困難をついに実現?! フッ素樹脂と金属膜を強力に接着させる技術を開発

困難をついに実現?! フッ素樹脂と金属膜を強力に接着させる技術を開発

省エネかつ処理スピードの速い高周波用プリント配線板材料への応用に期待

2014-3-12

本研究成果のポイント

フッ素樹脂の表面を凸凹にすることなく、高い密着性を実現
・銀インクの塗布&低温加熱(150℃以下)のみで金属膜を作製するため、処理が簡易で、廃液処理も不要
・フッ素樹脂は、既存のプリント配線板の材料に比べて誘電特性に優れており、次世代の材料として期待

リリース概要

大阪大学大学院工学研究科附属超精密科学研究センター(センター長:遠藤勝義)の山村和也准教授、大久保雄司助教、佐藤悠(博士前期課程1年-女子大学院生)と日油株式会社の先端技術研究所から成る研究グループは、フッ素樹脂 表面が平坦なまま(フッ素樹脂を凸凹にすることなく)、フッ素樹脂と金属を強力に接着することを可能にしました(特許出願中)。

商品名“テフロン®”で知られるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)は、フッ素樹脂の中でも最も水や油をはじく材料であり、他の物質との接着が極めて困難です。研究グループは、このPTFEに対して大気圧プラズマ処理表面グラフト化 を組み合わせることにより、銀インクと馴染みの良い接着改善層をPTFE上に作製し、PTFEと金属銀膜との密着強度を飛躍的に高めることができました( 図1 )。今後は、PTFEが高周波用プリント配線板 ( 図2 )の材料として利用されることが期待されます。

本研究成果は、平成26年3月13日に開催される表面技術協会-第129回講演大会(東京理科大学)にて報告されます。

研究の背景

携帯電話や通信回路などの電子機器においては、動作周波数 を上昇させCPU の処理スピードを速める努力が続けられていますが、動作周波数の上昇により、信号の減速や消費電力の増加といった技術課題が生じています。これらの課題を解決するため、プリント配線板材料の見直しが検討されています。プリント配線板の樹脂材料の誘電特性 が良好なほど(誘電率誘電正接 が低いほど)、信号の減速が少なく、消費電力の損失を抑えることができることが既にわかっています。PTFEは、既存のプリント配線板材料よりも誘電特性に優れているので、既存材料に取って代わる高周波用プリント配線板の材料として期待されています。

しかし、フッ素樹脂は表面エネルギーが非常に低く、他の物質との接着が極めて困難です。薬剤(Naナフタレン錯体溶液)によって密着性を改善する方法がありますが、この方法は樹脂表面を凸凹にして密着力を上げるため、樹脂基板の凸凹の影響を受けて電流の流れが悪くなってしまうという問題が生じます。さらに、金属配線の幅を樹脂の凸凹より狭くすることできないため、デバイスの小型化の妨げにもなります。つまり、(1)樹脂基板は平滑なまま、かつ(2)金属との密着性を良好にする技術が求められていました。

研究の内容

大阪大学の超精密科学研究センターでは、プラズマを利用した形状創成(Figuring)、表面仕上げ(Finishing)、表面機能化(Functionalization)からなるF3テクノロジーズの開発に取り組んでおり、今回の研究内容は高分子の表面機能化の一環です。一方、日油(株)ではインクジェット塗布によるパターニングが可能であり、低い硬化温度(150℃以下)で導電性の高い銀薄膜を形成できる銀インクを開発しています。

大阪大学と日油(株)との共同研究グループは、大気圧プラズマ処理と表面グラフト化によるPTFE表面機能化と低温で固まる銀インクとを組み合わせることにより、(1)PTFE基板は平滑なまま、かつ(2)金属との密着性を良好にする、という二つの要求を満たすことに挑戦しました( 図3 )。

未処理のPTFE上に銀インクを塗布して熱処理(硬化)すると銀膜はセロハンテープにより簡単に剥離しましたが、本技術を適用したPTFE上ではセロハンテープを押し付けて剥がしても、銀膜が剥離しませんでした( 図1 )。これにより、フッ素樹脂の表面にも高い密着性を有する金属膜を作製できることを実証しました。PTFEと銀膜とを引き剥がす力(密着強度)を測定したところ、製品規格値に近い値(0.6 N/mm)が得られました( 図4 )。また、プラズマ処理前後のPTFE表面および表面グラフト化前後のPTFE表面を観察しましたが、表面の粗さは変化していませんでした。以上より、本技術は、前述した2つの目的を同時に達成できることを示しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

