強磁場を導入しレーザー核融合プラズマの効率的加熱に成功

強磁場を導入しレーザー核融合プラズマの効率的加熱に成功

レーザー核融合エネルギーの実現に前進

2018-9-26自然科学系

研究成果のポイント

・国内最大のレーザー施設、激光XII号及びLFEXを用いて、レーザー核融合 の方式の一つである「磁化高速点火」の原理を実証。
・地上最大級のキロ・テスラ磁場を用いて、レーザーで加速した光速の電子群を、予め高密度に圧縮したプラズマに向けて誘導することに成功し、プラズマ加熱の効率化を達成。
・理論およびコンピューター・シミュレーションで実験結果を再現できることを確認。
・レーザー核融合エネルギーの実現への前進であると同時に、実験室内での星の内部状態の再現や極限環境下での新しい物質の創成などの新しい研究への応用も期待。

概要

大阪大学レーザー科学研究所(所長 兒玉了祐)の坂田匠平特任研究員、藤岡慎介教授らの研究グループ及び、広島大学工学研究科、米国ネバダ大学リノ校、レーザー技術総合研究所、東北大学工学研究科、自然科学研究機構核融合科学研究所、光産業創成大学院大学、仏国ボルドー大学高強度レーザー応用研究センター所属の研究者らで構成された国際共同研究チームは、ネオジム磁石 の約600倍の強さを有する600テスラ の磁場を高密度プラズマに印加することで、短パルス高強度レーザーで加速された電子ビームを集束し、プラズマを効率的に加熱出来ることを実証しました。

本研究成果は、英国総合科学誌「Nature Communications 誌」に、9月26日(水)18時(日本時間)に公開されました。

研究成果の内容

レーザー核融合の「高速点火」方式は、主流の「中心点火」方式とは全く異なる過程を経て、核融合の「火」を点ける方式です。米仏で行われている「中心点火」方式では、流体混合 が原因で点火が起こらないという問題に直面していますが、「高速点火」方式はこの流体混合の問題を回避することができることから、現在の主流に替わる手法として注目されています。

図1 に示すように、「高速点火」方式では、まず①複数のナノ秒(10億分の1秒)レーザーを用いて核融合燃料を予め高密度に圧縮し、②ピコ秒(1兆分の1秒)の高強度レーザーで瞬間的に加熱することで、③核融合を点火し、燃料の大部分を燃焼させ、エネルギーを生み出します。

図1 レーザー核融合高速点火方式の概略図

短パルス高強度レーザーによって生成されたほぼ光速の電子ビームが高密度核融合燃料プラズマに突入し、そのエネルギーの一部を燃料に付与することによって加熱が起こります。しかしながら、 図2 に示すように,高強度レーザーによって加速された電子ビームは、大きな発散角(典型的には全角で100度)を持っているため、電子ビームの多くは燃料と衝突せずただ通り過ぎてしまうという欠陥がありました。

図2 (上)レーザーで加速された電子ビームは大きく広がり、電子ビームの大半は燃料と衝突しない。(下)磁場の力を使い,電子ビームを燃料に誘導することで、電子ビームの大半が燃料と衝突する。

質量が軽く電荷を持つ電子は、磁力線に沿った方向に移動しやすいという特性を有しています。本研究では 図3 に示すように、キロ・テスラという地上最大級の強磁場を用い、1MeV(メガ電子ボルト )という高エネルギーの電子を、百ミクロン以下の微小な核融合燃料に磁力線に沿って誘導し、効率的な高密度プラズマの加熱を達成しました。藤岡教授らの研究グループは、この方式を「磁化高速点火」と名付けました。

図3 キロ・テスラ磁場による光速電子ビームの高密度核融合燃料への誘導

本研究では (図4) に示したレイアウトで実験を行い、加熱レーザーから高密度プラズマへのエネルギー付与率は最大で8%を達成しました。このエネルギー付与率は加熱対象であるプラズマの密度に依存することが分かっています。核融合点火の条件で計算すると、本研究で得られたエネルギー付与率は、主流の中心点火方式よりも数倍高い値に匹敵します。つまり、磁化高速点火方式は、非常に効率的で、レーザー核融合エネルギー開発にとって魅力的であると結論づけました。

