放射性セシウムの低線量内部被ばくによる DNA、発がん率への影響を検証

放射性セシウムの低線量内部被ばくによる DNA、発がん率への影響を検証

25世代にわたるマウス実験で証明

2024-10-24生命科学・医学系
核物理研究センター特任教授中島裕夫

研究成果のポイント

  • 放射性セシウムを低い線量で被ばくした際のDNA、発がん率への影響を、次世代での自然突然変異率がヒトとほぼ同じマウスを用いて17年間、25世代にわたる実験で解明。
  • セシウム摂取群と非摂取群のマウスに分けて実験したところ、25世代後の約25億のDNA塩基対当たりの変異数はセシウム摂取群と非摂取群の間で統計学的に差がなかった。また、発がん率も2群間で有意な差はなかった。
  • 原発事故等による放射性セシウムの低線量内部被ばくによる発がん性や子孫への遺伝性影響が懸念されているが、少なくとも、世界基準(CODEX)や日本国が設定している食品や水の基準値以下であれば、摂取による内部被ばく影響の心配がほとんどないことを解明。

概要

大阪大学核物理研究センターの中島裕夫特任教授(放射線科学基盤機構 招へい教授)らの研究グループは、17年間、25世代分のマウス実験により、低線量の被ばくがDNA塩基配列、発がん率に有意な影響をもたらさないことを解明しました。

放射線被ばくは、低線量であっても何らかの健康影響をもたらすかもしれないと憂慮される傾向にあります。これまで、低線量放射線の影響は、検出が困難であり実験のサンプル数が膨大になること、ネガティブデータであった場合は信頼性に欠けるため発表が困難であることなどからほとんど研究されてきませんでした。

セシウム摂取群、非摂取群の2群に分け追跡したマウス実験の結果、25世代後の約25億のDNA塩基対当たりの変異数は、2群間で統計学的に差がありませんでした。また、発がん率についても2群間に有意な差は認められませんでした。

これは、原発事故等による放射性セシウムの低線量内部被ばくによる発がん性や子孫への遺伝性影響について、少なくとも、世界基準(CODEX)や日本国が設定している食品や水の基準値以下であれば、摂取による内部被ばく影響の心配がほとんどないことを示しています。

本研究成果は、英国科学誌「International journal of radiation biology」に、9月20日(金)(日本時間)にオンライン公開されました。

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図. 1つがいから生まれた仔マウスを2群(実験された放射性セシウム水を飲む群と飲まない群)に分け、その影響を25世代分調査した。

研究の背景

高い線量の放射線被ばくによって、臓器障害や発がんなどの人体影響が発生することはよく知られています。また、低線量被ばくにおいても同様なことが起こる可能性があるとして憂慮されています。実際、チョルノービリ原発事故や福島第一原発事故後の低線量放射線被ばくも何らかの影響をもたらすのではないかと憂慮され、大きな社会問題となっていました。

研究の内容

研究グループでは、放射線セシウムの摂取が後世への遺伝も含め体にどのような影響を及ぼすのかについて、マウスを用いた実験を行いました。マウスを2群(放射性セシウムを含む飲料水を飲んでいる/飲んでいない)に分けてそれぞれ17年間、25世代にわたり世代交代させ、体の設計図であるDNAの塩基配列にどれくらいの影響の差が出るか調べました。また、放射性セシウムを含む飲料水を飲んでいるマウス群においては、自然発がんや、発がん物質に対する発がん性がどのように異なるのかについて調べました。マウスに与えた飲料水の放射性セシウム(セシウム137)の濃度は、国際基準(CODEX:1,000Bq/kg)の100倍、日本基準(10Bq/kg)の10,000倍(100,000Bq/kg)です。

その結果、25世代後の約25億のDNA塩基対当たりの変異数は、セシウム137群と対照群の間で統計学的に差がない結果でした。徳川将軍15世代が約260年であることを考えると、ヒトでは、セシウム137水を飲みながら約450年の世代交代をしたことに値します。

また、発がん率についても2群間では差がない結果となりました。逆に、セシウム137群では腫瘍の増殖抑制効果が確認されました。(ただ、ヒトとマウスの発がんについては、種の違いもあることから簡単にヒトへの外装はできないと考えられるので、これからの研究が待たれるところです)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

原爆被爆者の子どもや、放射線治療を受けた小児がん患者、チョルノービリ除染作業者の子どもなど、放射線被ばくの影響があると考えられる子どもについて、その親からの放射線被ばくの影響は認められていません。しかし、高線量によるマウス実験では世代間の影響が認められていることもあり、同じ哺乳類であるヒトでも影響がありうることを否定できないという考え方があります。これに対し、今回の研究成果は、そのマウスですら次世代に影響が出ない放射線被ばくの線量があることを示したものです。セシウム137の飲料水の日本の基準値が、マウス実験においてもDNAへの影響が出ない線量の10000分の1であることも考えると、この実験結果は、現在の規制値以下であれば被ばくの影響を心配する必要はないという根拠の一つになりうるものです。

特記事項

本研究成果は、2024年9月20日(金)(日本時間)に英国科学誌「International journal of radiation biology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Effects of generational low dose-rate 137Cs internal exposure in descendant mice”
著者名:Hiroo Nakajimaa, Mizuki Ohno, Kazuko Uno, Satoru Endo, Masatoshi Suzuki, Hiroshi Toki and Tadashi Saito
DOI:https://doi.org/10.1080/09553002.2024.2400521

なお、本研究の一部は環境省委託事業「放射線健康管理・健康不安対策事業(放射線の健康影響に係る研究調査事業)」、ならびに科学研究費助成事業(科研費)の研究の一環として行われました。

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