2016年11月1日

本研究成果のポイント

・薬の作用箇所として重要な膜タンパク質※1 の構造を効率的に解析する新手法を開発した。
・これまで、膜タンパク質は取扱いが難しく、効率的に構造を決定することは困難だった。
・今後、膜タンパク質の新規構造が次々と解明され、新薬の設計・開発の効率化への応用が期待される。

概要

大阪大学大学院工学研究科の溝端栄一講師、同理学研究科の村田道雄教授(JST ERATO「村田脂質活性構造プロジェクト」研究総括を兼任)、東京大学大学院理学系研究科の中根崇智研究員、高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室の登野健介チームリーダー、理化学研究所放射光科学総合研究センターの岩田想グループディレクター(京都大学大学院医学研究科教授およびJST研究加速課題「膜蛋白質構造基盤プロジェクト」研究代表者を兼任)等による合同研究チームは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA※2 を利用して、膜タンパク質の立体構造を迅速に解明する、世界初の技術の開発に成功しました。

膜タンパク質は水溶性タンパク質と異なり取り扱いが難しく、その分子構造を可視化するには多くの課題の克服が必要です。特に、最近誕生したXFELを用いた連続フェムト秒結晶構造解析法※3 で膜タンパク質の新規構造が決定された事例は皆無でした。今回、溝端講師らの研究グループは、重原子界面活性剤※4 を合成して膜タンパク質を標識し、SACLAの実験技術と融合することで、膜タンパク質の構造を迅速に決定する手法を開発しました。

本研究成果により、膜タンパク質の構造解明が加速して生命現象の分子レベルからの理解が進むとともに、創薬ターゲットとして重要な膜タンパク質構造を基礎とした新薬の設計・開発など、医療分野への応用も期待されます。

本研究成果は日本時間11月1日(火)午前4時、米国の科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS:米国科学アカデミー紀要)」に公開されました。

SACLAで構造を決定した膜タンパク質の全体像(A)と重原子界面活性剤の結合部位の様子(B). 電子密度図をメッシュ(紫色は重原子のヨウ素、水色はその他の原子)で描いている.

プロジェクトを推進した大阪大学の溝端栄一講師(左)、村田道雄教授(中央)、理化学研究所の岩田想グループディレクター(右).

研究の背景

膜タンパク質とは、生体膜に組み込まれたタンパク質分子です。膜タンパク質は生体膜に存在することで、外界からの物質の取り込み、排出、情報伝達、エネルギー合成といった重要な機能を担っています。また、近年は創薬ターゲットとして注目されており、膜タンパク質に結合して機能を阻害または促進する化合物が薬剤候補として盛んに探索されています。

この膜タンパク質のはたらきを分子レベルで理解するには立体構造の解明が必要です。しかし、膜タンパク質は脂質(油)となじみやすく水に溶けにくいため、生体膜の外に存在する水溶性タンパク質と比べ、立体構造の決定に時間・費用・労力がかかるなど、多くの課題が残されていました。特に、従来の技術と異なり、タンパク質の構造変化を常温で放射線損傷※5 なく微結晶を用いて観察可能な革新技術、連続フェムト秒結晶構造解析と融合した膜タンパク質の構造決定法※6 の確立が待望されていました。

研究の成果

溝端講師らの研究グループは、異常散乱効果※7 の大きい重原子であるヨウ素を含む界面活性剤を新たに合成し、これを膜タンパク質バクテリオロドプシン※8 の微結晶と混ぜるだけで、効率よく膜タンパク質の重原子標識ができることを見出しました。この微結晶の連続フェムト秒構造解析を試みた結果、異常散乱法(SAD)、重原子同型置換法(SIR)、異常散乱を用いた重原子同型置換法(SIRAS)の各手法で膜タンパク質の立体構造が決定できることを、世界で初めて実証しました。本研究ではさらに、創薬ターゲットとして重要な膜タンパク質であるGタンパク質共役受容体(GPCR)※9 にも重原子界面活性剤が利用できることを明らかにし、今回開発した新しい構造決定法が今後、多様な膜タンパク質に応用できることを示しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究で開発した新しい膜タンパク質構造決定法により、水溶性タンパク質に比べて大きく遅れていた膜タンパク質の構造解明が加速し、生命活動の仕組みの理解が分子レベルから進むことが期待されます。また、がん・生活習慣病・神経変性疾患・アレルギー等の多様な疾病に関与し、創薬ターゲットとしても重要な膜タンパク質の構造を基礎にした新薬の設計・開発など、医療分野への応用も期待されます。