図4 本研究における実験レイアウト図

本研究成果を活用すれば、高温・高密度、高圧力を有する高エネルギー密度プラズマを効率的に生成することが可能になることから、高エネルギー密度科学実験室宇宙物理学 への応用研究も期待されます。

研究の背景

高強度レーザーとプラズマの相互作用によって、光速とほぼ等しい速度を有する「相対論的電子」が効率的に加速されることは1990年代から知られ、研究が行われてきました。この相対論的電子のビームを使い、物質を数千万度にまで加熱することが出来れば、人類の挑戦の一つである制御核融合の点火を起こすことが出来ます(参考: 日本物理学会物理70の不思議「核融合エネルギー発電は実用化するか?」 )。核融合プラズマのように、高温度かつ高密度なプラズマは高エネルギー密度プラズマと呼ばれ、その特性は星の内部の特性と極めて近く、実験室で宇宙及び天体と関連する物理現象を研究する実験室宇宙物理や実験室天文学研究でも利用できます。

相対論的電子ビームを用いた高速加熱は、大阪大学を中心としたグループによる2001年のコーン・シェル・ターゲット の発明 [R. Kodama et al., Nature, Vol. 412, pp. 798 - 802 (2001).] により一気に現実的になり、世界各国で研究が繰り広げられました。研究が進む中で、レーザーで加速された相対論的電子ビームは期待よりも大きな発散角を持っていることが次第に明らかになり、高速加熱で核融合点火を実現するには、相対論的電子ビームの発散角を抑制することが必須であると認識されました。

質量が軽くて電荷を持つ電子は磁力線に補足されやすい特性を持っています。この特性を利用し、相対論的電子ビームの発生点から核融合燃料までの間に磁力線をまっすぐ張り、その磁力線に沿って相対論的電子ビームを流すというアイディアが生まれましたが、光速に近い高エネルギーの電子を磁力線で誘導するためには、キロ・テスラという普通の磁石では到底発生できない強磁場が必要であり、その実証には至っていませんでした。

大阪大学レーザー科学研究所の藤岡教授らの研究グループは、2013年に国内最大のレーザー装置である激光XII号レーザーを、キャパシター・コイル・ターゲット と呼ばれる磁場発生装置に照射することで、キロ・テスラの磁場を発生させることに成功しました [S. Fujioka et al., Scientific Reports, Vol. 3 p. 1170 (2013).] 。更に、この強磁場発生法を仏国エコールポリテクニークのLULI2000レーザー施設に導入し、実験室内で600テスラの磁場を発生させ、相対論的電子ビームの誘導に成功しています [M. Bailly-Grandvaux et al., Nature Communications, Vol. 9, p. 102(2018)]

核融合燃料として高速点火方式に適した中実球 [H. Sawada et al., Applied Physics Letters, Vol. 108, p. 254101(2016).] にキロ・テスラの強磁場を印加して激光XII号レーザーで圧縮し、LFEXレーザーで発生した電子ビームを集束することで、効率的なプラズマ加熱を実現しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

高速点火方式を用いたレーザー核融合研究は、平成15年の「今後の我が国の核融合研究の在り方について」(文部科学省基本問題特別委員会核融合研究ワーキンググループ報告)において、トカマクヘリカル と共に、我が国の核融合重点化計画として位置づけられ、核融合点火温度の達成を目指した第一期計画の段階にあります。レーザー核融合に磁場の力を組み合わせることで、核融合エネルギー開発の実現に向けて前進しました。

大阪大学レーザー科学研究所の激光XII号及びLFEXレーザー装置のように、核融合点火の実証には不十分な施設を用いて高速点火方式の核融合点火への外挿性を明らかにするためには、単に数値目標を達成するだけではなく、詳細な研究開発方針を検討するに必要な学術的基盤の構築が求められます。本研究は、その学術的基盤の一つである「レーザー加速電子ビームの高密度プラズマへの集束」を実証したことに該当。

