2019年7月18日

概要

京都大学大学院工学研究科安田秀幸教授、森下浩平同助教(研究当時、現:九州大学准教授)、西村友宏同博士課程学生(研究当時、現:神戸製鋼所)らのグループは、大阪大学大学院工学研究科吉矢真人准教授、中塚憲章同博士課程学生(研究当時、現:神戸製鋼所)、大阪産業大学杉山明教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)上杉健太朗主席研究員、竹内晃久同主幹研究員と共同で、鉄鋼材料の凝固過程において体心立方構造※1から面心立方構造※1への固相の変態が起こり、温度の条件によりこの変態がデンドライト※2の分断を誘発することを、大型放射光施設SPring-8※3の放射光※4を利用したX線イメージング実験※5により実証しました。

鉄鋼材料である炭素鋼は社会基盤を支える材料であり、生産性や材料特性の向上は社会全体に波及します。これまで0.5wt%(質量パーセント濃度)炭素以下の鋼の凝固過程は、フェライト※6と呼ばれる体心立方構造の固相と液相の反応によりオーステナイト※6と呼ばれる面心立方構造の固相が生成する「包晶反応※7」」が起こると考えられてきました。本研究は、この凝固過程で包晶反応は起こらず、フェライトからオーステナイトへのマッシブ的な変態※8が起こると同時に微細なオーステナイトの結晶粒※9が生成すること、条件によりオーステナイト粒界※9やフェライト-オーステナイト境界が溶解してデンドライトが分断することを明らかにしました。マッシブ的変態を利用したデンドライトの分断は材料の組織制御に利用できる一方、凝固過程で生じる欠陥の形成に関係している可能性もあります。今後、この発見を製造プロセスや材料特性の向上に結びつけることを目指して研究を進めます。

本成果は、2019年7月18日に、国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

図1

背景

社会基盤を支える鉄(Fe)と炭素(C)を基本成分とする炭素鋼は、もっとも広汎に使用されている金属材料です。ほぼすべての炭素鋼が融液から固める鋳造・凝固過程を経由して製造されます。凝固は材料特性を左右する組織の出発点であり、材料特性の観点から望ましくない欠陥が形成される過程でもあります。炭素量がおよそ0.5wt%(質量パーセント濃度)※10以下の炭素鋼の凝固は、フェライト※6(体心立方構造※1、デルタ相)と液相の反応によりオーステナイト※6(面心立方構造※1、ガンマ相)が生成するいわゆる包晶反応※7により進行すると考えられてきました。したがって、包晶反応を前提として材料組織や鋳造欠陥の形成メカニズムが議論されてきました。一方、融点が1500℃付近である炭素鋼を材料組織スケールで観察することが困難であったため未解明の課題もありました。

2000年前後に世界で稼働し始めた第3世代放射光施設(国内であれば大型放射光施設SPring-8※3)の特長のひとつは、20keV以上の硬X線と呼ばれる放射光※4を利用したX線イメージング※5ができることです。高い平行度と高い輝度の特長を活かすことで、金属材料の内部で時々刻々と変化する現象のリアルタイム観察(時間分解その場観察)が実現し、多くの研究がなされています。

私たちの研究グループでは、放射光を利用して鉄鋼材料などの溶融状態から固まる過程を観察する手法を開発し、高温の凝固現象を実証的に明らかにすることを目指してきました。この観察に基づく理解は、材料組織や鋳造欠陥の形成の科学的解明につながることが期待されます。また、炭素鋼やステンレス鋼では、従来から考えられてきた包晶反応ではなく、フェライトからオーステナイトに変態するマッシブ的変態※8が起こることを報告し、徐々にマッシブ的変態に対する理解が広がってきました。しかし、包晶反応とマッシブ的変態を区別すべき科学的、工学的な意義が明確でないことも一因となり、すべての研究者の支持に至っていないのも事実です。本研究は、マッシブ的変態が材料の組織や特性に与えるインパクトを実証するひとつの研究と位置づけています。

研究手法・成果

京都大学、大阪大学において炭素鋼の凝固過程をリアルタイムで観察する技術を開発し、SPring-8のイメージングビームラインであるBL20B2、BL20XUにおいて「時間分解その場観察※11」を実施しました。厚さ100µmの試料を透過するX線の吸収量を明暗にした吸収イメージングにより、融液からフェライト、オーステナイトがどのように成長するかを直接観察し、マッシブ的変態がデンドライト※2組織に影響することと、その影響を与える条件を明らかにしました。

炭素鋼の融液を冷却すると、まずフェライトのデンドライトが成長しますが、成長途中で温度を保持した状態でマッシブ的変態が起こると、微細なオーステナイトの結晶粒※9がひとつのデンドライトの枝(アーム)内に形成し、結晶粒が粗大になるとともに結晶粒の境界である粒界※9が溶解しました。これは、マッシブ的変態前に成長していたデンドライトが、バラバラに分断されることを示しています。また、マッシブ的変態の先端に形成されるフェライトとオーステナイトの境界でも、温度がわずかに上昇すると境界が溶解してデンドライトが分断されることも確認されました。融点付近で粒界が溶解する現象は既知の現象ですが、このようにマッシブ的変態によりデンドライト内部に粒界が形成し、条件によりその粒界が溶解する現象は予想外でした。このメカニズムを解析した結果、凝固後の組織形成に影響する主要因の一つであることが分かりました。例えば、材料組織の特徴である結晶粒の大きさは材料の力学特性などを決定する因子であるため、本研究で明らかとなったマッシブ的変態によるデンドライトの分断の理解は、材料組織を制御するための指針を与えます。さらに、同様の現象が他の材料でも起こっている可能性も指摘しています。

