宇宙線電子加速の「はじめの一歩」

宇宙線電子加速の「はじめの一歩」

2020-2-17

研究成果のポイント

・高エネルギー宇宙線 電子の加速において最大の難関であった「種」となる粒子の生成(「はじめの一歩」)のメカニズムを明らかにしました。
・人工衛星が観測した地球近傍の衝撃波 のデータを用いて、新たに提唱した理論モデルの正しさを実証しました。これを超新星残骸衝撃波 に適用することで、宇宙線電子加速の「はじめの一歩」の問題を解決することができます。
・この知見を用いることで、将来的には宇宙線加速の全体像の理解が進展することが期待されます。

概要

宇宙空間から絶えず地球に降り注ぐ超高エネルギーの荷電粒子(宇宙線)の起源は宇宙物理学における長年の謎になっており、これまでにも宇宙線の加速メカニズムに関するさまざまな研究が続けられてきました。特に宇宙線の電子に関しては、初期に光の速さと同程度の速度を持った宇宙線の「種」となる電子を加速するメカニズムは知られていましたが、そのような「種」を作るメカニズムは知られていませんでした。すなわち、宇宙線加速の言わば「はじめの一歩」が、最初にして最大の難関であったのです。

東京大学大学院理学系研究科の天野孝伸准教授らのグループは、NASAのMMS(Magnetospheric Multiscale)衛星 の観測データを用いることで、この問題の解決に大きく迫ることに成功しました (図1参照) 。本研究グループは最近新たな理論モデルを提唱していましたが、このモデルがMMS衛星が観測した地球近傍の衝撃波の観測事実を矛盾なく説明できることが示されました。さらに、このモデルを遠く超新星残骸衝撃波に適用することによって、宇宙線加速の「はじめの一歩」の問題を理論的に説明できることが分かりました。この知見を用いることで、将来的には電子のみならず陽子(水素の原子核)も含めた宇宙線加速の全体像の理解が進展することが期待されます。

図1 本研究の概念図。
本研究では地球からの距離が数万kmの距離にほぼ定常に存在する衝撃波の人工衛星による観測データを解析しました。一方でこの結果もとにすることで、数千光年離れた超新星残骸衝撃波での宇宙線電子加速の「はじめの一歩」が、理論的に説明できることが分かりました。

研究の内容

宇宙空間には宇宙線と呼ばれる超高エネルギーの荷電粒子で満ちあふれており、絶えず地球に降り注いでいます。地球近傍において観測される宇宙線はその大部分が陽子(水素の原子核)ですが、一部にヘリウムやより重い元素、さらには質量の軽い電子も含まれています。宇宙線は非常に幅広いエネルギー帯に渡って存在しますが、その中でも比較的低エネルギーの成分は銀河宇宙線と呼ばれ、我々の銀河系内で起こる超新星爆発によって生じる衝撃波(超新星残骸衝撃波)で作られていると考えられています。実際に、これまでにさまざまな波長の電磁波を用いた超新星残骸衝撃波の天文観測が行われてきており、宇宙線加速の証拠が得られています。宇宙線電子は陽子などの原子核よりも量は少ないものと考えられますが、観測から直接得られる情報の多くは電磁波の放射効率が良い宇宙線電子のものになっています。従って、観測の解釈を進め、宇宙線加速の全体像を理解するためには、宇宙線電子加速の理解が非常に重要となっています。

衝撃波における宇宙線加速のメカニズムとしては、フェルミ加速と呼ばれる標準モデルが存在します。このメカニズムは初期に光の速さと同程度の速度を持った宇宙線の「種」となる電子の加速を自然に説明することができます。では、その「種」は一体どのように作られるのか、またその量はどれくらいなのか、この問題は1970年代後半に標準モデルが提唱されて以降、約40年間の長きに渡って謎とされてきました。これが本研究が対象とした宇宙線電子加速の「はじめの一歩」の問題です。これまでにも数多くの研究者がこの問題に対する答えを探してきましたが、これまで考えられてきた解決策にはいずれも観測的な裏付けがなく、諸説紛々とした状態にありました。

実は、地球近傍で観測される衝撃波では、この「はじめの一歩」が起こっていないことが知られています。地球近傍の衝撃波は人工衛星が直接その場で電子・陽子などの荷電粒子や電磁場を直接測定することができるため、遠い天体から発せられる電磁波を用いる天文観測よりも遥かに多くの情報を得ることができます。しかしながら、地球近傍の衝撃波では通常は宇宙線のような光の速さと同程度の速度を持つ電子は観測されません。これは「はじめの一歩」が起こっていないということを意味しています。すなわち、地球近傍の衝撃波と、宇宙線を加速している遠い天体の衝撃波の観測結果は一見すると矛盾しているように見えていたのです。