また、宇宙プラズマにおいても、磁場とプラズマの相互作用が重要であり、本研究で開発された実験手法及びシミュレーションを用いることによって、宇宙プラズマの素過程の研究にも貢献できると期待されます。

研究者のコメント

共同利用・共同研究拠点の利点を生かし、国内及び海外の研究者の知見を集約したことで、核融合エネルギーの実現に前進することが出来ました。当研究所では、本成果の他にも、惑星や宇宙の謎に迫る研究及び新しい産業応用の種を生み出す研究など、大型レーザー装置を活用した幅広い学術展開を進めています。研究活動に対する国民の皆様の理解と支援が、益々重要となって来ております。マスメディア等を通じて、本研究所における研究の魅力の一端をお伝えすることが出来れば幸いです。

特記事項

本研究成果は、2018年9月26日18時にSpringer Nature 社が発行する「Nature Communications」誌に掲載されました。

タイトル:"Magnetized Fast Isochoric Laser Heating for Efficient Creation of Ultra-High-Energy-Density States"
(「高効率な超高密度状態の生成のための磁化高速等積レーザー加熱」)
著者名:坂田匠平 1# ,李昇浩 1# ,森田大樹 1* ,城崎知至 2 ,澤田寛 1,3 ,岩佐祐希 1$ ,松尾一輝 1* ,LAW Farley KingFai 1% ,八尾顕 1\ ,畑昌育 1 ,砂原淳 4 ,小島完興 1# ,安部勇輝 1$ ,岸本秀隆 1* ,SYUHADA Aneez 1! ,白戸高志 5 ,MORACE Alessio 1 ,余語覚文 1 ,岩田夏弥 1 ,中井光男 1 ,坂上仁志 6 ,尾﨑哲 6 ,山ノ井航平 1 ,乗松孝好 1 ,中田芳樹 1 ,時田茂樹 1 ,宮永憲明 1 ,河仲準二 1 ,白神宏之 1 ,三間圀興 1 ,西村博明 1 ,M. BaillyGrandvaux 7 ,J.J. Santos 7 ,長友英夫 1 ,疇地宏 1 ,兒玉了祐 1 ,有川安信 1 ,千德靖彦 1 ,藤岡慎介 1

所属:1 大阪大学レーザー科学研究所、日本
#当時 大阪大学 大学院理学研究科 物理学専攻 博士後期課程
*当時 大阪大学 大学院理学研究科 物理学専攻 博士前期課程
%当時 大阪大学 大学院理学研究科 国際物理特別コース 博士後期課程
$当時 大阪大学 大学院工学研究科 環境・エネルギー工学専攻 博士後期課程
¥当時 大阪大学 大学院工学研究科 電気電子情報工学専攻 博士前期課程
!当時 大阪大学 大学院理学研究科 フロンティアラボミニ奨学生
2 広島大学大学院工学研究科、日本
3 ネバダ大学リノ校物理学科、アメリカ合衆国
4 レーザー技術総合研究所、日本
5 東北大学大学院工学研究科、日本
6 自然科学研究機構、核融合科学研究所、日本
7 ボルドー大学CELIA研究所、フランス

本研究は自然科学研究機構核融合科学研究所との双方向型共同研究及びレーザー連携、及び大阪大学レーザー科学研究所の共同利用・共同研究拠点事業の下で実施されました。米国及び仏国との国際共同研究の遂行にあたっては、大阪大学の国際共同研究促進プログラム等の助成を受けました。本研究の一部は、科学研究費補助金(24684044、25630419、15K17798、15K21767、15KK0163、16K13918、16H02245、17K05728)及び日本学術振興会特別研究員制度(14J06592、15J00850,15J00902、15J02622、17J07212、18J01627、18J11119、18J11354)の支援にて実施されました。

