原子1つの沈殿を調べる!
超重元素ラザホージウムの共沈挙動の実験的観測
研究成果のポイント
- 1原子でしか扱うことができない原子番号の大きな新元素、超重元素のひとつ104番元素ラザホージウム(Rf)に対して沈殿(水酸化物)に関する性質を調べることに成功
- 超重元素化学研究は、加速器を用いたオンライン化学実験の実現が非常に難しく、これまで吸着や抽出といった手法に限られてきたが、今回水酸化サマリウム共沈法を適用することで水酸化物沈殿に関する性質(水酸化物錯体やアンミン錯体)を解明
- 本手法を様々な超重元素、化学反応系に適用することで超重元素の化学的性質と重元素に強く働く相対論効果の理解が深まり、周期表上の全ての元素のより完全な理解の一助となる
概要
大阪大学大学院理学研究科化学専攻の笠松良崇講師、篠原厚教授と理化学研究所仁科加速器科学研究センター核化学研究チームの羽場宏光チームリーダーらをはじめとする大阪大学、理化学研究所、東北大学、京都大学の共同研究グループは、原子番号の大きな新元素、超重元素のひとつである104番元素ラザホージウム(Rf)の単一化学研究において、世界で初めて沈殿に関する性質を調べることに成功しました(図1)。この研究は、中学校や高校の化学実験において実施する「アルミニウムの水溶液に塩基性溶液を加えて水酸化物沈殿を生成し、さらに加えるともう一度溶解する」という基礎的な化学実験を、人類にとって新しい元素に対して調べることに成功したといえる内容です。一方で、原子1つでは通常沈殿自体を形成することができないにも関わらず、共沈手法を用いることでその沈殿の性質の解明に取り組む挑戦的な研究であり、「沈殿とは一体どのような化学現象なのか?原子数に関係しない元素固有の性質なのか?」といった非常に基本的な問いを含んだ興味深い課題といえます。
超重元素は加速器を利用した核反応にて低確率でしか合成できない上に短寿命のため、1原子状態でしか扱うことができず、さらに実験を行うためには加速器オンラインの実験装置が必要なため、これまで化学研究手法が吸着や固液・液系抽出など2相関の分配比を観測する方法に限定されてきました。そのため、非常に限られた性質しか調べられておらず、その性質は大部分が未解明のままです。
今回、本研究グループは、水酸化サマリウム共沈実験法を開発し、大強度重イオン加速器を擁する理化学研究所RIビームファクトリーにて、261Rfを製造し、共沈実験を実施しました(図2)。その結果、Rfの水酸化サマリウム共沈挙動を実験的に観測することに成功し、同族元素と同様に水酸化物沈殿を形成し、アンミン錯体の錯イオンは形成しにくい傾向を観測しました。さらに、より濃い水酸化物イオン濃度では同族元素とは異なり、擬同族元素であるアクチノイドのThに近い性質を持つという興味深い挙動を明らかにしました。このような研究を進めることにより、相対論効果が強く働く超重元素に特徴的な化学的性質の解明、さらには全ての元素のより完璧な理解が期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Chemistry」に、2月16日(火)午前1時(日本時間)に公開されました。
図1 本研究の概念図
図2 Rfの加速器オンライン共沈実験の概要図
研究の背景
2021年2月現在、人類は原子番号1番から118番までの118種の元素を発見し、その存在を知るに至っています。理化学研究所の森田浩介超重元素研究開発部長が率いる研究グループによって合成された113番元素「ニホニウム(Nh)」が2016年に新元素として認められたことは記憶に新しいと思います。本研究の責任著者である大阪大学の笠松講師、共著者の理化学研究所の羽場チームリーダー、森田部長らは、二ホニウム発見グループの一員です。本研究は、このような原子番号の大きな新しい元素の「化学的性質」を調べる研究であり、今回は104番元素、Rf(ラザホージウム)の共沈実験に成功しました。
超重元素では軽い元素では影響が小さかった相対論効果の影響が大きくなることで同族元素の周期性から逸脱した化学的性質を示す可能性があり、その理解は非常に重要であり、興味深いといえます。しかし、超重元素は、重イオン核融合反応によって非常に低い確率でしか合成できず、その半減期(寿命)も約1分以下と短いため、一度の化学実験にわずか1原子しか扱うことができません(単一原子化学)。さらに加速器オンライン化学実験の環境の構築が必要で、長時間迅速な化学操作を繰り返す自動化学分析装置の開発も必要なため、化学研究を実施するためにはハードルが高く、超重元素の化学的性質はほとんど分かっていません。これまで固体表面への吸着や固液・液液抽出を行うための化学分析装置の開発と実験が行われてきました。
