2015年1月7日

リリース概要

大阪大学大学院理学研究科の松岡茂特任准教授、杉山成特任准教授、村田道雄教授らの研究グループは、脂肪酸結合タンパク質が、水分子を巧みに利用して、水に溶けないひも状分子である脂肪酸の長さを見分けるしくみを明らかにしました。

脂肪酸結合タンパク質は、細胞内の脂肪酸を運ぶトラックのような分子で、有酸素運動の燃料や炎症メディエーターの原料となる脂肪酸を細胞小器官に輸送します。今回、心臓型脂肪酸結合タンパク質が、細胞内の様々な長さの脂肪酸から特定の一種類を選ぶのではなく、エネルギー生産の燃料となる複数種類の脂肪酸をグループとして見分ける“あいまい認識”をすることが初めて分かりました。この成果は、メタボリックシンドロームや統合失調など脂肪酸が関与する疾患の分子メカニズムの解明につながると期待されます。

本研究成果は、ドイツの科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』に掲載されるに先立ち、2014年12月9日付でオンライン版として公開されました。

研究の背景

脂肪酸は栄養素であるばかりでなく、代謝調節を担う重要なシグナル分子であることが近年明らかになり、生理活性脂質としても注目を集めています。脂肪酸シグナルを遺伝子発現などの生物応答に変換する過程には、脂肪酸と結合する数多くのタンパク質が関与しています。脂肪酸のわずかな構造の違いを正確に見分けるタンパク質のしくみは、脂肪酸が関連する循環器疾患や精神疾患の分子メカニズム解明と医薬分子設計に役立つ重要な知見になります。

心臓型脂肪酸結合タンパク質(FABP3)は心臓や骨格筋に大量に存在する細胞内タンパク質で、水に溶けない脂肪酸を結合して、ミトコンドリアなどの細胞小器官に運搬する役割を担っています。FABP3の結合ポケットには、1個の脂肪酸と約13個の水が一緒に結合することが知られていましたが、水に溶けない脂肪酸を結合するのになぜ大量の水が必要なのか、これらの水を使ってどの脂肪酸を選んでいるのかは大きな謎でした(図1)。この問題の解決には、難水溶性の脂肪酸と水溶性のFABP3の結合親和性を正確に測定する方法と、結合ポケット内の柔軟な脂質分子と水分子の正確な構造の取得が鍵となりました。

手法と成果

共同研究グループは、水に溶けない脂肪酸をリポソームと呼ばれる人工細胞膜に保持することにより細胞内の状態を再現し、FABP3が脂肪酸を受け取る際に生じる反応熱を等温滴定熱量測定※1により検出することで、結合親和性を正確に評価しました(図2)。リポソームを利用しない場合は、脂肪酸が水溶液から分離してしまいFABP3との結合が見られないケースや、水中に居場所のない脂肪酸が本来よりも高い結合親和性でFABP3に結合するケースが見られ、実験の再現が困難でした(図2)。リポソームを用いることで、FABP3が10~18炭素の脂肪酸を好んで結合することを初めて明らかにしました。これはミトコンドリアでエネルギー生産に使われる脂肪酸の長さと良く一致していました。

また、大型放射光施設SPring-8※2を利用して得た超高分解能X線結晶構造※3を基に分子動力学計算※4をおこない、FABP3の結合ポケット内の水分子の役割を明らかにしました。脱脂質化※5により高純度精製したFABP3を用いることで、脂肪酸と水の結合構造を明確にとらえ、FABP3の中には2つの水クラスターが存在することを発見しました。約13分子からなる大きな水のクラスターは強固な水素結合ネットワークを形成し、20炭素より長い脂肪酸の結合を防ぐ壁として働くことがわかりました(図3)。一方、最大で約5分子からなる小さな水クラスターは強い水素結合を持たず、エネルギー損失なく脂肪酸の炭化水素鎖と入れ替ることで、10~18炭素の脂肪酸を幅広く結合するための親和性調整役として働くことがわかりました(図3)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

