タンパク質中の原子の動き、自由電子レーザーにより動画撮影に成功

タンパク質中の原子の動き、自由電子レーザーにより動画撮影に成功

光によって水素イオンを輸送する仕組みを解明

2016-12-23

リリース概要

南後恵理子 京都大学大学院医学研究科客員研究員 兼 理化学研究所研究員、岩田想 京都大学大学院医学研究科教授 兼 理化学研究所グループディレクター、久保稔 理化学研究所専任研究員、矢橋牧名理化学研究所グループディレクター、登野健介 高輝度光科学研究センターチームリーダー、中根崇智東京大学大学院理学系研究科特任研究員、木村哲就 神戸大学大学院理学研究科特命講師、溝端栄一 大阪大学大学院工学研究科講師、Richard Neutze ヨーテボリ大学教授等による共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA の高品質な光を利用して、膜タンパク質 が働く瞬間を原子レベルで、コマ送り動画のように捉えることに世界で初めて成功しました。

タンパク質は生命において重要な役割を果たしており、機能する瞬間にその形を変えることが知られています。しかし、従来のX線結晶構造解析法 では止まっている状態しか観測できず、動いている状態の観測は困難でした。今回の研究では、XFEL施設を用いて動いているタンパク質の形を調べることができる実験装置を開発しました。また、実際にSACLAの実験で光を受けて水素イオンを輸送する膜タンパク質を使い、膜タンパク質が働く瞬間の動画撮影に成功しました。

今回の成果により、タンパク質が「動いている」状態を原子レベルで解明することができるようになりました。将来的には医薬品や機能性分子の設計開発など、医療や工業への幅広い応用も期待されます。

本研究は、12月23日午前4時(日本時間)、米国の科学雑誌Scienceに掲載されました。

背景

タンパク質は生物の重要な構成成分の1つであり、化学反応の触媒や物質の移動など様々な役割を担っています。タンパク質が働く仕組みには立体構造が深く関わっており、構造や仕組みを原子レベルで解明するためにSPring-8 などでの放射光を利用したX線結晶構造解析が用いられてきました。タンパク質が働く際には立体構造が変化しますが、従来のX線結晶構造解析ではタンパク質が動いている状態の観測は困難でした。また、従来の方法では測定中の放射線損傷によりタンパク質の動きに影響を及ぼしてしまうため、放射線の影響を取り除きつつ「動いている状態」を観測する必要がありました。

2009年以降、米国の施設やSACLAでXFELの利用が可能となり、タンパク質が動いている状態を捉える実験に期待が寄せられていました。XFELは非常に明るく、わずか数µmのタンパク質結晶で構造を決定できます。SACLAのXFELは明るいだけでなく、発光時間が10フェムト秒以下と短いため、放射線損傷が進む前の構造を観察することができます。加えて、タンパク質の素早い動きを捉えることもできます。

タンパク質が働いて構造変化する様子を捉える「時分割実験」を行うためには、タンパク質に何らかの刺激を与え、一斉に動きを開始させて測定を行う必要があります。今回の研究では、光が当たると反応を開始するタンパク質をターゲットとして、タンパク質の動きを捉えることができる方法の開発に挑みました。

研究手法・成果

共同研究グループは、連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)法ポンプ・プローブ法 を組み合わせた実験装置を開発しました。今回開発した実験装置では、タンパク質の働きを開始するための可視光レーザーを導入し、空間的・時間的に高い精度で連続的に吐出されるタンパク質微小結晶へのX線自由電子レーザーと可視光レーザーの照射を可能としました (図1) 。

また、開発した実験装置を用い、バクテリオロドプシンという膜タンパク質の構造変化を捉えることにも成功しました。バクテリオロドプシンは高度好塩菌の膜に存在するタンパク質で、発色団(可視光や紫外光を吸収する一部分の構造)であるレチナールを含んでいます。レチナールが光を受けると、その構造が変化し、細胞内の水素イオンを細胞外へ能動的に輸送するポンプとして機能します。この水素イオン輸送の仕組みは長年未解明のままであり、どのように移動が行なわれ、細胞内から細胞外へ一方通行で水素イオンが移動するのか、その解明に期待が寄せられていました。

今回の実験ではタンパク質が光を受けた後、ナノ秒からミリ秒にかけて13の時点で測定を行い、コマ送り撮影のようにタンパク質の構造変化を観察しました( 図2 、 図3 )。撮影した中間体構造は空間分解能 2.1Åで決定することに成功し、レチナールが光を受けて構造変化する動きに伴い、周辺残基が細胞内側の方向に動くことがわかりました。また、その動きによって生じた空間に、水分子とおぼしき分子が現れることも確認しました。この水分子はレチナール上の水素イオンを細胞外側に存在するアミノ酸残基の1つに受け渡す重要な役割をしており、光照射後40ナノ秒から10マイクロ秒後まで観測され、その後消失することから、水素イオン移動の際だけ現れることが分かりました。また、水素イオン移動が起こる際には、ヘリックス の大きな動きを伴うことが観測されました。水素イオン移動後には、レチナ-ルと細胞外側のアミノ酸残基が離れた状態になり、このため同一方向での水素イオン移動が達成されることも確認しました。

