世界初!中性子移行により原子核の強相関陽子中性子対を観測

世界初!中性子移行により原子核の強相関陽子中性子対を観測

核力の非中心力成分の役割、原子核及び星の構造の解明に期待

2018-12-27自然科学系

研究成果のポイント

・原子核内の強く相互作用している陽子中性子対を陽子ビームを用いた散乱実験で初めて捉えた
・陽子・中性子の位置及びそれぞれのスピンに依存する非中心核力(テンソル力)と原子核構造との関連性を示す初証拠
・エネルギー準位、魔法数を含む原子核構造の理解、そして中性子星などの天体の内部構造解明に期待

概要

中国北京航空航天大学の寺嶋知研究員、于蕾(ウィレイ)博士、大阪大学核物理研究センターの王惠仁(オンフイージン)特任講師(常勤)、谷畑勇夫特任教授らを中心とする国際共同研究グループ は、原子核から中性子を抜き去る実験手法(一中性子移行反応)を用い、酸素原子核内に強く相互作用している陽子中性子対を捉えることに成功しました。

本研究成果は、2018年12月12日(水)(日本時間)に米国科学誌「Physical Review Letters」に掲載されました。

研究の背景

物質を構成する原子の中心には原子核があります。原子核は陽子と中性子という2種類の粒子(核子と呼ぶ)からできており、これらの粒子間に強い力(核力 )が働きます。核力の中には、主に陽子と中性子の間に働き、2つの棒磁石の位置関係とそれぞれのNS極の方向によって働く力が変わるのと同じように、陽子と中性子の相対位置及びスピン向きによって性質が異なる (図1) 力成分が存在し、テンソル力と呼ばれます。テンソル力は主に湯川秀樹博士が予言したパイ中間子の交換によって生じる力で、原子核を束縛させる決定的な役割を担うことが知られていますが、原子核構造にどのように影響するか知られていませんでした。原子核内の核子は殆どの場合他の核子から平均化された力を受けながら、自由に動いて(自由粒子運動をして)いるため、通常の散乱実験では殆ど自由粒子運動をしている核子しか捉えません。

図1 上の棒磁石の場合と同様、テンソル力は核子(p:陽子、n:中性子)相対位置、核子スピン向きによって性質が異なる。

研究の内容

今回、寺嶋研究員と王特任講師らの研究グループはテンソル力が高い相対速度(高い相対運動量)を持つ陽子中性子対をもたらすという性質に着目し、大阪大学核物理研究センター にてテンソル力効果が特に顕著と予想される領域において実験を行い、強く相互作用する核子対を観測する新たな実験手法の開発に成功しました。実験では、光速の70%の速度まで加速された陽子ビームを氷標的に入射して標的内の酸素原子核から1個中性子を抜き去り、ビーム入射方向付近に放出される重陽子とその反対方向に飛び出てくる陽子を同時に測定しました (図2) 。その結果、抜かれた中性子と強く相互作用していた陽子を観測することに成功し、酸素原子核におけるテンソル力の効果を示す証拠を得ました。

図2 陽子ビームによる一中性子移行反応で原子核内の中性子・陽子対を「見る」
上の図は高速回転しているペアスケーター(中性子・陽子対)に左から接近する第3のスケーター(陽子ビーム)が女子スケーター(中性子)の速度に合わせることにより女子スケーターを引き受ける様子。下の図は実験の概念図。重陽子は大阪大学核物理研究センターの高分解能磁気分析装置を用い分析した後検出器で測定した。反跳陽子は反対方向に設置した検出器で測定した。(出典:トラン(大阪大学)、寺嶋(北京航空航天大学))

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、酸素原子核におけるテンソル力の効果を実証したと同時に、テンソル力と原子核のエネルギー準位との結びつきを初めて示しました。陽子と中性子の数が大きく異なる原子核、特に不安定核 ではテンソル力効果が安定核と大きく異なり、また、テンソル力効果によって原子核魔法数 が変化することが予想されています。今後、この手法を不安定核への応用により、テンソル力の役割について定量的に理解し、エネルギー準位や魔法数を始めとする原子核構造、そして中性子星などの天体の内部構造の解明につながることが期待できます。

特記事項

本研究成果は、2018年12月12日(木)(日本時間)に米国科学誌「Physical Review Letters」に掲載されました。
タイトル:“Dominance of Tensor Correlations in High-Momentum Nucleon Pairs Studied by (p,pd) Reaction”
著者名:S.Terashima, L.Yu, H.J.Ong, I.Tanihata, S.Adachi, N.Aoi, P.Y.Chan, H.Fujioka, M.Fukuda, H.Geissel, G.Gey, J.Golak, E.Haettner, C.Iwamoto, T.Kawabata, H.Kamada, X.Y.Le, H.Sakaguchi, A.Sakaue, C.Scheidenberger, R.Skibinski, B.H.Sun, A.Tamii, T.L.Tang, D.T.Tran, K.Topolnicki, T.F.Wang, Y.N.Watanabe, H.Weick, H.Witala, G.X.Zhang, and L.H.Zhu.

