炭素の同位体で陽子魔法数を発見

炭素の同位体で陽子魔法数を発見

魔法数起源の理解、原子核の安定性の解明に光

2018-4-23自然科学系

研究成果のポイント

・生命の必須元素である炭素の同位体が陽子魔法数を持つことを発見
・陽子や中性子のスピンに依存する力(スピン・軌道力)が作り出す魔法数が原子核全領域において普遍的に存在することが明らかに
・スピン・軌道力と魔法数起源の真の理解、そして原子核の安定性の解明に期待

概要

大阪大学核物理研究センターの王惠仁(オンフイージン)特任講師(常勤)、トラン・ディントロン特任研究員、青井考教授、谷畑勇夫特任教授らを中心とする国際共同研究グループ は、炭素同位体 の陽子の広がりの研究から炭素同位体の陽子数6が魔法数であることを発見しました。

原子の中心にある原子核は陽子と中性子という2種類の粒子からできており、これらの粒子間に強い力(核力)が働きます。原子では特定の電子の数を持つ化学的に安定な希ガス原子が存在するのと同様、原子核にも比較的安定なものが存在し、これらの原子核は「魔法数」という特定の数の陽子あるいは中性子を持っています。原子核魔法数は1930年代から様々な測定量の系統性の研究からその存在が知られており、1949年にメイヤー(米)とヤンセン(独)が陽子や中性子のスピンに依存する力(スピン・軌道力 )を導入することによって魔法数28、50、82、126が説明されました(1963年・ノーベル物理学賞)。しかし、スピン・軌道力を導入すると、魔法数6、14も現れることが期待されていましたが、これまで見つかっていませんでした。

今回、王特任講師らの研究グループは、陽子数6を持つ炭素同位体の陽子の広がり(分布半径)を実験的に決定し、炭素同位体及び周辺原子核の陽子分布半径、更に励起準位 から基底準位への遷移確率 及び質量の系統性を分析することにより、陽子魔法数6を発見しました。同時に、この結果が最新の原子核理論によって説明できることを示しました。今後更に、同様の方法で他の魔法数の研究を進めることによりスピン・軌道力及び魔法数起源の真の理解、そして、原子核の安定性の解明が期待されます。また、魔法数は宇宙における元素合成の解明にもつながります。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、4月23日(月)18時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

原子核魔法数は原子核の重心から陽子や中性子までの距離のみに依存する力(中心力)によるもの(2、8、20)、及び1949年に米国のメイヤーとドイツのヤンセンが導入した陽子あるいは中性子のスピンに依存する力(スピン・軌道力)によるもの(28、50、82、126)が知られています( 図1 )。

メイヤーは1963年のノーベル賞受賞式にて、スピン・軌道力による魔法数6と14の可能性について言及しましたが、実験的証拠がなく、また、軽い原子核ではスピン・軌道力による効果が弱いと考えられていたため、これらの魔法数は存在しないと結論付けました。炭素同位体では既知の魔法数を持つ炭素14(陽子数6、中性子数8)が非常に安定していることが知られていますが、陽子数6が系統的に魔法数であることは知られていませんでした。

図1 原子核殻構造
左図は原子核の重心からの距離に依存する力(調和振動子)のポテンシャルと軌道角運動量依存項(l 2 )、右図は更にスピン・軌道力ポテンシャルが加わった時の殻構造を示す。

研究の手法と成果

王特任講師らは2002年から2008年まで理化学研究所で行った先行研究において炭素16、炭素18同位体の第一励起準位から基底準位への遷移確率を測定し、陽子魔法数6の可能性を示唆する実験結果を得ました。今回、同特任講師らの研究グループは、原子核の陽子広がり(陽子分布半径)を決定する新たな実験手法を開発して炭素12から炭素19までの同位体及び周辺原子核に適応し、原子核の基底状態の観測量である陽子分布半径を決定しました。そして、これらの原子核の陽子分布半径、励起準位から基底準位への遷移確率及び質量の系統性を分析することにより、スピン・軌道力による最も小さい魔法数6の実験的証拠( 図2 の青い矢印)を突き詰めました。また、原子核殻模型計算と第一原理計算を行い、魔法数6の存在が理論によって説明できることを示しました。

図2 陽子魔法数6を示す測定量の系統性(青い矢印)
(a)(質量非依存)陽子分布半径。(b)電気的遷移確率。(c)陽子のエネルギーギャップ。(d)陽子のエネルギーギャップを陽子数と中性子数ごとに表した。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、スピン・軌道力による魔法数が原子核の全領域において普遍的に存在することが明らかになりました。スピン・軌道力は原子核魔法数を説明するために、1949年にメイヤーとヤンセンらによって現象論的に導入されましたが、その核力の起源は未解明です。今後、炭素同位体について更なる実験研究及び第一原理計算を用いた系統的な理論研究により、スピン・軌道力と魔法数起源の真の理解、そして、原子核の安定性の解明が期待されます。また、魔法数は宇宙における元素合成の解明にもつながります。

