中性子、陽子それぞれ3個ずつは 原子核として不安定と実験で証明
自然界の強い力を理解する重要なヒントが得られる
研究成果のポイント
- 三個の中性子のみ、三個の陽子のみから成る量子系の生成に成功しました。
- 三中性子系が二中性子系・四中性子系と比較して不安定であることを明らかにしました。
- 三中性子系と三陽子系の構造には類似性があることも明らかにしました。
- 中性子星などの同種の核子が凝集した系についてミクロな立場から理解を進める成果となりました。
概要
自然界には、重力、電磁力、弱い力、強い力という4種類の力が存在しますが、強い力が支配する原子核の世界は分かっていないことだらけです。近年、原子核を構成する核子である中性子だけ、また陽子だけを凝集した系を人工的に生成し、安定かどうかを調べる研究が進められています。先行研究で、二中性子系と四中性子系の準安定性を示唆する実験結果が得られています。しかし強い力の理解を進めるために必要な核子数3の系の安定性は未解決となっていました。
東北大学大学院理学研究科の三木謙二郎准教授らによる共同研究グループは、三個の中性子のみ、三個の陽子のみから成る量子系を生成しその不安定性を明らかにしました。この成果は、宇宙に多数存在している中性子星をミクロな立場から明らかにするためにも重要であり、星の進化や元素を合成する過程の解明にもつながります。実験は、本研究グループが富山大学水素同位体科学研究センターで開発した世界最高厚のトリチウム吸蔵チタン標的と、理化学研究所仁科加速器科学研究センターRIビームファクトリー、大阪大学核物理研究センターという2つの加速器施設を駆使して展開されました。
研究成果は、米国物理学会誌Physical Review Lettersに、2024年7月4日(日本時間)にオンライン公開されました。
研究の背景
「中性子のみを集めた原子核(多中性子系)は安定に存在できるのか」という問いは原子核物理学の研究者の興味を惹きつけてきました。多中性子系を探索しその性質を明らかにすることは、新しい物質を求める知的好奇心を刺激するとともに、星の進化や元素合成の過程を理解する鍵となる中性子星の成り立ちを解明する上で重要です。
身の回りにある天然の原子核は、水素原子核(単一の陽子)を除いて、概ね同数の中性子と陽子が互いに束縛して形成されています。それらを束ねるのは強い力を起源とする核力と呼ばれる相互作用であり、粒子間距離が数フェムトメートルの領域で強い引力を与えています。それに加えて、電気的な相互作用であるクーロン力が作用することで、同じ電荷を持つ陽子間には斥力が生じます。一般の原子核では、核力に依る引力がクーロン斥力に打ち勝って、安定した束縛状態を形成しています。
では中性子のみから成る系の場合はどうなるでしょうか。この場合には、電荷を持たない中性子間にクーロン斥力が作用しないので、単純に考えると安定化しやすいように思われます。しかし実際には、(1)中性子同士の間の引力が、中性子‐陽子間の引力よりも弱いこと、(2)パウリの排他原理により同種粒子系はエネルギーが高くなることが主要因となって、多中性子系は束縛状態を形成するかしないかの境界領域にあることがこれまでの研究から指摘されています。こうした、いわば弱束縛の領域にある量子系の取り扱いは理論的に難しく、実験と理論の双方から解明する努力が続けられています。
二中性子系と四中性子系については先行実験があり、それらが束縛する寸前のエネルギー領域に構造が発現することが明らかとなっています(図2上下段参照)。さらに、一般に多中性子系がどのような系統性、物理法則に従うのかが大きな注目を集めているところであり、これから明らかにしてゆく段階に入ってきました。
今回の取り組み
二中性子系、四中性子系の状況が徐々に明らかになっている一方で、その間にある三中性子系については研究が進まずに空白地帯となっていました。三中性子系は、奇数の粒子数を持つ最も基本的な多中性子系であり、その素性を明らかにすることが待ち望まれていました。本研究では、この重要な三中性子系の観測を実現するとともに、中性子と陽子を入れ替えたパートナーである三陽子系の観測も実施し、多粒子系の出発点ともいえる粒子数3の系の安定性について徹底検証を実施しました。
三中性子系については、世界で初めてほぼ無反跳条件下での生成をおこない、弱束縛の系の観測に最適な条件を実現しました。具体的には、トリチウム原子