・本技術は、フッ素樹脂基板の表面を凸凹にすることなく、高い密着性を有する金属膜を作製できました。
→ フッ素樹脂をプリント配線板の材料として利用することは非現実的でしたが、本技術によりフッ素樹脂を高周波用プリント配線板材料として検討できるようになりました。

・インクジェット塗布が可能な銀インクを用いることにより、必要な部分のみに配線パターンを形成する、いわゆるドロップオンデマンド方式によりフッ素樹脂上でも電気回路が作製できます。
→ エコフレンドリーな高周波用プリント配線板の作製が期待できます。

・フッ素樹脂と異種材料を貼り合わせる新規手法を示しました。
→ 今後、本技術はフッ素樹脂の用途拡大に貢献することが期待できます。

参考図

図1 テープ剥離試験結果の比較

図2 プリント配線板の一般例(関西電子工業(株)HPより抜粋)

図3 従来技術と本技術における PTFE 金属化の手順(概念図)

図4 密着強度試験結果の比較

参考URL

大阪大学 大学院工学研究科 精密科学・応用物理学専攻 精密科学コース(遠藤研究室)
http://www.prec.eng.osaka-u.ac.jp/psthomepage/lab/endo/index.html

大阪大学 超精密科学研究センター
http://www.upst.eng.osaka-u.ac.jp

大阪大学 超精密科学研究センター 遠藤研究室
http://www.upst.eng.osaka-u.ac.jp/endo_lab/index.html

用語説明

フッ素樹脂

フッ素と炭素が主成分のプラスチック 化学的に不活性で、表面エネルギーが極めて低い材料です。水や油を弾き、汚れが極めて付着しにくいので、現在はほとんどのフライパンにフッ素樹脂がコーティングされています。長所が短所にもなり、接着性が極めて悪く、他の材料と組み合わせて使用することが難しいため、用途が限定されています。

プリント配線板

樹脂基板上に銅で配線が描かれたもの 緑色やオレンジ色の樹脂基板が多く使われており、ほとんどの電子機器の中に入っています(図2参照)。

プラズマ処理

プラズマにより、材料表面の活性(反応性)を高める処理 プラズマとは、気体中の分子が局所的にはイオンと電子に分かれているが全体としては中性を保っている状態であり、固体・気体・液体に次ぐ第4の状態と言われています。プラズマ中に材料を入れると、プラズマ中のイオンや電子が材料表面に衝突し、材料表面の結合が切れるため、未結合手を持った原子が生成されます。未結合手の原子は不安定であり、早く手を繋ぎたい状態であるため、反応性が高い表面となります。 通常は真空容器内を真空ポンプで減圧した状態でプラズマを発生させますが、本技術では大気圧下でプラズマを発生させるため、高価な容器やポンプが不要となり、プラズマ処理の低コスト化や大量処理が可能です。

表面グラフト化

樹脂基板の表面に異なる物性の分子鎖を結合させる(植える)こと 本技術では、銀との親和性が良い窒素原子を含む分子鎖をプラズマにより反応性を高めておいたPTFE表面と反応させ、強固に結合させました。

動作周波数

CPUが処理の歩調を合わせるために用いる信号が、1秒当たり何回発生するかを示す値 クロック周波数とも呼ばれます。一般的に、動作周波数が高いほどCPUの処理速度(動作速度)が速くなります。

CPU

セントラル・プロセッシング・ユニットの略で、中央処理装置のこと パソコンの中心となり、パソコン全体の処理・計算を行います。CPUの性能が、そのパソコンの性能を決定します。

誘電特性

電気を流さない絶縁材料の電気的特性 絶縁材料に電圧を加えると分極が起こり(絶縁体内に正と負の電荷が発生し)、この分極の度合いが「誘電率」で表され、分極により生じるエネルギー損失の度合いが「誘電正接」で表されます。

誘電率

分極の起こりやすさを示す値 誘電率が高い材料は、分極が起こりやすい材料と言えます。分極が大きい材料ほど、信号を減速させることがわかっています。よって、プリント配線板の材料としては、誘電率が低く、信号を減速させない材料が好まれます。

誘電正接

交流電圧をかけた時のエネルギー損失の度合いを示す値 絶縁材料に交流電圧をかけると、電圧の向きが変わるたびに分極の正負が入れ替わるので、入れ替わる時に摩擦熱が発生し、エネルギーを損してしまいます(エネルギーを無駄に消費してしまいます)。よって、プリント配線板の材料としては、誘電正接の値が低く、エネルギー損失の少ない材料が好まれます。