今回の成果は、ナノ秒からミリ秒単位の多くの時点で膜タンパク質の構造変化の撮影に成功し、タンパク質構造や水分子がどのように動いて水素イオン移動を達成するのか明らかにした初めての例となりました。

図1 タンパク質の構造変化を捉える実験方法の概略図
微小結晶をXFEL照射領域に連続的に送り、可視光レーザーを照射して、光によるタンパク質の反応を開始させる。光照射後、ナノ秒からミリ秒後に起こるタンパク質の変化をXFELによる回折像を得ることによって、調べることができる。

図2 測定を行った時点と観測されたタンパク質構造の主な変化
タンパク質が光で反応を開始してから、ナノ秒~ミリ秒における13時点でタンパク質の構造変化を追跡した。得られた構造を解析したところ、主に4種類の中間体構造をとることがわかった。紫色のリボンで描かれた部分はタンパク質の主鎖を示す。構造の内部の青と黄色の部分は動く前の構造とくらべて変化が起きたことを示し、黄色の部分にあった原子が青色の部分に移動したことを意味する。

図3 光が当たる前(ピンク)とあたってから36.2ミクロ秒後(オレンジ)のレチナール付近の構造の変化
レチナールの動きとそれにともなう近傍のタンパク質分子および水分子(Wで示されている)の動きを示した。

波及効果、今後の予定

本成果で得られた技術や実験装置を用いて、光で反応する他の種類のタンパク質の構造変化も原子レベルで解明できるようになります。今後は光で反応しない酵素や受容体など、他のタンパク質についても、光を受けてタンパク質と反応する化合物を使った実験を通してタンパク質の動く様子を捉えることが期待できます。

研究プロジェクトについて

本研究は以下の支援を受け行われました。

・文部科学省 X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「創薬ターゲット蛋白質の迅速構造解析法の開発」(研究代表者:岩田想)。
・個人型研究(さきがけ)の研究領域「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」などの科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業。

<論文タイトルと著者>
タイトル:A Three Dimensional Movie of Structural Changes in Bacteriorhodopsin
著者:Eriko Nango, So Iwata, et al.
掲載誌:Science

参考URL

大阪大学大学院工学研究科 応用化学専攻 構造物理化学領域
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~inoue-tken/

用語説明

SACLA

理化学研究所と高輝度光科学研究センター(JASRI)による日本初のX線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)施設。SPring-8 Angstrom Compact free electron Laser の頭文字を取ってSACLAと命名された。加速器の中で電子の固まりを正確な制御の下で一斉に振動させ、0.1ナノメートル以下という世界最短波長のX線レーザーを発振する。

膜タンパク質

生体膜を構成しているタンパク質で、細胞の内と外との情報伝達や物質輸送を行う。外界からの刺激に反応する受容体、イオンポンプなどの輸送体など、環境からの刺激を強く受けるタンパク質であるため、創薬の重要なターゲットとされ、その立体構造情報は非常に重要である。

X線結晶構造解析法

タンパク質の結晶を作製し、X線を照射して得られる回折データを解析することにより、タンパク質の内部の原子の立体的な配置を調べる方法。タンパク質のかたち(立体構造)や内部構造を知ることができる。

SPring-8

理化学研究所の放射光施設。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8の場合、遠赤外から真空紫外、軟X線、X線を経てガンマ線に至る幅広い波長域の放射光が得られる。

連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)法

多数の微結晶を含む液体などをインジェクターから噴出しながら、XFELを照射し結晶構造を解析する手法。配向の異なる多数の微小結晶からの回折データを連続的に収集する。

ポンプ・プローブ法

時間分解計測の中で最も広く使われている手法。ポンプ光とプローブ光の2種類の短パルス光を利用して、ポンプ光の照射によって誘起される物質内の過渡的な高速現象をプローブ光で観察する。ポンプ光の照射からプローブ光の照射までの時間差を変化させながら試料の状態を観察することで高速現象の時間発展を調べることができる。

空間分解能

近い距離にある2つの原子を区別できる最小の距離。この距離が小さいほど空間分解能が高く、より詳細な構造を見ることができる。

ヘリックス

タンパク質構造で共通して見られる形の一つで、バネのような右巻きらせんの形をしている。