核同士を光の約50%の速度で衝突させ、互いに電荷を1単位だけ入れ替える反応を利用しました(図1左)。この測定は、三中性子系の探索をする上で理想的な方法でしたが、実現するためには、大強度高エネルギーのトリチウム原子核ビームと、高密度のトリチウム標的の双方が必要であり、これまでは実現しなかったものです。本研究グループでは、富山大学水素同位体科学研究センターで世界最高厚のトリチウム吸蔵チタン標的を新たに開発し、この標的に理化学研究所仁科加速器科学研究センターRIビームファクトリー施設でトリチウム原子核ビームを照射することで三中性子系生成反応を実際に発生させました。さらに東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センターが運用する高分解能磁気分析装置SHARAQを用いることでその観測を実現しました。
本研究で得られた三中性子系のエネルギースペクトルを図2の中段に示しました。上段の二中性子系、下段の四中性子系ではピーク構造が観測されていたのに対して、この三中性子系にはピーク構造が出現しないという大きな違いがあることが判明しました。これは、三中性子系が二中性子系、四中性子系と比較して不安定であることを明らかにするものです。これにより多中性子系は、粒子数の偶奇によって安定性に違いがあるという独特の性質を有することが示唆されています。
さらに、中性子と陽子とを入れ替えた反応を用いて三陽子系を観測する実験も、大阪大学核物理研究センターで展開しました。-264℃まで冷却したヘリウム3ガス標的に、加速器からのヘリウム3ビームを照射し、互いに電荷を1単位入れ替えることで、三陽子系を生成しました(図1右)。この三陽子系のエネルギースペクトルと三中性子系の結果を重ねて描いたものを図3に示します。三陽子系の方が高いエネルギー領域に分布が存在していることが見て取れ、これはクーロン斥力が作用することで不安定になったためと解釈されます。その一方で、両者のスペクトルの概形はとても良く似ており、ここから三中性子系と三陽子系の構造が類似していることも新たに示唆されました。元々、中性子間、陽子間のそれぞれに作用する核力の強さは荷電対称性と呼ばれる対称性の下にほぼ同一であることは知られていましたが、三陽子系にはさらにクーロン斥力という擾乱が追加されているにも関わらず、三中性子系とここまで類似した構造が見られるというのは研究者間でも驚きを持って受け止められている状況です。
これらの一連の結果は、東北大学大学院理学研究科の大学院生の修士学位論文の研究成果です。三陽子系の研究は酒井大輔(令和2年修士号)、トリチウム標的の開発は宇津城雄大(同3年)、三中性子系の研究は亀谷晃毅(同5年)、浦山廉(同6年)が中核となって推進しました。標的開発の詳細については、昨年度出版した論文(Nucl. Inst. Meth. A 1056 (2023) 16858)をご覧ください。
図1. 本研究で観測した原子核反応の概念図。3Hがトリチウム原子核、3Heがヘリウム3原子核を示す。左図、右図の測定をそれぞれ理化学研究所仁科加速器科学研究センターRIビームファクトリー、大阪大学核物理研究センターで実現した。
図2. 本研究で得られた三中性子系のエネルギースペクトルと、二中性子系・四中性子系の結果との比較。三中性子系にはピークが出現しなかったことから、系が不安定であることが明らかとなりました。
図3. 本研究で得られた三中性子系と三陽子系のエネルギースペクトルの比較。三陽子系では強いクーロン斥力が存在するため、三中性子系と比べて観測された分布がエネルギーの高い側に位置していることが確認されました。その一方で、スペクトルの概形はとても良く似ていることもわかりました。
今後の展開
この研究で、まずは同種三核子系が不安定であるという定性的な振る舞いを明らかにすることができました。今後さらに研究の精度を向上させてゆくことで、その中で作用する新しい種類の核力の解明にもつながります。特に、同種三核子間に作用する核力は、まだ解明が始められた段階にあり、今回の実験で得られた同種三核子系のエネルギースペクトルは、その基礎を与えるものとして重要です。こうした研究は、宇宙に多数存在することが明らかとなっている中性子星の構造を明らかにすることにもつながり、星の進化や元素の合成の過程を解明する上でも重要な意味を持ちます。
今回は三核子系のみに着目して研究を推進しましたが、こうした一連の研究が契機となり、さらに同種核子系の物理学を探究する機運が高まっています。本研究グループでは、粒子数6までの多中性子系を生成する新しいプロジェクトも推進し始めています。
特記事項
【論文情報】
タイトル:Precise spectroscopy of the 3n and 3p systems via the 3H(t,3He)3n and 3He(3He,t)3p reactions at intermediate energies
