2013年3月4日

本研究成果のポイント

●X線波長の320分の1程度のごく僅かな位相変化を10nm程度の空間分解能で可視化
●SPring-8およびSACLAを用いた生体試料の高空間分解能観察への応用展開に期待

リリース概要

大阪大学大学院工学研究科の高橋幸生准教授、理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センターの石川哲也主任研究員らの研究グループは、高い感度と高い空間分解能を有するX線顕微法の開発に成功しました。

X線が物体を通過するときの位相※1のずれ量を観測することで、吸収の小さな物体であっても可視化することが可能であり、これを位相コントラストイメージングと呼んでいます。今回、研究グループは、大型放射光施設SPring-8※2の理研物理科学IビームラインBL29XULにおいて、X線集光鏡と空間フィルター※3を組み合わせた照明光学系を搭載した「X線タイコグラフィー」と呼ばれる新しい位相コントラストイメージング法を開発しました。そして、このX線タイコグラフィーにより、オングストロームオーダーのX線波長の約320分の1という小さな位相のずれを約10nmという高い空間分解能で可視化することに成功しました。

この顕微法は、特にX線の吸収の小さい軽元素で構成される生体軟組織の観察に有用で、今後、SPring-8を用いた様々なバイオイメージングへの応用展開が期待されます。また、X線自由電子レーザー施設SACLA※4を用いたコヒーレントX線回折イメージング実験においても同様の光学系が採用されており、SACLAの高光子密度のX線レーザーを照射することにより究極的な高感度・高空間分解能イメージングが実現するものと期待されます。

本研究成果は、2013年3月4日(アメリカ東部時間)に米国科学雑誌『Applied Physics Letters』のオンライン版に掲載されます。

研究の背景

X線イメージング技術はX線が高い透過力を有することから、物体の内部構造を非破壊で観察する方法として広く用いられています。医療診断、空港の手荷物検査におけるX線写真はその代表的な例です。通常、X線写真は、物体によってX線がどれくらい吸収されたかによってコントラストを得ます(X線吸収コントラストイメージング)。X線吸収コントラストイメージングでは、X線吸収の大きい厚い試料や重元素を含む試料に対して有効ですが、薄い試料や軽元素で構成される試料に対しては十分な像コントラストが得られません。X線位相コントラストイメージングは、このような希薄な試料であっても、高い像コントラストを得る手法として、近年、放射光施設を中心に盛んに研究されています。X線位相コントラストイメージングでは、試料によるX線波面のゆがみを回折・干渉・屈折などの現象を使って試料像を得ます。
X線タイコグラフィーは、X線回折を利用した位相コントラストイメージングの一手法です。従来のフレネルゾーンプレートなどのレンズとしての機能を持つ光学素子を用いて試料像を結像する一般的なX線顕微鏡とは異なり、回折パターンに位相回復計算を実行して試料像を再構成するレンズレスイメージング技術です。X線タイコグラフィーは、レンズ性能によって制限されてきたX線顕微法の空間分解能を飛躍的に向上させる技術であり、原理的にX線波長程度の空間分解能を達成可能です。これまで、本研究グループは、大型放射光施設SPring-8*2の理研物理科学IビームラインBL29XULにおいてX線集光鏡を駆使した高分解能X線タイコグラフィー装置を開発し、試料中の10μm以上の領域の電子密度や特定元素の分布を10nmより優れた空間分解能で可視化できることを実証してきました(2011年9月学術雑誌「Applied Physics Letters」(出版社:American Institute of Physics)において発表済、2011年9月28日プレスリリース www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2011/110928)。

X線タイコグラフィーに期待されている一つの応用研究が生体試料のイメージングです。しかしながら、X線タイコグラフィーをバイオイメージング研究に応用していくにはどうしても克服しなければならない一つの問題がありました。それが感度です。X線タイコグラフィーでは、試料の前に、ピンホールや集光鏡などの光学素子を設置して、X線照射領域をマイクロメートル以下に制限する必要があります。この時、試料からの散乱X線強度とこれら光学素子からの散乱X線の強度分布とが重なって観測されてしまうため、試料が希薄な場合、試料からの散乱X線強度分布が光学素子からの散乱X線強度分布に埋もれてしまいます。このことが、X線タイコグラフィーの感度を下げている一つの要因となっていました。今回、研究グループは、X線集光鏡と空間フィルターを組み合わせた照明光学系を開発し、上で述べた問題を克服する高分解能かつ高感度なX線タイコグラフィーを実証しました。

研究成果の内容

照明光学系に使用するX線集光鏡には、株式会社ジェイテック製の高精度楕円面鏡(Osaka Mirror)を用いました。これを二枚並べて配置(Kirkpatrick-Baez配置)することで、スポットサイズ100nmのX線ビームが得られます。また、空間フィルターには、タンタル箔に収束イオンビーム加工を施すことによって作製した矩形開口スリットを用いました。波動光学計算により、矩形開口のサイズおよびスリットの配置を検討した結果、集光スポットサイズより十分に大きい50μm~100μmの開口サイズのスリットを集光点の近傍に配置することで、X線集光鏡からの散乱X線の余分な成分を効果的に取り除けることが分かりました。この計算結果に基づき、70μm開口のスリットと100μm開口のスリットを集光点よりそれぞれ1.5mm、0.5mm上流側に配置し、照明光学系を構築しました(図(a)1)。そして、この照明光学系のテスト実験を大型放射光施設SPring-8のビームラインBL29XULにて行いました。X線エネルギーを8keVに合わせて、X線集光鏡により100nmのスポットに集光し、下流に配置したCCD上での強度分布を空間フィルターの有り無しで比較すると、その差は歴然としており、空間フィルターを配置することで、X線集光鏡由来の余分な散乱X線強度が劇的に減少しました(図1(b))。

