて重要な役割を果たすことが明らかになってきました。特に三つの陽子間、または三つの中性子間で働く三体力(T=3/2型三体力)は、2010年以降に発見されている重たい中性子星の説明や、超新星などの天体現象で短時間の間に大量に多種生成されるエキゾティック原子核の理解に欠かせない核力として注目されており、現在、実験による直接的な証拠が待たれています。

明らかにしたこと

本研究では、T=3/2型三体力にアプローチする手法として陽子とヘリウム3原子核(陽子数2、中性子数1)による散乱(p-3He散乱)に注目しました(図1)。この散乱では三つの陽子が瞬間的に相互作用することが期待されます。高精度に測定した実験結果と二体力のみを考慮した厳密理論計算との比較を行ったところ、断面積σが最小値となる散乱角度付近では理論計算が実験値を説明できないことがわかりました(図2)。同じ現象は、三体力のもう一つの成分であるT=1/2型三体力が主要成分として働く重陽子(陽子数1、中性子数1の原子核)と陽子の散乱(d-p散乱)でも確認されています。d-p散乱では、Δ(デルタ)励起を伴う三体力によって実験値との不一致が改善されることが知られています。ところが、今回測定したp-3He散乱ではΔ励起の効果は殆ど効かないことが判明しました(図2)。以上の結果と考察から、p-3He散乱はd-p散乱ではアプローチできない三体力、つまりT=3/2型三体力にアプローチする有効な散乱であるという結論を得ました。

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図1. 陽子とヘリウム3原子核(陽子数2、中性子数1)による散乱(p-3He散乱)の模式図(赤い球が陽子、黄緑の球が中性子)。

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図2. 今回測定したp-3He散乱の断面積の散乱角度分布。赤い点が実験値。測定誤差は点の大きさより小さい。黒実線が二体力のみを考慮した理論計算。断面積が最小値となる角度で実験値と理論計算に顕著な差が見られる。p-3He散乱ではΔ励起を伴う三体力の効果(図の破線)は小さい。

実験研究の概要

p-3He散乱実験は、東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター(図3)、及び大阪大学核物理研究センター・リングサイクロトロン施設(図4)の両加速器施設で得られる陽子ビームを用いて行いました。本研究には東北大学と高エネルギー加速器研究機構が共同で開発した3He原子核のスピンを特定の方向に制御する装置を用いています。同装置のスピン制御能力の評価には、「理研小型中性子源システムRANS(ランズ)」の熱中性子ビームを利用しました。独自の装置開発と各実験施設の汎用性(東北大学)、及び特異性(大阪大学核物理研究センター、理化学研究所)を活かし、三体力の情報を引き出しうる高精度な実験値の取得に成功しています。

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図3. 東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター施設の様子。(2017年6月)

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図4. 大阪大学核物理研究センター・リングサイクロトロン施設の様子。(2017年12月)

波及効果

原子核から中性子星まで、これらを統一的に理解する極めて予言能力の高い核力の完成に向けた重要なステップとなります。

特記事項

【研究組織】
東北大学、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所、大阪大学核物理研究センター、九州大学、宮崎大学、理化学研究所、法政大学、量子科学技術研究開発機構、ヴィルニウス大(リトアニア)、中国科学院近代物理研究所の共同研究で遂行されました。

【謝辞】
科研費
基盤研究(A)「陽子・ヘリウム3散乱による三体力荷電スピンT=3/2項の決定」 (JSPS KAKENHI Grants No.JP16H02171)、
新学術領域「量子クラスターで読み解く物質の階層構造」提案型研究(JSPS KAKENHI Grants No. JP18H05404)、
新学術領域「実験と観測で解き明かす中性子星の核物質」公募研究(JSPS KAKENHI Grants No.JP25105502)
の支援により得られたものです。

【論文情報】
雑誌名: Physical Review C
論文タイトル: Proton-3He elastic scattering at intermediate energies
著者:
Atomu Watanabe1*, Shinnosuke Nakai1*, Kimiko Sekiguchi1*, Masatoshi Itoh1, Kenjiro Miki1, Takashi Ino2, Kichiji Hatanaka3, Atsushi Tamii3, Yoshie Otake4, Hideyuki Sakai4, Yukie Maeda5, Tomotsugu Wakasa6
* 責任者
1 Tohoku University
2 High Energy Accelerator Research Organization (KEK)
3 Osaka University
4 RIKEN
5 University of Miyazaki
6 Kyushu University
DOI番号:https://doi.org/10.1103/PhysRevC.103.044001
URL:https://journals.aps.org/prc/abstract/10.1103/PhysRevC.103.044001


用語説明

中性子星

超新星爆発後に残される天体で、星の最終形態の一つ。中性子を主成分とする高密度の星。半径は約10km 強であるが(太陽は約70万km)、質量は太陽の 1-2倍である。密度は 1cm3あたり10億トンにもなる。中性子星は宇宙空間に浮かぶ巨大な原子核とも呼ばれる。

エキゾティック原子核

寿命の長い安定な原子核では陽子の数と中性子の数はあまり大きく違わない。一方、それらの安定な原子核に中性子を加えていくと、ベータ崩壊により短寿命で別の原子核に変わる不安定な原子核ができる。これをエキゾティック原子核と呼ぶ。

断面積σ

粒子の散乱過程において粒子同士が衝突をして反応を起こす確率。面積の次元を持つ。

Δ(デルタ)励起を伴う三体力

Δ励起はアップクォークとダウンクォークで構成されている複合粒子で、陽子および中性子の励起状態の一つである。三つの陽子・中性子が相互作用する間に中間状態としてΔ励起が起きる三体力は藤田・宮沢力と呼ばれ、藤田純一博士と宮沢弘成博士によって1957年に提唱された。

スピン

スピンとは量子力学に従う粒子が持つ固有の角運動量のことをさす。原子核は量子力学に従うことからスピンを持つ。ヘリウム3原子核のスピンは大きさ1/2ħ である(ħ は、プランク定数h を2πで割った値)。

理研小型中性子源システムRANS(ランズ)

理化学研究所が開発した小型中性子源システムで、中性子ビームが2013年1月に取り出された。大型中性子源より手軽な装置として、中性子線利用に適した金属材料や軽元素を扱うものづくり現場への普及を目指すと同時に、橋梁などの社会インフラ現場での非破壊検査へむけて、さらにコンパクト化した可搬型中性子源システムの開発を進めている。RANSは、RIKEN Accelerator-driven compact Neutron Sourceの略。