工学系

2019年6月18日

研究成果のポイント

・病原体などを電気的に検出できる二次元材料グラフェンと、マイクロ流体デバイスを複合化した新しいバイオセンシング手法を開発。
・グラフェンバイオセンサー実用化の課題となっていた、検出対象の電荷の中和(デバイ遮蔽)の問題を、ピロリ菌がアンモニアを生成する反応を利用して解決。
・反応を極微小容器に閉じ込めることで、グラフェン品質のばらつきを克服して超高感度な定量計測が可能に。
・Lab on a graphene FETによる、二次元材料の医療・公衆衛生分野での社会実装に向けて前進。

概要

大阪大学産業科学研究所の小野尭生助教らの研究グループは、優れた物性を持つナノ材料グラフェン※1とマイクロ流体デバイス※2を組み合わせた新しいバイオセンシング手法を開発しました(図1)

グラフェンは、二次元材料と呼ばれる非常にユニークな物性を持つナノ材料で、電気的に病原体などの標的を検出するバイオセンサーに最適の材料です。しかし、グラフェンバイオセンサーの実用化には、グラフェンの品質のばらつきやデバイ遮蔽※3の問題といった障壁がありました。

今回、小野助教らの研究グループは、グラフェン上にμm(10-6m)スケールの極微小な反応容器を作製し、ここに標的を封じ込めて、標的そのものではなく標的が生じる反応を検出する事で計測を行う新たな手法を開発しました。これにより、極めて高感度かつ簡便なバイオセンシングが可能になり、優れた物性を持つグラフェンの社会実装が近づくと期待されます。

本研究成果は、2019年6月3日(月)に米国科学誌「Nano Letters」(オンライン)に掲載されました。

図1 研究の概要
極微小反応容器内でピロリ菌が尿素UreaからアンモニアNH3を生じる反応を、グラフェンが高感度かつリアルタイムに計測することで、塩濃度の影響を受けず、ごく微量の標的を定量することが可能。

研究の背景

グラフェンは、二次元材料とも呼ばれる原子一個分の薄さの炭素のナノシートです(図2)。比表面積が極めて大きく、またその広い表面に接触したたんぱく質や病原体などの電荷に鋭敏に応答して導電性を変化させることから、電気的に標的を検出するバイオセンサーに最適な材料です。しかし、現状では得られるグラフェンの品質はばらついており、電気伝導率の変化量から標的量を見積もることは困難でした。また、そもそも電気的なバイオセンシングに付きまとってきた問題として、デバイ遮蔽の問題がありました。デバイ遮蔽とは、検出対象の表面電荷が水溶液中の反対電荷のイオンによって中和されてしまう現象で、生体内などの生理的な塩濃度下では、検出対象の電荷は表面から1nm(10-9m)も離れないうちに中和されほとんどわからなくなってしまいます。かといって塩濃度が低すぎるのも問題で、これが電気的なバイオセンシングの社会実装への障壁となってきました。

図2 グラフェンの構造の模式図

本研究成果の内容

小野助教らの研究グループでは、標的そのものの電荷ではなく、標的が生じる反応を計測することによって検出ができないかと考えました。例えば、胃がんを引き起こすことが知られている細菌ヘリコバクター・ピロリは、強酸性の胃の中で生き残るために、たんぱく質でできた触媒である酵素の一種ウレアーゼを持ち、ウレアーゼを使ってアンモニアを発生させて胃酸を中和します。このアンモニア生成反応は、実際の医療現場でもピロリ菌の検出・診断に使われており、これをグラフェンバイオセンサーでも使えないかと考えました。幸運にも、アンモニアガスをグラフェンで検出できることが既に報告されており、溶液中でもアンモニアが検出できるのではないかと期待しました。グラフェンを電界効果トランジスタ(FET)に加工して実際に計測を行ってみると、思った通りアンモニア水の中のアンモニアを電流で検出することができ、ウレアーゼの反応によってアンモニアが増えていく様子もリアルタイムに計測することができました(図3)

