世界最高効率で麦芽糖の水素化反応に成功!!

世界最高効率で麦芽糖の水素化反応に成功!!

安定で高活性、再使用可能な革新的合金ナノ粒子触媒を開発

2021-4-22工学系
基礎工学研究科助教山口渉

研究成果のポイント

  • 麦芽糖の水素化反応に対して高い活性を示す非貴金属合金ナノ粒子触媒の開発に成功。
  • 従来の工業的なマルトースの水素化反応では、大気中で自然発火性があるため、取り扱いが難しく、容易に失活するという問題があったが、常温下(25℃)において麦芽糖の水素化反応を世界で初めて実現。
  • 触媒は空気中で安定であり、繰り返し再使用が可能。
  • 食品添加物や甘味料等に用いる還元麦芽糖を、安全かつ低コスト・省エネルギーで作り出す、高効率かつ環境に優しい次世代型触媒プロセスの開発に期待。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の山口渉助教らは、麦芽糖(マルトース)から還元麦芽糖(マルチトール)への水素化反応において極めて高い活性を示す非貴金属合金ナノ粒子触媒を開発しました。この触媒は、大気中安定で発火性がなく、従来触媒の活性を凌駕する高い触媒性能を有することを明らかにしました。例えば、常温下(25℃)という極めて温和な反応条件下でも反応が進行します。また、反応後の触媒は再使用可能であることも明らかにしました。

食品添加物や甘味料として使われるマルチトールは、同じ糖アルコールであるソルビトールに次ぐ需要を持つ高付加価値の機能性化学品です。マルトースの水素化反応は、マルチトールを合成する最も重要な反応です(図1)。従来の工業的なマルトースの水素化反応では、主にスポンジニッケル(ラネーニッケル)が触媒として用いられていますが、大気中で自然発火性があるため、取り扱いが難しく、容易に失活するという問題を抱えています。また、この触媒は活性が低いため、数十~数百気圧の高圧水素ガス下、高温の厳しい反応条件下で行う必要があります。したがって、発火性がなく、取り扱い容易で、さらに高活性な非貴金属触媒反応系の開発が求められていました。

今回、山口渉助教らの研究グループは、安価で入手容易な非貴金属であるニッケル、およびリンを合金化したナノ粒子(nano-Ni2P)を合成し、さらにnano-Ni2Pを無機物であるハイドロタルサイト(HT: Mg6Al2(OH)16CO3·4H2O)に担持した触媒(nano-Ni2P/HT)(図2)を開発しました。この触媒は大気中において安定で、温和な反応条件下でマルトースの水素化反応に高活性を示すことを見出しました。例えば、世界で初めて、常温下(25℃)においてマルトースの水素化反応が進行します。また、貴金属であるルテニウム触媒に匹敵する触媒性能を持つことがわかりました。さらに、本触媒は実用的な観点から重要である高濃度のマルトース溶液(>70 wt%)にも適用できる上、反応溶液から容易に分離ができ、回収した触媒を再びマルトースの水素化反応に用いても触媒活性の低下は見られず、高活性を維持したまま繰り返し 使用可能です。

このように、nano-Ni2P/HTは従来の触媒とは大きく異なり、大気中において安定であり、従来のマルチトール製造法で用いられる触媒に比べて極めて高い触媒活性を示し、さらに温和な条件下で反応を促進します。また、固体触媒であるため触媒の回収・再使用が簡単に行えるという利点があります。これらのことから、より安全、省エネかつ低コストでマルチトール生産を可能とする、環境に優しい次世代型触媒プロセスの構築が期待されます。本研究成果は、米国化学会誌「ACS Sustainable Chemistry & Engineering」(オンライン)に、4月21日(水)3時(日本時間)に公開されました。

20210422_2_fig1.png

図1. 麦芽糖から還元麦芽糖への水素化反応

20210422_2_fig2.png

図2. 開発したハイドロタルサイト固定化合金ナノ粒子触媒
(a)電子顕微鏡画像と(b)-(e)元素マッピング像

研究の背景

マルトースの水素化により得られるマルチトールは、食品添加物や甘味料等として利用される高付加価値の機能性化学品です。現行のマルチトール製造法では、一般にニッケルとアルミとの合金を作り、そのアルミだけを塩基により溶かすことで、ニッケルをスポンジ状にして高表面積化した、スポンジニッケルが触媒として用いられています。しかし、この触媒は、大気中で自然発火性があるため取り扱いが難しい上、活性が低いという問題を抱えています。近年では、より高活性な貴金属触媒であるルテニウム触媒も用いられていますが、ルテニウムは高価で希少な金属です。したがって、温和な条件下でマルトース水素化反応を促進する、安定で高活性な環境調和性の高い非貴金属触媒系の開発が求められていました。

研究の内容

本研究グループでは、ニッケルとリンを合金化した合金ナノ粒子を無機物であるハイドロタルサイトに担持したnano-Ni2P/HTを開発し、この触媒が温和な条件下でマルトースを高選択的にマルチトールへと還元できることを見出しました。また、世界で初めて、常温下(25℃)において実施することにも成功しました。さらに、開発した触媒は高濃度のマルトース溶液(>70 wt%)にも適用可能な上、反応液からのろ過により簡単に分離ができ、回収した触媒を再びマルトースの還元反応に用いても触媒の活性低下は見られず、繰り返し使用可能であることから、実用的な観点からも非常に有用性の高い触媒です。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

現行のマルチトール製造で用いられる非貴金属触媒(ニッケルやコバルトなど)は、発火性があるため取り扱いが難しく、活性が低いことから高温・高水素圧を必要とします。一方、今回開発したリン化ニッケルナノ粒子触媒は空気中で安定に取り扱うことができ、温和な条件下でマルトース水素化反応が効率的に促進されます。さらに、この触媒を応用することで、現行の実用水素化反応を代替する、安全かつ環境に優しい次世代型触媒プロセスの開発の提案につながると期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国化学会誌「ACS Sustainable Chemistry & Engineering」(オンライン)に、4月21日(水)3時(日本時間)に公開されました。

タイトル:“Support-Boosted Nickel Phosphide Nanoalloy Catalysis in the Selective Hydrogenation of Maltose to Maltitol”
著者名:Sho Yamaguchi, Suh Fujita, Kiyotaka Nakajima, Seiji Yamazoe, Jun Yamasaki, Tomoo Mizugaki, Takato Mitsudome

なお、本研究の一部は、大阪大学大学院基礎工学研究科未来研究ラボシステム(個人研究:山口渉)の支援の元に行われました。

参考URL

大阪大学大学院 基礎工学研究科 化学工学領域 触媒設計グループ(水垣研究室)URL
http://www.cheng.es.osaka-u.ac.jp/Mizugaki/home.html

SDGs目標

sdgs_7_9_13_15.png


用語説明

合金ナノ粒子触媒

化学マグネシウムとアルミニウムの複合酸化物であるハイドロタルサイトという無機物の上に、ニッケルとリンから構成される直径約5ナノメートルの球状ナノ粒子を担持したリン化ニッケル合金ナノ粒子触媒を合成することに成功しました。このナノ粒子触媒が、マルトースからマルチトールへの水素化反応を非常に効率よく促進させます。

固体触媒

化学反応を進行させる触媒は、溶液に溶け込む均一系触媒と溶け込まない不均一系触媒(=固体触媒)に大別できます。固体触媒は、粉末であるため反応溶液からろ過により簡単に取り除くことができる他、再使用ができるなどの多くの実用的な利点があります。