物質の熱伝導率を低減させる新機構を発見

物質の熱伝導率を低減させる新機構を発見

高性能な熱電材料開発の新たな指針に

2022-12-26工学系
工学研究科教授吉矢 真人

研究成果のポイント

  • トンネル空間の中に原子鎖が内包された結晶構造を有する金属間化合物が、著しく低い熱伝導率と高い熱電特性を有することを実証した。
  • 原子鎖を構成する原子がトンネルの伸長方向に沿って大きな振幅で振動(ラットリング)しており、それらラットリング原子間の距離が近い化合物ほど熱伝導率が低下することを実験と理論計算により見出した。
  • 熱電材料の性能は熱伝導率が低いものほど向上するため、この熱伝導率の低減機構は、高性能な熱電材料開発の新たな指針となることが期待される。

概要

物質の熱の伝わりやすさである熱伝導率を制御することは、放熱や断熱といった生活に身近な応用に加えて、電子デバイスの高性能化や自動車等の省エネルギー化、また発電効率や各種の材料特性の向上など、熱に関する様々な課題解決や熱エネルギーの有効利用に欠かせないサーマルマネージメント技術の一つとして注目されています。

東北大学多元物質科学研究所の山田高広教授、山根久典教授、同大学院工学研究科の菅野雅博博士課程学生(研究当時)、大阪大学大学院工学研究科の吉矢真人教授、京都大学大学院工学研究科の高津浩講師、陰山洋教授、産業技術総合研究所化学プロセス研究部門の池田拓史上級主任研究員と省エネルギー研究部門の永井秀明主任研究員らの研究グループは、金属間化合物の結晶構造内のトンネル空間に配置した原子が、大きな振幅で振動しながら互いに強く相関することにより、物質の熱伝導率が著しく低減する現象を、実験および理論計算より明らかにしました。

本研究により見出された熱伝導率の新しい低減機構は、エネルギー変換デバイスとして様々な領域での活用が期待される高性能な熱電材料の開発の新たな指針となることが期待されます。

本研究成果は、2022年12月17日付けで、ドイツ科学雑誌 Advanced Materialsのオンライン版に掲載されました。

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概略図.結晶構造内にトンネル空間を有した金属間化合物(Na–X–Sn系化合物, XはAl, Ga, In, Zn)では、トンネル内のNa原子はトンネルの伸長方向に沿って大きな振幅で振動(ラットリング)しており、それらNa原子の局所的な原子間距離(dNa–Na)が近い化合物ほど格子熱伝導率が低下することが明らかにされました。トンネル内の原子鎖様のラットリング原子が互いに強く相関することによって引き起こされる、熱伝導率の新しい低減機構です。

研究の背景

熱エネルギー(温度差)を電気エネルギーに直接変換できる熱電材料を用いた熱電発電は、未利用熱の有効活用の観点から強い関心が持たれています。熱電材料の性能は単位温度差当たりの熱起電力が大きくて(ゼーベック係数が大きい)、電気を流しやすく(電気伝導率が高い)、熱を伝えにくい(熱伝導率が低い:熱伝導率はキャリア成分と結晶格子成分で決まる)ものほど高くなります。しかしながら、格子熱伝導率(物質の結晶格子が担う熱伝導率)以外の各特性は、一方を向上させると他方が悪化するトレードオフの関係にあります。そのため、熱電材料には互いに相関・相反関係にある各特性を最適化することが求められ、格子熱伝導率は低い物質が望まれています。今後、さらに高性能な熱電材料を開発するためには、格子熱伝導率が著しく低い物質を開拓し、その熱伝導率の低減機構を理解、解明することが重要とされています。