本研究グループは、水酸化サマリウム共沈挙動からさまざまな元素の水酸化物錯体、アンミン錯体の性質を調べ、さらに高分解能のアルファ線測定(超重元素の分析法)にも適用できる手法を開発し、これを単一原子状態の超重元素、Rfに初めて適用し、その性質を調べることに成功しました。Rfの合成は、理化学研究所RIビームファクトリーの大強度重イオン加速器(AVFサイクロトロン)を利用しました。その結果、Rfは塩基性溶液中で高い共沈収率を示し、水酸化物沈殿を形成する性質を持つことが分かりました。また、水酸化物イオン濃度が高い条件下では、同族元素であるZrやHfは収率が低下するのに対してRfは低下せず、擬同族元素であるThと同様の化学挙動を示すことがわかりました。これは、Rfのイオン半径が同族元素よりも大きくなっていることが原因と考えられ、そこには相対論効果の影響が考えられます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により確立された新しい溶液化学実験手法、自動迅速化学分析装置は、他の超重元素や様々な化学反応系への適用が期待できます。これまでの抽出実験に加えてより広範な錯体の形成挙動を次々と解き明かすことで、その元素の化学的性質をより詳細に知ることができ、相対論効果の理解も深めることができると期待できます。軽い元素にも小さいながらも作用する相対論効果の理解が進むことは、周期表上のあらゆる元素の本質的理解につながります。ひとつの物質、そこに含まれる元素の新しい性質の発見が大きく社会を変えることも多い現代の物質社会において、すべての元素のより完全な理解は非常に重要な課題といえます。
特記事項
本研究成果は、2021年2月16日(火)午前1時(日本時間)に英国科学誌「Nature Chemistry」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Co-precipitation behaviour of single atoms of rutherfordium in basic solutions”
著者名:Yoshitaka Kasamatsu, Keigo Toyomura, Hiromitsu Haba, Takuya Yokokita, Yudai Shigekawa, Aiko Kino, Yuki Yasuda, Yukiko Komori, Jumpei Kanaya, Minghui Huang, Masashi Murakami, Hidetoshi Kikunaga, Eisuke Watanabe, Takashi Yoshimura, Kosuke Morita, Toshiaki Mitsugashira, Koichi Takamiya, Tsutomu Ohtsuki, and Atsushi Shinohara
DOI:10.1038/s41557-020-00634-6
なお、本研究は、JSPS日本学術振興会の助成(課題番号24655050、16K05815)を受けて行われました。
参考URL
笠松良崇講師 研究者総覧URL
http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/view?l=ja&u=1631&k=%E7%AC%A0%E6%9D%BE&kc=1&sm=keyword&sl=ja&sp=1
SDGs目標
用語説明
- 超重元素
原子番号が大きな元素を重元素と呼びます。中でもアクチノイド系列の元素よりも重い、原子番号が104番(Rf:ラザホージウム)以降の元素を超重元素と呼ぶことが多いです。超重元素は、人類にとって新しい元素で、その性質はほとんど解明されていません。
- 加速器を用いたオンライン化学実験
原子核反応によって低生成率でしか生成されない短寿命の原子(イオン)を素早く化学分析、放射能測定するために、加速器室(照射中は中に人が入れない)と化学実験室を細管でつなぎ、生成物を合成しながらジェット気流により化学室まで迅速搬送し続け、さらに化学室では迅速化学実験・測定を実施し続けます。このような実験法を加速器オンライン実験と呼びます。(図2参照)
- 水酸化サマリウム共沈法
対象元素自身の原子数が少なく、沈殿を形成できない量であるときに数十μgのサマリウムと混合し、塩基性溶液にして水酸化サマリウム沈殿と共沈させる実験手法。多くの元素に対して、その元素が水酸化物沈殿を形成する条件下ではサマリウムと共沈し、溶解する条件下では共沈しないことが観測されています。非常に薄く均一な沈殿試料となるため、アルファ線測定でも精密に分析することができます。
- 相対論効果
超重元素のような重い原子では、中心にある原子核の正電荷が大きくなり、負電荷をもつ電子との相互作用が非常に大きくなります。すると原子核の近くにあるs電子やp電子(内殻電子)の速度は光速に近づき、相対論効果によって電子の質量が増大しその結果軌道半径が収縮します。一方、d電子やf電子(外殻電子)の軌道半径は、内殻軌道の収縮により原子核の正電荷が遮蔽され、反対に大きくなります。軽い元素でも相対論効果は見られますが、原子番号が大きい元素ほどこの効果は顕著に現れます。このように化学結合に関与する原子価電子の軌道が大きく変化し、超重元素は他の同族の元素とは異なる化学的性質を示すことがあります。
- 理化学研究所RIビームファクトリー
理化学研究所のRIビームファクトリーには、世界最先端の重イオン加速器や原子(イオン)分離・分析装置が設置されおり、色々な科学研究が国際的に推進されています。