図3  スピン・軌道力の概念図

特記事項

本研究成果は、2018年4月23日(月)18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Evidence for prevalent Z=6 magic number in neutron-rich carbon isotopes”

著者名:D.T. Tran, H.J. Ong, G. Hagen, T.D. Morris, N. Aoi, T. Suzuki, Y. Kanada-En'yo, L.S. Geng, S. Terashima, I. Tanihata, T.T. Nguyen, Y. Ayyad, P.Y. Chan, M. Fukuda, H. Geissel, M.N. Harakeh, T. Hashimoto, T.H. Hoang, E. Ideguchi, A. Inoue, G.R. Jansen, R. Kanungo, T. Kawabata, L.H. Khiem, W.P. Lin, K. Matsuta, M. Mihara, S. Momota, D. Nagae, N.D. Nguyen, D. Nishimura, T. Otsuka, A. Ozawa, P.P. Ren, H. Sakaguchi, C. Scheidenberger, J. Tanaka, M. Takechi, R. Wada, and T. Yamamoto.
URL: https://doi.org/10.1038/s41467-018-04024-y

なお、本研究は、ヒロセ国際奨学財団研究助成事業、JSPS-VAST二国間交流事業、科学研究費助成事業基盤研究(S)(23224008)、基盤研究(A)(20244030)、若手研究(B)(20740163)、米国エネルギー省研究費助成事業(DE-FG02-96ER40963、DE-SC0008499)、オークリッジ国立研究所研究課題(ERKBP57)、ベトナム政府の2020年までの物理学発展プログラムの支援を受けました。

炭素16、炭素18について行った先行研究から今回の発見まで約15年かかりました。本研究の成果は長年続けてきた不安定核、特に炭素同位体及び周辺原子核の陽子分布半径を決定する新たな実験手法の開発成功が最も重要な鍵を握ります。これで生命の必須元素である炭素の同位体が陽子魔法数を持つことが判り、原子核の安定な構造を生み出す機構の解明への一里塚となったと言えます。

参考URL

大阪大学 核物理研究センター
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/

用語説明

スピン・軌道力

原子核内の陽子あるいは中性子は軌道角運動量と固有スピンを持つ。スピン・軌道力はこれらの軌道角運動量と固有スピンとの相互作用による核力成分である( 図3 )。陽子あるいは中性子のスピンがその軌道角運動量と同じ向きならば、原子核は比較的にエネルギー的に安定になる。

国際共同研究グループ

大阪大学・核物理研究センター、ベトナム・物理学研究所、米国・オークリッジ国立研究所、米国・テネシー大学、日本大学、国立天文台、京都大学、中国・北京航空航天大学、ベトナム・市立Pham Ngoc Thach 医科大学、ベトナム・国立ホチミン市理科大学、大阪大学・理学研究科物理学専攻、ドイツ・重イオン研究所、ドイツ・ユストゥス・リービッヒ大学、オランダ・フローニンゲン大学、韓国・基礎科学研究院、カナダ・セント・メアリーズ大学、中国・近代物理学研究所、高知工科大学、理化学研究所、ベトナム・ドンナイ省教員養成大学、東京理科大学、東京大学、筑波大学、新潟大学、米国・テキサスA&M大学

炭素同位体

6個の陽子を持つものの、異なる数の中性子を持つ原子核のこと。陽子または中性子崩壊をしない同位体は炭素21(中性子数15)を除き、炭素9(中性子数3)から炭素22(中性子数16)まで合計13核種が確認されている。その中、安定な同位体は炭素12(中性子数6)と炭素13(中性子数7)である。また、天然に存在する同位体は炭素12と炭素13のほか、年代測定法に用いられる寿命が異常に長い炭素14がある。炭素同位体はアルファ粒子(ヘリウム4)等のクラスター構造、中性子ハロー構造及び原子核魔法数で特徴付ける独立粒子運動の性質を示すなど、極めて豊かな構造変化を示す。これらの性質を同時に説明できる原子核構造理論は未だに存在しない。

励起準位

原子核には、エネルギー的に最も低い状態と、よりエネルギーが高い状態がある。これらの状態は量子論に基づき飛び飛びの値を持ち、その各々を基底準位及び励起準位と呼ぶ。

遷移確率

量子論に基づき原子核が摂動によって励起準位から基底準位に遷移する確率で、電荷を持つ陽子が関与する電気的遷移確率及び固有スピンを持つ陽子と中性子両方が関与する磁気的遷移確率がある。特に前者は原子核内の陽子の関与の度合いを表す物理量として原子核構造において重要である。理化学研究所で行った先行研究からは、炭素16、炭素18の電気的遷移確率が陽子魔法数8を持つ酸素同位体と同じくらい小さいことが明らかになっている。