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阪大発祥 ひとあじちがう培養肉

肉の再現、未来の食や医療を変えうるポテンシャル

工学研究科 教授 松﨑典弥

2021年8月、大阪大学大学院工学研究科の松﨑典弥教授らのグループが、ある研究成果を発表した。「3Dプリンターを使って和牛の霜降り培養肉を再現」。将来の食料不足を見据えた研究は、ひときわ斬新な手法もあって話題を呼んだ。培養肉を作る技術は民間企業との協業で着実に進み、2025年大阪・関西万博への出展後には社会実装を目指している。しかし、この技術には、実は食用とは別の大きな目的がある。人の細胞を培養してリアルに再現する技術につなげ、再生医療や薬効の確認など医療面へ貢献するという目的だ。

阪大発祥 ひとあじちがう培養肉

“リアルな牛肉”のもつ意味

培養肉は、世界的な人口増加に伴って供給不足が懸念される「タンパク質危機」への備えとして、各地で研究が進んでいる。また、水や飼料の大量消費、畜牛からのメタンガス発生など、畜産過程で生じる環境負荷の要因を軽減する効果も期待されている。

松﨑教授らの培養肉の製造は、和牛から肉を採取することから始まる。筋肉、脂肪、血管の細胞を培養して増やし、別々に3Dプリンターで直径1ミリ以下の線維状に形成。それらをいくつも束ねて塊にすれば、サシ(脂肪)の入った牛肉が完成する。筋肉や脂肪の割合は自在に調整できる。現状の手作業では1.5センチ四方ほどの塊だが、小さいながらも肉の構造を持っているのが重要なポイントだ。

松﨑教授は23年11月末、シンガポールのレストランで培養肉を使ったパスタなどを食べる機会を得た。肉を作っている会社を見学させてもらうと、増殖しやすい性質を持つトリの「繊維芽細胞」を大規模な設備で培養したうえで、植物由来の代替肉を混ぜる作り方だったという。「筋肉や脂肪の構造を再現したわけではない。味は悪くなかったが、基本は植物性の成分なので、肉に近づけるために食感や香りなどを出す添加物を入れる必要もある」。代替食品としての意義や可能性は認めながらも、「それを肉と呼べるのか」という以前からの疑問は解消できなかった。

筋肉や脂肪まで再現した培養肉であれば、代替肉をベースとした食材と違って食品添加物を加える必要がないと考えている。「普通の肉を調理する段階で添加物を入れることがないのと同じ。それだけでちゃんと肉の味がする。そこを目指したい」。

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万博出展、そして社会実装へ

松﨑教授は、培養肉を巡って長年共同研究を続けるTOPPAN(当時凸版印刷)や伊藤ハム米久など4企業とともに23年3月、「培養肉未来創造コンソーシアム」を設立した。培養肉の社会実装を目指し、肉の大型化に向けて細胞を大量に培養する技術や、現状は手作業という束ねる作業の自動化などに取り組む。

コンソーシアムは、2025大阪・関西万博に大阪府・市が出展する「大阪ヘルスケアパビリオン」に参加する。来場者が自らのアバターを通して、2050年を想定した「ミライの都市生活」を体験するというコンセプトの中、「ミライのキッチン」に培養肉の自動製造装置を展示する方向で準備を進める。

松﨑教授はさらにその先を見据え、培養肉に「付加価値」をつけようと歩を進める。「培養液や培養方法で、味に関わる特定の不飽和脂肪酸などを出す方法が分かってきた」という。味に加えて栄養面もコントロールできれば、よりおいしく、より健康にいい肉を提供できるようになるかもしれない。「代用でなく、それを食べることが目的の肉に」。そんな理想像を描く。

コンソーシアムは発足後、参加を希望する企業がさらに10社ほど名乗りを上げており、より大きな組織になる見通し。肉を採取して培養し束ねる作業までの自動化、パッケージや輸送までのサプライチェーンを構築し、2030年ごろには培養肉販売をビジネスとしてスタートさせる計画だ。ただし、現状で食用として培養肉が認可され、販売が許可されている国はシンガポールとアメリカだけで、日本にはまだ法的な枠組みがない。「まずは海外でスタートし、規制基準が整ったら日本で始めたい」と話す。

医療を見据えた培養技術

松﨑教授が本物の肉の再現を目指すのは、他にも理由がある。筋肉、脂肪、血管の構造を備えた組織体が再現できれば、その技術は人間にも有用と考えるからだ。

医療面では現在、公益財団法人がん研究会などとともに、治療に最適な抗がん剤を選ぶための研究を進めている。患者のがん細胞を採取して体外で性質を変えずに培養し、複数の抗がん剤の効果を確かめる手法を開発。患者の遺伝子変異を調べて薬を選ぶ従来の方法よりも効率的に最適な薬を選択でき、患者の身体的、経済的な負担軽減に役立つ可能性がある。臨床試験を経て一定の効果が確認できれば、2025年にも先進医療の適用を目指す。

また、乳がん摘出後の乳房再建にも技術を生かそうと取り組む。乳房再建で使用されるシリコン製インプラントは、位置のずれによる再手術や、まれにリンパ腫発生などのリスクが指摘されている。また、患者自身の脂肪を移植する自家組織再建も、身体への負担が大きく、生着率にばらつきがあるなどの課題がある。

松﨑教授は「生着しないのは、血管が機能せず、栄養が届かないから」と考え、患者の脂肪を培養して血管構造を持つ脂肪を構築することに成功。マウスを使ったこれまでの実験で高い生着率を確認し、より大きな動物を使った実験に近く取り掛かる。

松﨑教授は、研究を知った乳がんの患者から「臨床試験をするなら、ぜひ参加したい」とメールをもらった。「乳房再建自体を待ち望んでいる患者さんは多く、切実な想いを痛感した」という。

培養肉を作る背景には、医療面で人間を救う技術への思いがある。



◆プロフィール
松﨑典弥(まつさき みちや)
2003年9月 鹿児島大学大学院理工学研究科博士後期課程 短期修了。博士(工学)。03年4月日本学術振興会 特別研究員、05年4月大阪大学大学院工学研究科特任助手(常勤)に採用。助手、助教、准教授を経て、19年8月から現職。創薬や再生医療に役立つ三次元生体組織モデルの構築を目指す研究に取り組む。

■参考URL

工学研究科 松﨑研究室

http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~matsusaki-lab/

(本記事は、2024年2月発行の大阪大学NewsLetter90号に掲載されたものです。)

(2023年12月取材)