しかし、これでもまだピロリ菌の検出には不十分でした。ピロリ菌を検出するためには、ピロリ菌とだけ結合する抗体という分子をグラフェン上に修飾し、グラフェンの上にピロリ菌を捕捉するのですが、捕捉された菌はごく微量で、菌による反応でできたアンモニアはすぐに外に拡散してしまい、検出できるほどの濃度になりません。そこでもう一つ工夫を加え、グラフェンの上に溶液を溜める極微小な容器を作製しました(図4)。この穴は大きさがマイクロメートル(10-6m)、容積はフェムトリットル(10-15L)というスケールの小ささで、ここに溜まったごく微量の液滴内に発生したアンモニアを閉じ込めることで、検出できるようにしました(図5)。このやり方にはもう一つの利点がありました。グラフェンは非常に優れた物性を持つのですが、現在得られるグラフェンの品質は様々にばらついており、グラフェンの電気的応答量もばらついてしまうため、電流変化量から標的の量を決めることができませんでした。しかし液滴の体積を均一化することで、液滴内での反応速度を計算できるようになり、そこから標的の定量が可能になりました。こうして、グラフェン上にデバイ長よりも離れた位置で捕捉されたピロリ菌を、従来の検査キットの10万分の1の低い菌濃度、菌1個以下(菌体破片)のごく微量で検出する事に成功しました(図1)。今回の様な微小な溶液を扱う装置を、実験室が小片上にあるという意味で”Lab on a chip”と呼ぶのですが、私たちはこれをグラフェンFETと複合化して”Lab on a graphene FET”と名付け、新しい高感度計測を実現しました。

図3 ウレアーゼ反応に対するグラフェンFETの応答
矢印時点で反応を開始した。アンモニアが増えると電流が減少した。

図4 極微小容器を備えたグラフェンFET

図5 極微小容器内でのウレアーゼ反応
①で容器を封じるとアンモニアが濃縮され電流が変化した。
②で容器を開放するとアンモニアが拡散し電流が元に戻った。
③で再び封じると、①と同じ応答を示した。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、優れた物性を持つ二次元材料の筆頭格であるグラフェンのバイオセンシング応用、医療や公衆衛生の分野での社会実装に大きく貢献するもので、また電気的なバイオセンシング全般に新たな方法論を提案するものです。この技術は、ウレアーゼ以外の酵素にも適用できる可能性があり、そうなればさらに幅広い応用が期待できます。

特記事項

本研究成果は、2019年6月3日(月)に米国科学誌「Nano Letters」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Electrical Biosensing at Physiological Ionic Strength Using Graphene Field-Effect Transistor in Femtoliter Microdroplet”
著者名:Takao Ono, Yasushi Kanai, Koichi Inoue, Yohei Watanabe, Shin-ichi Nakakita, Toshio Kawahara, Yasuo Suzuki, and Kazuhiko Matsumoto
DOI: 10.1021/acs.nanolett.9b01335

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)CREST(JPMJCR15F4)、科学研究費補助金(16K13638、18K14107)の一環として行われ、大阪大学産業科学研究所松本和彦特任教授の協力を得て行われました。

用語解説

※1 グラフェン
2004年に実験的に単離された最初の二次元材料。黒鉛を粘着テープで薄層化することなどにより得られる。カーボンナノチューブやフラーレンなどと共にナノカーボンというカテゴリーにも属する。

※2 マイクロ流体デバイス
半導体微細加工技術で加工したマイクロ~ナノメートル(10-6~10-9m)の微細構造(反応容器や流路など)を利用して水溶液を操作し、生化学計測を行うデバイス。在宅医療診断など多岐にわたる応用が期待されている。

※3 デバイ遮蔽
検出対象の表面電荷が水溶液中の反対電荷のイオンによって中和される現象。中和された外側には電荷の影響が及ばないため、電気的に検出することが出来ない。中和するイオンの層のおよその厚みをデバイ長と呼ぶ。

研究者のコメント

研究を始めた当初、グラフェンでpHを測った報告が既にありました。アンモニアは水をアルカリ性にしますので、実は最初はこのpH上昇による電流の増大を測ればいいだろうと思っていました。しかし、実際やってみると、何回測っても予想と逆に電流が減少してしまい、大変困りました。結局、ガス計測の報告なども調べた結果、グラフェンはpHを決める水素イオンよりもアンモニアそのものに応答して電流を減少させていることが分かり、ほっとしたのを覚えています。

参考URL

大阪大学産業科学研究所 千葉研究室
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/se/

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