研究の成果

本研究グループは、結晶構造内のトンネル空間にナトリウム(Na)原子が内包された数種のスズ(Sn)ベースの金属間化合物(Na–X–Sn系化合物, XはAl, Ga, In, Zn)を対象として、それらの緻密な多結晶試料を合成し、熱伝導率を含む熱電特性を評価しました(図1、2)。その結果、Na–Ga–Sn系化合物 (Na2.19Ga2.19Sn3.81)が実用材料であるBi–Te系化合物の熱電特性に匹敵する高い熱電特性を室温近傍で示すこと、さらに、これらすべての結晶性化合物の格子熱伝導率は、熱を伝えにくい物質として知られる一般的なガラス (約1 Wm-1K-1)と同等または、それ以下の値(0.42–1.1 Wm-1K-1)であることが明らかになりました。

各化合物の単結晶X線回折による結晶構造解析や低温比熱の詳細な解析により、Na原子はトンネルの伸長方向のみに異常に大きな振幅で振動をしていることが分かりました。さらに、解析によって得られた各化合物の結晶学および格子動力学パラメータと格子熱伝導率との関係を精査することで、Na原子間の距離が近い化合物ほど、格子熱伝導率が低いことが見出されました(図3)。これらNa原子の1次元的な振幅振動状態や、それによって引き起こされる比熱の温度変化、Naの原子間距離と格子熱伝導率との相関性は、格子動力学を取り入れた第一原理格子動力学法計算によっても独立に説明され(図4)、実験と理論の両面から実証されました。

原子の大きな振幅振動は「ラットリング」と呼ばれ、物質の格子熱伝導率を低減させる重要な要因であると考えられています。これまでの研究の主な対象はカゴ状構造の化合物であり、ラットリング原子はカゴ状の閉じた空間に孤立して(離れて)配置しています(ラットリング原子間の距離は約6 Å:1 Å=100億分の1 m)(図5)。カゴ状構造の化合物では、ラットリング原子間の距離が大きい化合物ほど、格子熱伝導率は低下する傾向が報告されています。

一方、本研究で対象としたトンネル構造化合物では、ラットリング原子は開いたトンネル空間内に近接して配置(ラットリング原子間の距離は4 Å以下)しており、ラットリング原子間の距離が近い化合物ほど格子熱伝導率の低減効果が増強されることが見出されました。ラットリング原子間の斥力等の相互作用によって、熱を伝えるフォノンの非調和性が増大することで熱伝導率が著しく低減されるということが、今回新たに解明されたメカニズムです。

本研究でのトンネル構造化合物における異方的なラットリング状態の原子の観測や,ラットリング原子同士が近接することによる熱伝導率の低減機構の発見は、今後この機構を利用した高性能な熱電材料開発に繋がる新たな材料創成への道を拓く重要な成果です。

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図1. トンネル構造を有する金属間化合物の結晶構造(Na–X–Sn系化合物, X = Al, Ga, In, Zn, (a) Na2+δ X2+δSn4–δ (Χ = Al, Ga)とhP-Na2ZnSn5, (b) Na2In2Sn4, (c) tI-Na2ZnSn5)。化合物によってNaサイトの占有率が異なります。いずれの化合物でもNa原子はトンネルの伸長方向に沿って大きな振幅で振動している。

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図2. Na–X–Sn系トンネル構造化合物(X=Al, Ga, In)の熱電特性(無次元性能指数ZT)。Na–Ga–Sn系化合物は実用材料の目安とされる値(ZT=1)を超える性能を示します。

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図3. トンネル構造を有する金属間化合物のNa原子間距離と格子熱伝導率の関係。Na原子間の距離が短い化合物ほど格子熱伝導率が低くなる相関関係が見出されました。

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図4. 理論計算により導出されたNa-Ga-Sn化合物の結晶構造(a)とその比熱(b)、およびNa原子間の力定数とNa原子間距離との関係(c)。いずれも実験で得られた結果を独立に説明することができました。

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図5. トンネル構造化合物とカゴ状構造化合物におけるラットリング原子の配置。本研究で対象としたトンネル構造化合物(左)では、トンネル内に配置したNa原子はトンネルの伸長方向に沿ったラットリング状態にあり、それらの原子間距離が近い化合物ほど低い熱伝導率を有することが明らかにされました。従来の代表的な低熱伝導性の金属間化合物であるカゴ状構造化合物(右)でも、ラットリング原子は熱伝導率の低減に寄与しますが、そのラットリングは等方的で、カゴ状の閉じた空間内に孤立して存在しています。