東京大学大学院理学系研究科の天野孝伸准教授らのグループは、NASAのMMS衛星によって観測された地球近傍の衝撃波のデータを解析することで、この問題の解決に大きく迫ることに成功しました。本研究グループは最近新たな電子加速の理論モデルを提唱していましたが、MMS衛星によって得られた観測データの詳細解析を行うことで、提唱した理論モデルが観測を非常によく説明することを明らかにしました。この新モデルは、これまで無視されてきた非常に短い時間スケールの(ミクロな)衝撃波の動力学を考慮したもので、これまでの衛星の100倍の時間分解能を持つMMS衛星によって初めてこれを検証することができました (図2参照) 。ここで観測された電子の速度は大きいものでも光の速さの30%程度で、これまでの観測結果と同様に「はじめの一歩」には不十分なものです。しかしながら、観測で実証されたこの新たな理論モデルを遠く超新星残骸衝撃波に適用した場合には、光の速さ程度まで電子を加速することができ、「はじめの一歩」を十分に説明しうることが明らかになりました。この違いは衝撃波の速度によるものです。地球近傍の衝撃波の速度は秒速数百kmであるのに対し、超新星残骸衝撃波は秒速数千kmと約10倍程度速くなっています。新しい理論モデルはこの衝撃波速度の違いによって、両者に「はじめの一歩」の有無が生じることを見事に説明しました。すなわち、本研究によって、地球近傍の衝撃波と超新星残骸衝撃波の両者の観測結果が統一的に理解できることが、世界で初めて観測による裏付けをもって示されたのです。

宇宙線電子の加速に関する知見は、天文観測を解釈し、最大限の情報を引き出すために有用です。本研究によって、最難関であった「はじめの一歩」のメカニズムが明らかになったことで、今後は宇宙線の「種」粒子の量、ひいては宇宙線の総量を見積もるための研究ができるようになります。超新星残骸衝撃波のような遠方の天体観測には多くの不定性がつきまといますが、理論的な制約条件が一つでも多く課されることで、より確実性の高い観測の解釈ができるようになり、宇宙線加速の全体像についての理解が大きく進展することが期待されます。

なお、本研究は天野孝伸准教授のほか、加藤拓馬博士課程大学院生、北村成寿特任研究員、星野真弘教授(以上,東京大学大学院理学系研究科)、松本洋介特任准教授(千葉大学大学院理学研究科)、齋藤義文教授(JAXA宇宙科学研究所)、横田勝一郎准教授(大阪大学大学院理学研究科)を含めた国際研究グループによる共同研究です。

本研究成果は2月14日付でPhysical Review Lettersに掲載されました。

図2 本研究で実証した新モデルの概念図。
マクロな衝撃波の構造で宇宙線電子の加速を考える標準モデルとは異なり、これまで無視されてきたミクロな衝撃波の内部構造を考えることによってエネルギーの低い電子の加速を説明することができるようになりました。

特記事項

雑誌名:Physical Review Letters
論文タイトル:Observational Evidence for Stochastic Shock Drift Acceleration of Electrons at the Earth’s Bow Shock
著者:T. Amano*, T. Katou, N. Kitamura, M. Oka, Y. Matsumoto, M. Hoshino, Y. Saito, S. Yokota, B. L. Giles, W. R. Paterson, C. T. Russell, O. Le Contel, R. E. Ergun, P.-A. Lindqvist, D. L. Turner, J. F. Fennell, J. B. Blake
DOI番号:10.1103/PhysRevLett.124.065101
アブストラクト URL: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.124.065101

参考URL

大阪大学 大学院理学研究科 宇宙地球科学専攻 寺田研究室
http://planet.ess.sci.osaka-u.ac.jp/index.html

用語説明

宇宙線

宇宙空間を飛び回る非常にエネルギーの高い荷電粒子のことを宇宙線と呼びます。10桁以上にも渡る幅広いエネルギー帯に渡って分布しており、その最高エネルギーは地球上の加速器で人工的に生成されるものよりも遥かに大きくなっています。宇宙線の中でも比較的低エネルギーの成分(1015.5eV以下)は我々の銀河で生成されたものと考えられており、銀河宇宙線と呼ばれています。宇宙線は陽子などの原子核および電子から構成されていますが、本研究で対象としたのは電子成分です。

地球近傍の衝撃波

音速よりも速い(超音速の)流れが障害物にぶつかることで、衝撃波と呼ばれる不連続面が生じます。太陽からは太陽風と呼ばれる超音速の風が吹き出しており、地球と太陽風がぶつかることによって地球の前面(太陽側)に衝撃波が常に形成されています。この衝撃波は通常は地球から数万km程度の距離にほぼ定常的に存在します。本研究では、この地球前面に定在する衝撃波を観測した結果を用いています。

超新星残骸衝撃波

ある程度以上の質量を持つ星は、その進化の最終段階において爆発することが知られており、これを超新星爆発と呼びます。爆発に伴って星の一部の物質が超音速で放出され、周囲の物質と相互作用することで、強い衝撃波が形成されます。これを超新星残骸衝撃波と呼びます。我々の銀河内の超新星爆発によって生じる衝撃波が銀河宇宙線の起源の最有力候補とされています。

MMS(Magnetospheric Multiscale)衛星

2015年3月に米国NASAが中心となって打ち上げた人工衛星で、地球近傍の宇宙空間でさまざまなエネルギーの荷電粒子(プラズマ)や電場、磁場などの観測をしています。MMS衛星プロジェクトは国際協力からなっており、日本からは低エネルギーイオン観測器が提供されています。