なお、本研究は、日本科学研究費助成事業基盤研究(S)(23224008)、基盤研究(A)(20244030)、中国自然科学基金11235002、11375023、11475014及び11575018号、中国国家重点基礎研究発展プログラム(2016YFA0400504)、ポーランド国立科学センター基金2016/22/M/ST2/00173及び2016/21/D/ST2/01120号、中国政府と中国北京航空航天大学・海外ハイレベル人材招致「千人計画」、ヒロセ国際奨学財団研究助成事業の支援を受けました。

研究者のコメント

1939年に重陽子の研究からテンソル力の重要性が提案されました。あれから78年が経ちましたが、原子核構造におけるテンソル力の役割は未だ謎のままです。本研究では、高運動量中性子移行という新しい切り口で、陽子による中性子移行反応という半世紀前に開発された「古い」実験手法を用いてテンソル力と原子核構造との結びつきという「古い」問題が解明できることを示しました。

参考URL

大阪大学 核物理研究センター
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/RCNPhome/index.html

用語説明

核力

陽子や中性子の間に働く強い力のこと。自然界の4つの力(重力、電磁力、強い力、弱い力)の1つである。2核子間に働く核力は核子の座標、角運動量、スピンなどを自由度とし、現象論的に理解されてきた。3核子以上の核子間に働く核力は現在日本のグループを中心に研究が進められている。一方、核力の起源は素粒子であるクォーク間に働く強い力である。現在、素粒子の基礎理論である量子色力学を用いて核力を記述する試みが理化学研究所や大阪大学の理論研究者によって精力的に進められているが、原子核に適用できるまでの道のりは長い。

大阪大学核物理研究センター

大学附置の加速器として国内最大のサイクロトロン加速器施設を持った全国共同利用研究施設である。1971年に全国共同利用センターとして発足した。2010年に文部科学省に共同利用・共同研究拠点(拠点名:サブアトミック科学研究拠点)として認定され、また、2018年11月13日に文部科学省から国際共同利用・共同研究拠点(拠点名:国際サブアトミック科学研究拠点)の認定を受けている(20大学41拠点からの申請のうち、採択件数は、4大学6拠点である。詳細は http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/RCNPhome/ja/news/detail.php?id=130 に掲載されている)。

国際共同研究グループ

中国・北京航空航天大学、大阪大学・核物理研究センター、京都大学、大阪大学・理学研究科物理学専攻、ドイツ・重イオン研究所、ドイツ・ユストゥス・リービッヒ大学、ポーランド・スモルコフスキー物理学研究所、九州工業大学、ベトナム・物理学研究所、東京大学

高い相対運動量

粒子の運動量はその粒子の静止質量と速度の積である。2粒子系における粒子の相対運動量とは各粒子から見た相手粒子の運動量である。原子核内の陽子及び中性子はほとんどの場合他の核子から作用する平均の力を受けながら、自由に運動している。そのため、ほとんどの時間において陽子及び中性子はある限られた運動量(フェルミ運動量)しか持っていない。しかし、陽子や中性子は瞬間的に強く相互作用することがあり、その際、原子核の重心に対して2核子の総運動量が小さく、フェルミ運動量より高い相対運動量を持つことが許される。本研究では、フェルミ運動量より高い運動量を持つ中性子を選択的に抜き去ることにより、強く相互作用する陽子中性子対の観測に成功した。

不安定核

安定核より中性子が余分に存在するか、陽子が不足しているもので、有限(計測可能)の寿命を持つ原子核のこと。不安定核はアルファ粒子、陽子または中性子を放出して崩壊するか、あるいは核力によって核子が原子核の中に束縛されるが、弱い力によって原子核内の陽子(あるいは中性子)が陽電子(あるいは電子)とニュートリノ(あるいは反ニュートリノ)を放出してベータ崩壊する。

原子核魔法数

原子では特定の電子の数を持つ化学的に安定な希ガス原子が存在するのと同様、原子核にもある決まった陽子あるいは中性子(あるいは陽子と中性子両方)の数を持つ比較的安定なものが存在する。このような陽子あるいは中性子の数は原子核魔法数と呼ぶ。原子核魔法数は、天然に存在する原子核の研究から、2、8、20、28、50、82、126であることが知られている。しかし、近年、理化学研究所や大阪大学核物理研究センター(平成30年4月23日プレスリリース「炭素の同位体で陽子魔法数を発見」。 https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2018/20180423_1 )で行われた研究から、中性子が余分に存在する原子核において従来の原子核魔法数が消滅し、また、新しい魔法数が出現することが明らかになった。