今後の展望

ラットリング原子が互いに相関することで熱伝導率を低減させる新しい機構を指針とすることで、今後、エネルギー変換デバイスとして様々な領域での活用が期待される高性能な熱電材料が開発されることが期待されます。また、トンネル構造化合物におけるラットリングの大きな特徴のひとつは、Na原子がトンネル方向のみに異常に大きな振幅で振動をしていることです。これらと結晶構造の異方性を積極的に利用することで、特定の方位の熱電特性が飛躍的に向上すれば、より高性能な熱電材料や様々なエネルギー材料の次段階の探索・開発に直接つながるものと期待されます。

特記事項

【論文情報】
タイトル:Correlated rattling of sodium-chains suppressing thermal conduction in thermoelectric stannides
著者:Takahiro Yamada*1, 2, Masato Yoshiya*3, Masahiro Kanno1, 4, Hiroshi Takatsu5, Takuji Ikeda6, Hideaki Nagai7, Hisanori Yamane1, and Hiroshi Kageyama5
1.東北大学多元物質科学研究所、2.国立研究開発法人科学技術振興機構、3.大阪大学大学院工学研究科、4.東北大学大学院工学研究科、5.京都大学大学院工学研究科、6.国立研究開発法人産業技術総合研究所化学プロセス研究部門、7.国立研究開発法人産業技術総合研究所省エネルギー研究部門
掲載誌:Advanced Materials
DOI:10.1002/adma.202207646

本研究は、JSTさきがけ「超空間制御と革新的機能創成」(JPMJPR151C)、科研費新学術領域研究「機能コアの材料科学」(JP19H05786)、CREST「超空間制御に基づく高度な特性を有する革新的機能素材等の創製」、JSPS科研費(JP26288105、JP20H02820、JP20K05062)、JSPS研究拠点形成事業(JPJSCCA20200004)等の助成を受けて行った研究成果です。

用語説明

ラットリング

結晶の中の原子が異常に大きな振幅で振動する現象。これにより格子を伝わる熱を散乱し、熱伝導率を大きく減少させる効果があると考えられています。この現象の多くは、カゴ状の大きな空間(隙間)に配置した原子に観察されますが、その本質は未だ十分に理解されていません。

熱電材料

物質に温度差を生じさせると、それに比例した電位差(熱起電力)が発生します。この現象(ゼーベック効果)を利用して、廃熱などの未利用熱を電気エネルギーに変換する材料が熱電材料です。また、熱電材料に電流を流すことにより温度差を生じさせる現象(ペルチェ効果)を用いて、電子冷却や温度制御を行う応用例もあります。熱電材料の性能は、単位温度差当たりの熱起電力(熱電能)が大きくて電気を流しやすく、熱を伝えにくいものほど高くなります。

第一原理格子動力学法計算

第一原理計算は、計算対象となる物質の各構成元素と結晶構造のみを初期パラメータとして、実験データや経験パラメータを用いることなく行う量子論の基礎理論のみに基づく計算手法です。格子動力学法計算は、安定位置にある原子と周囲の原子の結合を数値化した力定数から、各温度での原子の振動状態を演繹的に求める計算手法です。第一原理格子動力学法計算は、格子動力学法での力定数の計算に第一原理計算法を使う計算手法です。この第一原理計算から、原子の振動状態が予測できます。

フォノン

固体における原子の集団的協調振動から平均位置にある原子の部分を取り除いて振動部分のみを抽出し、量子論に基づき量子化して記述し直したものです。波長が非常に長くなると音波や弾性波と同じになることから「音」を語源としてフォノンと名付けられています。固体の温度や熱伝導率や比熱は、固体中のフォノンの定在状態や伝播状態から決まります。