フッ素樹脂の表面改質状態を超長寿命化

フッ素樹脂の表面改質状態を超長寿命化

フッ素樹脂の利用用途の拡大に期待

2017-1-25

本研究成果のポイント

熱アシストプラズマ処理によりフッ素樹脂の密着性が大幅に向上(くっつけたゴムが材料破壊するレベル)
表面改質の寿命を大幅に伸ばすことに成功(高密着性が1年以上持続)
・改質寿命が長いため産業上のメリット大 → フッ素樹脂の利用用途の大幅な拡大に期待

概要

大阪大学大学院工学研究科附属超精密科学研究センターの山村和也准教授、大久保雄司助教らと兵庫県立工業技術センターの柴原正文研究員、長谷朝博研究員、本田幸司研究員の研究グループは、フッ素樹脂 に対して 加熱しながらプラズマ処理 (熱アシストプラズマ処理 )することで高密着性を実現し、さらに、その表面改質 寿命 を1年以上持続させることに世界で初めて成功しました。

これまで、プラズマ処理で樹脂の表面を改質すると、その改質寿命が短く、例えばプラズマ処理直後に接着しなけ れば、密着性が低下してしまうという問題がありました。今回、山村和也准教授らの研究グループは、フッ素樹脂にプラズマ処理してから1年間放置しておいた後に熱圧着しても、フッ素樹脂とゴムが強力にくっつくことを示し、改質寿命が極めて長いことを実証しました。接着工程の制限が大きく緩和されるため、フッ素樹脂の利用用途の大幅な拡大が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「RSC Advances」に、1月20日(金)23時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

大阪大学の山村准教授と大久保助教らの研究グループは、高分子材料の表面に大気圧プラズマを照射し、表面を活性化して異種材料同士 の密着性を向上させる研究に取り組んできました。とりわけ、高分子材料の中で最も不活性なフッ素樹脂を対象として研究を進めており、加熱しな がらプラズマ処理(熱アシストプラズマ処理)することで、接着剤を用いるこ となく銀インク膜銅ペースト膜無電解銅めっき膜ブチルゴム 等をフッ素樹脂に対して強力に接着できるという他に類を見ない成果をプ レスリリース、学会発表、展示会を通じて発信してきました。

研究の内容

一般的に、プラズマ処理した樹脂の表面改質寿命は、非常に短いこと が知られています。改質寿命が短いと、プラズマ処理直後に接着を行わ なければならず、実用化する上で大きなデメリットとなっていました。接着 剤を使用することなくフッ素樹脂の高密着性を実現するだけでも熱アシス トプラズマ処理の効果は十分と言えますが、さらに、1年以上経過しても 高密着性が持続することを明らかにしました (図1参照) 。熱アシストプラ ズマ処理で表面改質したフッ素樹脂の水に対する濡れ性 は1年以上経過してもほとんど変わらず、プラズマ処理で 生成した過酸化物ラジカル の80%以上が約1年経過しても残存していることが確認されました。今後は、超長寿 命性を実現した要因を解明し、フッ素樹脂以外の樹脂への応用展開が検討される予定です。


図1 高密着性と超長寿命性の両方を実現した熱アシストプラズマ処理の効果(白:フッ素樹脂、青:ブチルゴム):プラズマ処理してから1年後にくっつけてもゴムが材料破壊

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、プラズマ処理直後に急いで接着する必要がなくなり、接着工程の制限が大きく緩和されます。 熱アシストプラズマ処理するとフッ素樹脂の高密着性が長期間持続するため、プラズマ処理装置を持たない企業も接 着性に優れたフッ素樹脂を利用可能となり、フッ素樹脂の用途が大幅に拡大すると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2017年1月20日(金)23時(日本時間)に英国科学誌「RSC Advances」(オンライン)に掲載さ れました。
タイトル:“Adhesive-free adhesion between polytetrafluoroethylene (PTFE) and isobutylene–isoprene rubber (IIR) via heat-assisted plasma treatment”
著者名:Y. Ohkubo, K. Ishihara, H. Sato, M. Shibahara, A. Nagatani, K. Honda, K. Endo, and K. Yamamura

なお、本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業(基盤研究C)の一環として行われました。

参考URL

・大阪大学 工学部 応用自然科学科 精密科学コース(遠藤研究室)
http://www.upst.eng.osaka-u.ac.jp/endo_lab/index.html

・超精密科学研究センター
http://www.upst.eng.osaka-u.ac.jp/

・関連する研究成果(1)平成26年3月プレスリリース
困難をついに実現?!フッ素樹脂と金属膜を強力に接着させる技術を開発
―省エネかつ処理スピードの速い高周波用プリント配線板材料への応用に期待―
http://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2014/20140312_3