FABP3による水を介した脂肪酸のあいまい認識のメカニズムは、肥満細胞型や脳型などの疾患に深く関わる脂肪酸結合タンパク質※6にも共通するため、創薬研究に有用であると期待されます。また、生体内には多様な脂質分子が存在し、脂質シグナルを識別して遺伝子発現に変換する過程には、数多くのタンパク質が関与します。本研究で開発した結合親和性測定法は、脂質シグナルに関わるタンパク質群の標的分子の同定や生理機能解明にも応用できる重要な成果です。

特記事項

本研究は、独立行政法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業「ERATO村田脂質活性構造プロジェクト」の一環としておこなわれました。

掲載論文・雑誌

論文タイトル:Water-mediated recognition of simple alkyl chains by heart-type fatty acid-binding protein.
(心臓型脂肪酸結合タンパク質による水を媒介したアルキル鎖の構造認識)
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition (http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.201409830/abstract

参考図

図1 ヒト心臓型脂肪酸結合タンパク質(FABP3)の分子構造.
FABP3はβバレルと呼ばれるバケツ状の構造(シアン)と2本のαヘリックスからなるフタの様な構造(黄色)を持つ分子量15 kDaの水溶性タンパク質である.βバレル内の大きな空間に約13分子の水(ピンクまたは赤の球)が存在し,その上に1分子の脂肪酸(緑の球棒モデル)が結合する.

図2 等温滴定熱量測定によるFABP3と脂肪酸(オレイン酸)の相互作用解析.
脂肪酸を懸濁液として滴下した場合は反応が見られなかったが(左),リポソームに結合して添加した場合はFABP3-脂肪酸結合に伴う反応熱が明確に観測された(右).この方法を利用して,様々な脂肪酸のFABP3親和性を網羅的に解析した.

図3 FABP3‐飽和脂肪酸複合体の水分子ネットワーク解析.
(a)10炭素の脂肪酸(青い棒モデル)が結合したFABP3の結合ポケット内の水分子(球)ネットワーク.水素結合を形成した安定な水分子(緑)が多いクラスター1と,不安定な水分子(赤)からなるクラスター2が存在する.(b)18炭素の脂肪酸結合構造.不安定な水分子(クラスター2)が追い出されることでエネルギー損失を補償し,結合親和性が調節される.(c)22炭素の脂肪酸結合構造.18炭素より長い脂肪酸では,クラスター1の安定な水分子が追い出され,水素結合ネットワークが破壊されるため,結合親和性が大きく低下する.これらの自由エネルギー解析にはWaterMap(シュレーディンガー社製)を用いた.

用語説明

※1 等温滴定熱量測定
化学反応や結合反応を起こす組み合わせの分子を滴定により混合し、その際に生じる微小な反応熱を利用して分子間相互作用を解析する方法。

※2 大型放射光施設SPring-8
電子を光速近くまで加速し、磁石で曲げたときに出る光を用いて、さまざまな解析に利用するための実験施設。強力なX線を発生させることができるため、X線を使ったいろいろな研究に使われている。

※3 超高分解能X線結晶構造
物質の構造を調べる方法。結晶化した試料にX線を照射し、回折パターンから原子配置を決定する。

※4 分子動力学計算
コンピューター上で原子・分子の動きを再現して、実際の分子の運動や性質を予測する計算機科学の手法の一つ。

※5 脱脂質化
ヒトFABP3を遺伝子導入により大腸菌で発現した場合、大腸菌由来の脂肪酸が強く結合してしまい、様々な実験の障害になる。ここではFABP3の立体構造をいったん解いて、折りたたみ直す、リフォールディングと呼ばれる精製法を用いた。

※6 疾患に深く関わる脂肪酸結合タンパク質
例として脂肪細胞型(FABP4)、脳型脂肪酸結合タンパク質(FABP7)は、それぞれメタボリックシンドローム、統合失調などの疾患に深く関与することが指摘され、創薬標的として注目されている。

参考URL

研究室HP
http://www.jst.go.jp/erato/murata/

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