特記事項

<掲載論文>
本研究成果は、米国東部時間2016年10月31日午後3時(日本時間2016年11月1日午前4時)、米国の科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS:米国科学アカデミー紀要)」に掲載されました。
論文情報:Membrane protein structure determination by SAD, SIR,or SIRAS phasing in serial femtosecond crystallography using aniododetergent. Takanori Nakane, Shinya Hanashima, Mamoru Suzuki, Haruka Saiki, Taichi Hayashi, Keisuke Kakinouchi, Shigeru Sugiyama, Satoshi Kawatake, Shigeru Matsuoka, Nobuaki Matsumori, Eriko Nango, Jun Kobayashi, Tatsuro Shimamura, Kanako Kimura, Chihiro Mori, Naoki Kunishima, Michihiro Sugahara,Yoko Takakyu, Shigeyuki Inoue, Tetsuya Masuda, Toshiaki Hosaka, Kensuke Tono, Yasumasa Joti, Takashi Kameshima, Takaki Hatsui, Makina Yabashi, Tsuyoshi Inoue, Osamu Nureki, So Iwata, Michio Murata* & Eiichi Mizohata*. PNAS(2016).(*責任著者)

<研究支援>
本研究は、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「創薬ターゲット蛋白質の迅速構造解析法の開発」と、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業のERATO「村田脂質活性構造プロジェクト」および研究加速課題「膜蛋白質構造基盤プロジェクト」と、日本学術振興会の科学研究費補助金「光感受性化学構造をもつ金属蛋白質のX線自由電子レーザーを用いた常温無損傷構造解析(15K18487)」および「生体モデル膜における脂質分子の動的配座とドメイン構造(16H06315)」の一環で行われました。また、本研究におけるデータ解析では、SACLAに併設されたスーパーコンピュータシステム「ミニ京」とHPC システムを利用しました。

<研究メンバー>
本研究は、大阪大学大学院工学研究科の溝端栄一講師、林太一博士前期課程学生、高久陽子学部学生、井上豪教授、同理学研究科の花島慎弥講師、斎木悠博士前期課程学生、垣之内啓介研究員、杉山成特任准教授、川竹悟史特任助教、松岡茂特任准教授、松森信明准教授(現・九州大学大学院理学研究院教授)、村田道雄教授(JST ERATO「村田脂質活性構造プロジェクト」研究総括を兼任)、同蛋白質研究所の鈴木守准教授、東京大学大学院理学系研究科の中根崇智研究員、濡木理教授、京都大学大学院医学研究科の島村達郎特定講師、高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室の登野健介チームリーダー、理化学研究所放射光科学総合研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクター、同利用技術開拓研究部門SACLA利用技術開拓グループの南後恵理子研究員、小林淳研究員、岩田想グループディレクター(京都大学大学院医学研究科教授およびJST研究加速課題「膜蛋白質構造基盤プロジェクト」研究代表者を兼任)等による合同研究チームにより行われました。

用語解説

※1 膜タンパク質
生体膜に組み込まれたタンパク質分子。細胞は、細胞膜によって内部と外界を隔て、細胞内にも膜状構造を組織して細胞小器官を形づくっている。膜タンパク質は生体膜に存在することで、外界からの物質の取り込み、排出、情報伝達、エネルギー合成といった重要な機能を担う。創薬ターゲットとして注目される膜タンパク質が数多くあり、それらに結合して機能を阻害または促進する化合物が薬剤候補として盛んに探索されている。膜タンパク質の構造研究は、生命科学のフロンティアのひとつである。

※2 SACLA(サクラ:SPring-8 Angstrom Compact Free Electron LAser)
理化学研究所と高輝度光科学研究センター(JASRI)が兵庫県播磨科学公園都市に共同建設した、日本初、米国に次ぐ世界2番目のX線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)施設。加速器の中で電子の集まりを正確な制御の下で一斉に振動させ、超高輝度のX線レーザーを発生させることができる(SPring-8が発生するX線の10億倍の明るさ)。国家基幹技術のひとつとして、2011年に完成した世界最先端施設である。