高分解能・高感度X線タイコグラフィーの実証実験の試料には、NTTアドバンステクノロジ株式会社製のテストチャート(特注品)を用いました。このテストチャートは、厚さ約12nmのタンタル薄膜に微細加工が施されており、17nmの最小構造を有します(図2(a))。厚さ12nmのタンタルの8keVのX線に対する位相シフト量は0.02ラジアン以下とごく僅かです。このテストチャートについても、空間フィルターの有り無しでCCD上での強度分布を比較すると、空間フィルターを設置することで、試料からの散乱X線強度分布を高い信号対雑音比で測定できているのが分かりました(図2(b))。また、図2(a)の丸で示した位置の集光X線を照射し、得られた回折パターンに位相回復計算を実行すると、試料像を再構成することができました(図3)。17nmの最小構造を分解できており、空間分解能は約10nmと見積もられます。また、再構成像から求められる位相シフト量は0.018ラジアンであり、計算から見積もられる値と良く一致します。このことから、本手法が高分解能かつ高感度なX線位相コントラストイメージング法であることに加えて、位相シフト量を精度良く決定できる定量的なイメージング法であると言えます。

今後の展開

今後、僅かな位相変化を高い空間分解能で可視化できる本顕微法を用いた様々な試料観察への応用が期待されます。特に、X線吸収の小さい軽元素で構成される生体軟組織の高分解能観察に本顕微法は有用であると言えます。現状では、コヒーレントX線の強度が十分でないため、回折パターンを取得するのに10時間以上要し、観察領域も約2×2μm2とあまり大きくはありません。しかしながら、現在検討されているSPring-8の次期計画で実現する高性能放射光源を用いることで、測定時間の短縮ならびに広視野化を期待できます。ただ、SPring-8での測定では、観察の空間分解能は最終的には、試料損傷によって制限されてしまいます。一方、X線自由電子レーザー施設SACLAを用いたシングルショットイメージングにより、試料が壊れる前の測定が可能になり、試料損傷による限界を大きく凌駕する分解能が得られると期待されています。本顕微法と同様な照明光学系がSACLAのコヒーレントX線回折イメージング装置にもすでに導入されており、これを用いることで、究極的な高感度・高空間分解能イメージングが実現するものと期待されます。

発表論文

“High-resolution and high-sensitivity phase-contrast imaging by focused hard x-ray ptychography with a spatial filter”
Yukio Takahashi, Akihiro Suzuki, Shin Furutaku, Kazuto Yamauchi, Yoshiki Kohmura, Tetsuya Ishikawa
Applied Physics Letters 102, 094102 (2013), published online 4 March 2013

参考図

図1 (a)高分解能X線タイコグラフィーの光学系の模式図。 (b)CCDで測定した強度分布。
全反射集光鏡によって8keVの放射光X線を100nmのスポットに集光する。集光点の近傍に空間フィルタイーとして開口サイズ約100μmの矩形開口スリットを配置することで、全反射集光鏡からの余分なX線散乱強度を効果的に除去することができる。

図2 (a)テストチャートの走査型電子顕微鏡像。丸い点はX線照射位置を示している。 (b)(a)の黄色い丸で示した位置にX線を照射した際に観測された回折パターン。
試料には、NTTアドバンステクノロジ株式会社製のテストチャート(特注品)を用いた。このテストチャートは、厚さ約12nmのタンタル薄膜に微細加工が施されており、17nmの最小構造を有する。このテストチャートにX線を照射し、空間フィルターの有り無しでCCD上での強度分布を比較すると、空間フィルターを設置することで、試料からの散乱X線強度分布を高い信号対雑音比で測定できる。

図3 空間フィルターを搭載した集光X線タイコグラフィーによって可視化されたテストチャートの位相シフト像。
約0.02ラジアンの位相シフトが可視化されている。17nmの最小構造が分解されており、空間分解能は約10nmと見積もられる。

用語解説

※1 位相
周期的に変動する波がある時、1つの波形における波の位置を位相、また、同じ波の位置を連ねた面を波面と呼ぶ。波は、その高さとこの位相によって表現される。光の波が物体を透過することにより波の高さが減衰し、位相がずれる。そのため、波の高さの減衰が吸収コントラストに関連し、位相のずれが位相コントラストに関連する。

※2 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す共用施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射光)とは、荷電粒子が磁場の中で曲がる際に放射される光の一種。SPring-8では、周回する電子群のサイズが小さいことや高い安定性のため、干渉性の優れたX線が得られる。

※3 空間フィルター
一定の空間周波数を強調したり、高周波ノイズを低減する目的で光学系内のスペクトル面に挿入するピンホール。

※4 X線自由電子レーザー施設SACLA
完全な干渉性をもつ次世代のX線発生装置。日本では、理研が財団法人高輝度光科学研究センターと協力して、SPring-8キャンパス内に建設され、2011年3月に施設を完成、愛称は「SACLA」と名付けられた。2011年6月にX線レーザーの初発振に成功、2012年3月より共用運転が開始され、利用実験が始まっている。

参考URL

研究室:http://homepage2.nifty.com/yt_lab/

論文:http://dx.doi.org/10.1063/1.4794063

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