・関連する研究成果(2)平成26年9月プレスリリース
また困難を実現?!接着剤を使用せずフッ素樹脂とゴムを強力に接合
―安全性の高いオイルフリーな注射器のピストンなどへの応用に期待―
http://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2014/20140908_1

・関連する研究成果 (3) 平成28 年1月プレスリリース
接着剤を使わずにフッ素樹脂と金属を強力にくっつける技術
―大阪大学×積水化学工業×日油の協力体制で実用化を加速!―
http://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2016/20160119_1

用語説明

熱アシスト

熱アシストプラズマ処理:

加熱しながらプラズマ処理すること。

投入電力の増加によりプラズマの自然昇温で加熱する場合と低投入電力でヒーターによる外部加熱を組み合 わせる場合の二通りがあります。熱アシストプラズマ処理すると、表面改質(表面にラジカルと官能基が生成)が起 こるだけでなく、表面が硬くなり、脆弱層が修復されることがわかっています。

プラズマ処理

プラズマにより、材料表面の活性(反応性)を高める処理。

プラズマとは、気体中の分子が局所的にはイオンと電子に分かれながらも、全体としては中性を保っている状態 であり、固体・気体・液体に次ぐ第4の状態と言われています。プラズマ中に材料を入れると、プラズマ中のイオン や電子が材料表面に衝突し、材料表面の結合が切れるため、未結合手を持った原子が生成されます。未結合 手の原子は不安定であり、早く手をつなぎたい状態であるため、反応性が高い表面となります。

フッ素樹脂

フッ素と炭素が主成分のプラスチック :

化学的に不活性で、表面エネルギーが極めて低い材料です。水や油をはじき、汚れが極めて付着しにくいので、 現在はほとんどのフライパンにフッ素樹脂がコーティングされています。一方で、その材質は短所にもなり、密着性 が極めて悪く、他の材料と組み合わせて使用することが難しいため、用途が限定されています。

表面改質

元々の材料の性質は維持したまま表面のみの性質を変化させること 。

例えば、モノがくっつきにくい材料の表面の性質を変化させてモノがくっつきやすくしたり、汚れやすい材料の表面 の性質を変化させて汚れが付着しにくくしたりします。フッ素樹脂に熱アシストプラズマ処理した場合の表面改質と は、表面にラジカルや官能基が生成し、異種材料がくっつきやすくなることを意味します。

銀インク膜

銀塩インクを加熱・焼結して得られる銀膜のこと 。

有機化合物と銀との金属塩化合物(銀塩化合物)を溶剤に溶解したインクです。インクジェット印刷機を用いて このインクで回路パターンを描画し、焼成することで電子部品等の導電配線を形成できます。

銅ペースト膜

銅ペーストを加熱・焼結して得られる銅膜のこと 。

銅粒子、樹脂、および溶剤を混合したペーストです。スクリーン印刷機などを用いてこのペーストで回路パターン を描画し、焼成することで電子部品等の導電配線を形成できます。

無電解銅めっき膜

銅イオンを化学的に還元析出させて得られる銅膜のこと 。

めっきには「外部直流電源を用いて金属イオンを還元析出させて金属膜を形成する電気めっき」と「還元剤を 添加して金属イオンを還元析出させて金属膜を形成する無電解めっき」があります。前者は導体(電気伝導体) にしかめっきできませんが、後者は樹脂等の絶縁体(不導体)にもめっきが可能です。

ブチルゴム

気密性の高いゴムの一種 。

正式名は、イソプレン-イソブチレン-ゴムと呼ばれ、IIR と略されます。気密性が高いため、注射器のガスケット部分等に利用されます。

濡れ性

固体表面に対する液体の濡れ広がりやすさ 。

濡れ性は、接触角測定によって定量化(数値化)されます。「固体と液体の界面の線」と「滴下した液体の端に おける接線」との角度が接触角です。濡れ性を確認することで、表面が変化したかどうかを簡易的に判断できます。

過酸化物ラジカル

過酸化物を含むラジカル(-O-O・)のこと 。

過酸化物とは、ペルオキシ構造(-O-O-)を含む分子です。ラジカルとは、不対電子を持つ原子および分子で す。よって、過酸化物ラジカルは、「-O-O・」で表されます。フッ素樹脂にプラズマ処理を行うと、「C-F」結合また は「C-C」結合が切断されて「C・」が生成し、空気中の酸素と反応して「C-O-O・」が生成するため、表面の反応性が高まります。