※3 連続フェムト秒結晶構造解析法(SFX:Serial Femtosecond X-ray Crystallography)
多数の微小結晶を含む液体等をインジェクターから噴出しながら、X線自由電子レーザー(XFEL)を連続的に照射して結晶構造を解析する新しい実験手法。従来の放射光施設での解析で通常使われる大型の結晶を調製する手間を省ける利点がある。また、結晶構造を常温状態かつ放射線による損傷のない状態(常温無損傷構造)で決定できる。SFXの応用として『時分割SFX』があり、タンパク質が機能しながら動く様子を高解像度で観測することができる革新的な技術である。

※4 重原子界面活性剤
界面活性剤とは、ひとつの分子内に、水になじみやすい「親水性」と、油になじみやすい「親油性・疎水性」の2つの部分をもつ物質で、石けんや洗剤の主成分である。膜タンパク質の疎水性表面に結合して、水に溶けやすく変化させる性質をもつ。重原子界面活性剤とは、界面活性剤の分子構造中にヨウ素等の重い原子を含むよう合成した特殊な化合物である。

※5 放射線損傷
X線のもつエネルギーによって、X線と相互作用した分子が壊れること。分子が壊れる過程で生じる電子や、壊れた分子から生成する反応性の高い分子が観察対象の分子と化学反応をする場合も含む。一般に、タンパク質結晶の放射線損傷は、X線と水の相互作用をきっかけに、X線照射後ピコ秒(1兆分の1秒)の時間スケールで水から生成する反応性の高い分子がタンパク質と化学反応することで起きることが多い。

※6 構造決定法
重原子などに由来するX線の異常散乱効果などを利用して得られた位相情報にもとづきタンパク質構造を新規に決定する方法。異常散乱法(SADやMAD)、重原子同型置換法(SIRやMIR)、それらを組み合わせたSIRASやMIRAS法がある。SFXでの成功例は数例しか報告されておらず、今回の研究成果は、膜タンパク質およびヨウ素原子で世界初となる。

※7 異常散乱効果
物質はX線を吸収するが、この吸収は物質に含まれる元素固有のX線エネルギー(吸収端)で大きくなる。その際、散乱能が急激に変化する。この共鳴効果を異常散乱効果と呼び、結晶を形づくる分子の構造を決めるのに利用される。

※8 バクテリオロドプシン
高度好塩菌の細胞膜に存在する膜タンパク質で、発色団レチナールをもつため紫色をしている。光駆動プロトンポンプとしてエネルギー変換機能を担う。初めて立体構造が解明された膜タンパク質のひとつ。膜タンパク質としては扱いやすい性質をもつため、膜タンパク質のモデル分子として各種実験に用いられている。

※9 Gタンパク質共役受容体(GPCR)
真核細胞の細胞膜を7回貫通する特徴的な構造をもつ膜タンパク質。細胞外からのシグナル(神経伝達物質やホルモン等)を受容して構造変化を起こし、細胞質側に結合している三量体Gタンパク質を介して細胞内にシグナル伝達を行う。人体には800種類以上のGPCRが存在し、多くの疾病に関与しているため、創薬ターゲットとして重要である。市販薬の約4割はGPCRをターゲットとしている。構造解析が困難な膜タンパク質のひとつとして知られており、GPCRの機構解明に重要な貢献をしたコビルカとレフコウィッツが2012年のノーベル化学賞を共同受賞した。

参考URL

SACLA-SFXプロジェクト
http://www1a.biglobe.ne.jp/sfxproject/

大阪大学大学院工学研究科構造物理化学領域
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~inoue-tken/

大阪大学大学院理学研究科生体分子化学研究室
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/murata/

研究者のコメント

膜タンパク質を効率的に標識するための重原子界面活性剤の開発過程は試行錯誤の連続でした。本研究成果をもとに膜タンパク質の新規構造が次々と解明され、生命現象の分子レベルでの理解が進むとともに、構造をもとにした創薬化学が発展し、病気で苦しむ多くの患者さんの治療につながる新薬が開発されることを願っております。

この組織の他の研究を見る

Tag Cloud

back to top