参考URL

大阪大学 レーザー科学研究所
http://www.ile.osaka-u.ac.jp/jp/index.html

用語説明

レーザー核融合

高出力レーザーを用いて重水素と三重水素の混合物を高密度に圧縮すると共に、高温度に加熱することで、核融合反応を起こし、エネルギーを得る手法。日本を始め、米国、仏国、中国、ロシア等で研究が行われている。

テスラ

磁場の強さの絶対値を示す単位。赤道における地磁気は31マイクロ・テスラ(1マイクロ・テスラは1テスラの100万分の1)。

ネオジム磁石

永久磁石の中では最も強力であり、ハードディスクドライブ、電気自動車、ハイブリッドカーなど身近に利用されている。強力なものは1テスラ程度の強さを有する。

流体混合

中心点火方式において、球殻状の核融合燃料を圧縮する過程で、球殻の表面の微小な凹凸の振幅が大きくなり、中心に形成された高温で低密度な点火部とその周囲を取り囲む低温で高密度燃料部が混ざり合う現象。流体混合によって点火部の温度が急激に下がることが、中心点火方式の成功を妨げている。高速点火方式では、流体混合が起こるよりも早く、低温燃料部の一部を加熱して点火部とするため、流体混合を回避出来る。

電子ボルト

粒子等のエネルギーを示す単位。1電子ボルトは、1ボルトの電位差で抵抗なく加速された電子が得るエネルギーに等しい。約1.602x10-19ジュール。1メガ電子ボルトは1電子ボルトの100万倍。

高エネルギー密度科学

レーザーのように、短時間の内に大きなパワーが得られる装置を利用して、星の内部に匹敵する高い圧力(=高いエネルギー密度)を有する物質・プラズマを生成し、その内部状態の観測や挙動及びその内部で起こる反応を研究する科学分野。生産・医学・生物学応用を目指して、プラズマから放出されるX線及び粒子の高エネルギー化及び効率化を目指した研究も行われるなど、学際的な研究領域である。レーザー核融合や実験室宇宙物理も高エネルギー密度科学に含まれる。

実験室宇宙物理学

高出力レーザーを用いることで、高温・高密度プラズマを生成し、宇宙における原子過程、原子核反応、粒子加速、流体運動、各種乱流現象等を実験室内で再現し、調べる研究分野。

コーン・シェル・ターゲット

核融合燃料を封入したシェル(球殻)に、コーン(円錐)を取り付けたターゲット(レーザー標的)。高密度プラズマの効率的な加熱に用いられる標準的なターゲットである。高密度核融合燃料はコーンの先端に形成され、コーンの壁がその内側にプラズマが入り込むのを防ぐため、高強度レーザーをコーンの内側から核融合燃料の近傍に照射することができる。コーン先端と高密度燃料の間のわずか50-100ミクロンの間に、相対論的電子ビームの輝度が急激に低下することが課題であった。

キャパシター・コイル・ターゲット

高強度レーザーを用いて強磁場を発生させるためのレーザー標的(ターゲット)。ループに巻いたワイヤ(コイル)で二枚の金属板を繋いだものである。片方の金属板に高強度レーザーを照射することで放出される非熱的電子が、金属板間に電位差を生じる。金属板間の電位差によって、コイルに大電流が駆動され、コイル付近に強磁場が発生する。

トカマク

磁場の力を使って超高温の核融合プラズマを閉じ込める方式の一つ。現在建設中の国際核融合実験炉ITER(イーター)でも採用されている。量子科学技術研究開発機構のJT-60SA(建設中)が国内最大のトカマク装置である。ドーナツ型のプラズマの外部に設置したコイルが作る磁場とプラズマを流れる電流が作る磁場の足し合わせによって、安定にプラズマを閉じ込める。

ヘリカル

磁場の力を使って超高温の核融合プラズマを閉じ込める方式の一つ。自然科学研究機構の大型ヘリカル装置(LHD)が国内最大の装置である。ねじれたコイルを周回させることで、超高温プラズマの閉じ込めに適した磁場を作る。トカマクとは違い、プラズマの閉じ込めにプラズマ中を流れる電流が必要ない。