波及効果・今後の予定

鉄鋼材料に関する研究は、現在の社会基盤を支える構造材料を通して社会に貢献してきましたが、観察手法など実験技術が障害となり解明されていない工学的課題も少なくありません。SPring-8の放射光を利用した観察技術は新しい実験事実を提供する強力なツールであり、これを活用できる研究環境を活かした研究を継続する予定です。また、基礎研究段階である本研究から応用につなげる橋渡しとなる研究に発展させたいと考えています。

研究者のコメント

この研究は、大阪大学、京都大学において大学院生と一緒に開発してきた観察技術が基盤となっている研究です。鉄鋼材料をはじめとした金属材料の凝固現象には解明されていない課題があり、未知の現象もあるかも知れません。観察を通じて科学的に解明する姿勢で、工学の発展を通じて社会に貢献したいと考えています。

特記事項

タイトル:Dendrite fragmentation induced by massive-like δ–γ transformation in Fe–C alloys
(Fe-C合金におけるマッシブ的なδ相からγ相への変態が誘発するデンドライトの分断)
著者:Hideyuki Yasuda, Kohei Morishita, Noriaki Nakatsuka, Tomohiro Nishimura, Masato Yoshiya,Akira Sugiyama, Kentaro Uesugi, Akihisa Takeuchi
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-019-11079-y

本研究は、日本学術振興会製鋼第19委員会に設置された「凝固可視化」小委員会、科学技術振興機構産学共創基礎基盤研究プログラム「革新的構造用金属材料創製を目指したヘテロ構造制御に基づく新指導原理の構築」の支援を受けたものです。また、X線イメージングでは、科学研究費補助金(17H06155)の支援により開発された技術を用いています。

用語解説

※1 体心立方構造・面心立方構造
体心立方構造とは、立方体の各頂点と中心に原子が位置した結晶構造です。一方、面心立方構造とは、立方体の各頂点と各面の中心に原子が配置した結晶構造です。

※2 デンドライト
結晶が成長するときの形態のひとつで、樹枝状晶とも呼ばれます。ほとんどの金属合金はデンドライトの形態で凝固し、典型的なデンドライトでは主軸となる枝(1次アーム)が伸びその垂直方向に枝(2次アーム)が伸びた形態になっています。美しい幾何学的な特徴をもつ雪の結晶もデンドライトのひとつです。

※3 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設で、利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。Spring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※4 放射光
高速で運動している電子あるいは陽電子の軌道が磁場により曲げられるとき、軌道の接線方向に放射される電磁波です。SPring-8などの放射光施設では、明るく、指向性が高い電磁波(X線を含む)を利用でき、多様な分野の研究が行われています。

※5 X線イメージング
X線の透過能を利用した物質内部を観察する手法であり、医療をはじめ多様な分野で利用されています。X線が物質を透過した画像(透過イメージング)だけでなく、複数の透過像から三次元構造を再構成する計算機トモグラフィー(CT)などのイメージングがあります。

※6 フェライト・オーステナイト
鉄(Fe)は温度により結晶構造が変化する同素変態を有した元素です。室温ではフェライトと呼ばれる体心立方構造の結晶ですが、温度の上昇にともないオーステナイトと呼ばれる面心立方構造、ふたたび体心立方構造、溶解して融液に変化します。オーステナイトからフェライトへの変態は、炭素鋼の材料特性の制御に利用されています。

※7 包晶反応
金属合金などが凝固するときに起こる反応のひとつです。凝固過程で最初に晶出した結晶Aと残留する融液(L)が反応して別の結晶Bが形成します。融液と結晶Aの界面で結晶Bが形成するため、結晶Bが結晶Aを包み込むような形態になることから包晶反応と呼ばれています。

※8 マッシブ的な変態・マッシブ的変態
合金において組成の変化なく異なる結晶構造への変態はマッシブ変態と呼ばれます。本研究で観察されたフェライトからオーステナイトへの変態は短時間で試料全体が変態するため、マッシブ変態と類似しています。しかし、原子が容易に動く高温ですので、組成が変化しているのか、あるいは、していないかが明らかになっていません。そのため、マッシブ的な変態(マッシブ的変態)と呼んでいます。

※9 結晶粒・粒界
結晶中では原子が規則的に配列しています。材料が一種類の結晶でできている場合でも、同じ結晶構造ですが配列の向きが違う領域が存在することがあり、多結晶と呼ばれます。同じ配列の向きをもった領域を結晶粒、配列の向きが違う結晶粒間の境界を粒界と呼びます。粒界は材料特性にも影響するため、無視できない存在です。

※10 質量パーセント濃度
合金の中に元素が含まれる割合をそれぞれの元素の質量を基準に百分率で表した濃度です。

※11 時間分解その場観察
ビデオカメラのように観察対象をリアルタイムで記録する手法が時間分解観察です。また、観察対象である動的現象が起こっている状態、本研究ですと1500℃付近での凝固や変態が起こっている状態を観察する手法がその場観察(in-situ観察)です。これらの両方の手法を組み合わせた観察手法は時間分解その場観察と呼ばれ、本研究では放射光の特長を活かすことでこの時間分解その場観察を実現しています。

参考URL

大阪大学 大学院工学研究科 知能・機能創成工学専攻 計算材料設計・創成研究室 吉矢研究室
http://www.cmdc.ams.eng.osaka-u.ac.jp/index_j.html

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