著者: K. Miki1,2*, K. Kameya1,2, D. Sakai1,2, R. Urayama1,2, N. Imai3, S. Ishikawa4, S. Michimasa3, S. Ota3, M. Sasano2, H. Takeda2, T. Uesaka2, H. Haba2, M. Hara5, Y. Hatano5, T. Hayamizu2, N. Kobayashi6, A. Tamii2, S. Adachi7, T. Chillery3, M. Dozono2,8, Y. Fujikawa8, H. Fujita6, N. Fukuda2, T. Furuno6, J. Gao9, S. Goto10, S. Hanai3, S. Hayakawa3, Y. Hijikata2,8, K. Himi7, Y. Hirai10, J. W. Hwang11, M. Ichimura2, D. Inomoto10, M. Inoue1,2, H. Kasahara10, T. Kawabata2,7, K. Kishimoto2,10, S. Kitayama1,2, K. Kusaka2, J. Li3, Y. Maeda2,12, Y. Maruta1,2, T. Matsui1,2, T. Matsuzaki2, S. Nakai1,2, H. Nishibata2,10, M. Otake2, Y. Saito1,2, H. Sakai2, A. Sakaue3, H. Sato2, K. Sekiguchi1,2, Y. Shimizu2, S. Shimoura3, L. Stuhl2,11, T. Sumikama2, H. Suzuki2, R. Tsuji2,8, S. Tsuji7, H. Umetsu1, Y. Utsuki1,2, T. Wakasa10, A. Watanabe1,2, K. Yako3, Y. Yanagisawa2, N. Yokota2,10, C. Yonemura2,10, K. Yoshida2, M. Yoshimoto2
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 准教授 三木 謙二郎
1. 東北大学大学院理学研究科
2. 理化学研究所仁科加速器科学研究センター
3. 東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター
4. 法政大学自然科学センター
5. 富山大学水素同位体科学研究センター
6. 大阪大学核物理研究センター
7. 大阪大学大学院理学研究科
8. 京都大学大学院理学研究科
9. 北京大学物理学研究科
10. 九州大学大学院理学研究院・理学府
11. 韓国基礎科学研究院(IBS) 希少原子核研究センター(CENS)
12. 宮崎大学工学教育研究部
掲載誌:Physical Review Letters
DOI:10.1103/PhysRevLett.133.012501
URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.133.012501
本研究は以下の科学研究費補助金による助成の下に進めてまいりました。
若手研究(A)「三重水素標的の開発と三中性子状態の探索」(JSPS KAKENHI Grant Number JP17H04833)
基盤研究(B)「三重水素標的と大強度三重水素ビームによる中性子多体系の探究」(JSPS KAKENHI Grants Number JP20H01924)
また、富山大学水素同位体科学研究センター一般共同研究(課題番号: HRC2019-04, HRC2020-08), 韓国基礎科学研究院(課題番号: IBS-R031-D1, IBS-R031-Y2)の支援により実施されました。
用語説明
- 4種類の力
力の根源を極微の素粒子の世界まで辿ってゆくと、重力、電磁力、弱い力、強い力の4種類に分類できることが知られています。重力、電磁力は日常的に身の回りで感じられる一方で、強い力、弱い力は原子核のスケール以下のミクロな距離でのみ作用します。強い力は文字通りこれら4種類の力の中で最も強く、この力が中性子、陽子を束ねることで原子核は存在しています。太陽やその他の星の輝きの大部分は、この強い力のエネルギーが解放されたものが光となって我々のところにまで届いているものです。
- フェムトメートル
長さを表す単位で、1フェムトメートルは1×10-15 メートル、つまり1兆分の1mmを表します。フェムト(f) は10-15を表す接頭辞です。
- パウリの排他原理
中性子や陽子はフェルミ粒子と呼ばれる種類に分類されます。フェルミ粒子は、1つの場所(量子軌道)に1個の粒子しか入れないことが知られています。これをパウリの排他原理と呼びます。同種の粒子が多数存在する場合には、エネルギー準位の低い準位だけに粒子を詰め込むことはできずに、順番に高い軌道を埋めてゆく必要があって、系全体のエネルギーが高まります。