静かなオーロラが地球大気を深くまで電離させる

静かなオーロラが地球大気を深くまで電離させる

最先端の観測とシミュレーションで見えた宇宙と大気のつながり

2022-6-10自然科学系
理学研究科准教授横田 勝一郎

研究の背景

オーロラは、地球周辺の宇宙空間から大気へと降り込む電子が極域大気の原子や分子に衝突することによって大気が発光する現象です。オーロラを光らせているのは、主に、高度100 km付近まで到達する数keV程度のエネルギーを持った電子ですが、ときには、大気のより深くまで侵入できる数100keV以上の高いエネルギーを持つ電子が降り込んでくることがあります。そのような高いエネルギーを持った電子は、大気との衝突などを通してその組成を変化させ、成層圏オゾンの破壊の要因にもなると考えられています。したがって、高エネルギー電子がいつ、どのように降り込んでくるのかを明らかにすることは、地球大気が、宇宙との関わりを通してどのように影響を受けているのかを正しく知るための重要な手がかりとなるのです。

これまでの研究では、オーロラ爆発や、オーロラ爆発後に現れる脈動オーロラなどの活発なオーロラ活動が見られるときに、高エネルギー電子が大量に降り込むことが知られており(Kataoka et al., 2019, EPS[1]; Tanaka et al. 2019, JGR[2]; Miyoshi et al. 2021,SciRep[3])、それらが、大気の比較的低い高度(50~80 km)での主な電離源となっていると考えられてきました。一方で、オーロラ爆発が起こる前の静かなオーロラに伴う大気電離は、これまでほとんど注目されていませんでした。
[1] https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20190208.html
[2] https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20191202.html
[3] https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2021/07/post-10.html

研究の内容

2018年7月24-25日、南極昭和基地の大型大気レーダー「PANSYレーダー」(図1)の観測によって、オーロラ爆発の約十分前から、68kmという低高度で大気電離が起きていたことを発見しました。同時に、昭和基地から磁力線を辿った先の宇宙空間に位置していた、「あらせ」衛星によって高エネルギー電子の降り込みが観測されており、その観測データを用いて、電子が大気に入射した際の大気電離を放射線挙動解析コード「PHITS」で見積もりました(図3)。その結果は、「PANSYレーダー」による電離高度の観測だけでなく、昭和基地のリオメータによる電離強度の観測データとも整合的で、オーロラ爆発前に数100keVを超える電子が降り込んできたことを定量的に確かめられたといえます。

加えて、オーロラ爆発につながる磁気圏全体の変動を再現できるグローバルシミュレーション「REPPU」を用いて、観測では捉えきれなかった電子降下領域の広がりを推定した結果、東西方向に4000 km、経度にして120度程度まで広がりうることが分かりました。観測から推定される電離の継続時間も考慮すると、オーロラ爆発前の高エネルギー電子降下による大気電離の影響の大きさは、活発なオーロラ活動時の数十%程度になりうることを示唆しています。

このように、最先端のシミュレーションや南極の大型施設、人工衛星による最先端の観測を組み合わせて研究した結果、オーロラ爆発前にも、無視できない大気電離のインパクトがあることが明らかとなりました。

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図1. 南極昭和基地の大型大気レーダー「PANSYレーダー」のアンテナ群。

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図2. 世界時2018年7月25日0時5分前後のオーロラの様子(注:視野の左下は月明かり)。左は、低高度で大気電離が観測されていたオーロラ爆発2分前。右はオーロラ爆発時で、このとき低高度の大気電離は見られなかった。(提供:国立極地研究所・宮岡宏)2.

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図3. 「あらせ」衛星による降下電子のフラックスの観測結果(左)を入力とした、電離率の推定結果(右)。

今後の展開

高エネルギー電子による大気電離は、大気微量成分の変動を引き起こし、オゾン破壊を介した長期的な気候変動への影響も懸念されています。PANSYレーダーは、フルシステムでの運用が開始された2015年10月以降、年中昼夜問わず連続観測が行われてきており、現在は、その長期間のデータを用いて、オーロラ爆発前の電離についての統計的な研究も進めています。

宇宙からの大気への影響は、電子だけでなく、太陽フレア発生時のX線(光子)による電離や、太陽プロトンによる電離など、粒子の違いによって影響が異なります。これらの異なる種類の粒子による大気電離を統一的に研究することで、太陽活動に起因する気候変動への影響の定量評価も、将来的に可能になるかもしれません。

特記事項

掲載論文
掲載誌: Journal of Space Weather and Space Climate
論文タイトル: Mesospheric ionization during substorm growth phase
Doi: https://doi.org/10.1051/swsc/2022012

著者
村瀬 清華 総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻
片岡 龍峰 総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻 / 国立極地研究所
西山 尚典 総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻 / 国立極地研究所
西村 耕司 京都大学生存圏研究所
橋本 大志 総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻 / 国立極地研究所
田中 良昌 総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻 / 国立極地研究所 / 極域環境データサイエンスセンター
門倉 昭 総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻 / 国立極地研究所 / 極域環境データサイエンスセンター
冨川 喜弘 総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻 / 国立極地研究所
堤 雅基 総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻 / 国立極地研究所
小川 泰信 総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻 / 国立極地研究所
Uchida Herbert Akihito 宇宙科学研究所
佐藤 薫 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻
笠原 慧 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻
三谷 烈史 宇宙科学研究所
横田 勝一郎 大阪大学大学院理学研究科
堀 智昭 名古屋大学宇宙地球環境研究所
桂華 邦裕 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻
高島 健 宇宙科学研究所
笠原 禎也 金沢大学大学院自然科学研究科
松田 昇也 宇宙科学研究所
小路 真史 名古屋大学宇宙地球環境研究所
松岡 彩子 京都大学地磁気世界資料解析センター
篠原 育 宇宙科学研究所
三好 由純 名古屋大学宇宙地球環境研究所
佐藤 達彦 日本原子力研究開発機構
海老原 祐輔 京都大学生存圏研究所
田中 高史 九州大学国際宇宙天気科学・教育センター

用語説明

PANSYレーダー

昭和基地(南緯69.00˚, 東経39.58˚)に建設された、南極最大の大気レーダー。1045本のアンテナで構成される。上空に向けて強力な電波を発射し、大気中で散乱され戻ってきたわずかな電波(反射エコー)を検出することで、上空500kmまでの大気の風速や電子密度等を観測する。

ジオスペース探査衛星「あらせ」(ERG衛星)

2016年12月に打ち上げられた日本の科学衛星。ヴァン・アレン帯(宇宙空間の中で、高エネルギーの電子が地球の磁場に捉えられているドーナツ状の領域)の中心部で直接、荷電粒子や電場・磁場の変動を観測し、ヴァン・アレン帯電子の変動とジオスペースのダイナミクスの解明を目的としている(名古屋大学宇宙地球環境研究所に設置されているERGサイエンスセンター (https://ergsc.isee.nagoya-u.ac.jp/))。

PHITS

あらゆる物質中での放射線の振る舞いを第一原理的に計算するシミュレーションコード。日本原子力研究開発機構が中心となって開発を進めており、放射線施設の設計、医学物理計算、宇宙線科学などの分野で国内外6,000名以上のユーザーが利用中。

リオメータ

銀河から飛んでくる雑音電波を観測し、その強度の変化からオーロラ等に伴う高エネルギー電子の降り込みを調べる装置。

世界時

イギリスのグリニッジ天文台(本子午線が通る)における平均太陽時で表される世界共通の時間。UT(Universal Time)とも書かれる。昭和基地と世界時との時差は3時間で、昭和基地が早い。