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感染症から「いのち」と「暮らし」を守る

阪大だからこそできる未来社会への備え

金田 安史 統括理事・副学長

新型コロナウイルス感染症「COVID-19」の流行は、日本が抱える課題を浮き彫りにした。テレビやインターネットに氾濫する真偽不明の情報、軽視されていた感染症の基礎研究、感染症の流行に弱い医療体制──。これらを教訓に今回の流行を乗り越え、次の新興・再興感染症に備える必要がある。このため大阪大学は、大学の知や人材が結集する「感染症総合教育研究拠点」を2021年4月に設置する。学内外、国内外の機関や産業界と連携し、科学的エビデンスに基づいた社会への情報発信や、感染症に関する基礎研究、ワクチン・治療薬・診断薬等の研究開発、医療従事者の教育に中長期的に取り組む構えだ。

感染症から「いのち」と「暮らし」を守る

新型コロナで見えた課題

 拠点設置に奔走する金田安史 統括理事は、コロナ禍で明らかになった課題のうち、情報発信、感染症対策の研究開発、医療体制の3点に注目した。

新型コロナに関する情報は様々なメディアで飛び交い、情報に踊らされた人も多い。トイレットペーパーの買い占めも起こった。世界保健機関(WHO)は、インフォメーション(情報)とエピデミック(流行)を組み合わせた造語「インフォデミック」を用いて不正確な情報の拡散を警告した。

 日本は、新たな感染症への備えは決して十分ではなかった。ワクチンの研究開発では、欧米では迅速にRNAワクチンが開発され、接種が昨年12月に始まった。通常ワクチン開発には10年かかるとされるが、新タイプとはいえ1年未満の超短期間でできたのもコロナ前から感染症やワクチン開発に十分な支援が続いていたためだ。

金田理事は「日本では、ワクチン開発や感染症分野に投じられる研究費は少なかった。感染症は、いつ、どこで、どの病原体で起こるのか見通しが立つものではない。他の分野より優先順位が低くなるのも分かるが、がん研究とはあまりにも対照的だ。コロナ禍の前にも、コロナウイルスを専門とする研究者がいたのだが、資金がつかずに十分な研究ができず、今回のコロナ禍に対する貢献ができなかった」と指摘する。

 さらに、諸外国に比べ感染者数が少ないにもかかわらず、感染症に対応できる医療機関が高度先進医療を担う機関に集中していることで医療体制が逼迫し、国内の医療システムの脆弱性も明らかになった。

今後も発生する新興感染症

 人類の歴史は、感染症との闘いの歴史だ。天然痘やペスト、スペイン風邪などが多くの命を奪い、近年もエボラ出血熱やエイズなど新たな感染症が多数発見されている。2002〜03年に中国などで流行したSARS※1や、2012年に確認されたMERS※2など人獣共通のものが多い傾向にある。世界中を人が行き交うグローバルな経済社会を今後も維持する限り、感染症の発生・流行は避けられないだろう。

※1 重症急性呼吸器症候群

※2 中東呼吸器症候群

「次」に備え、阪大に研究開発拠点設置

 日本は、多くの犠牲者が出た100年前のスペイン風邪の教訓を既に忘れ、SARSやMERSは流行しなかったがために、危機を意識せず、次への備えにまで繋がらなかったのが実態だ。コロナ禍に直面する私たちは、今度こそ教訓を生かし次に備えねばならない。

 アカデミアにできることは何か?大阪大学は、コロナ後の社会に必要となる「感染症総合教育研究拠点」の設置を決めた。金田理事は「検討を始めた2020年3月頃、既に医学系研究科や微生物病研究所が複数のワクチン開発研究を進めていたため、そのための研究資金を集める方針だった。ところが、学内では他にも高精度のウイルス検出や、消毒剤の研究、タンパク質情報の解析と公開など、未知のウイルスに対抗する研究成果が至る所にあり、連携すれば予防や治療、診断等に大いに有効だろうと考えた」と話す。

総合力で勝負できる阪大にしかできないこと

 感染症が専門の研究機関との違いや、阪大が拠点となるメリットは何なのか?

拠点は、先の三つの課題に対応し、情報発信、研究開発、感染症教育の3部門からなる予定だ。行政や企業等と協力して研究開発を進め、必要に応じて異分野の専門家が一所に集まってデータを共有して議論し、社会に発信し政策提言をする。

 金田理事は「東京にある国立感染症研究所は、発生した感染症の実態の解析などミッションが決まっている。明らかになった課題は、単一の分野だけで解決できるものではない。大阪大学がこれから取り組むことは、『いのちと暮らしを守る』ための学際的かつ共創的な活動になる。研究で言えば、微生物病研究所を有するので、感染症やウイルスに関する基礎研究、ワクチン開発研究にも取り組むが、免疫学などの医学・生命科学分野のほか、自然科学、工学、人文社会科学分野などの多様な切口でも感染症に立ち向かう。中長期の時間軸では、大学ならではの多様性と自由さが存分に活きる。さらに拠点にすることで、これまでは分散していた文理を問わず蓄積された多様な知見や、医学部附属病院などの臨床現場からの情報が集約・共有され、研究を進展させ、より正確な情報発信に繋げていくことができる。研究型総合大学だからこその利点だ。」と大きな可能性に熱を込める。
 特に、市民が自分たちのいのちや暮らしを守るためには、新たな感染症を必要以上に恐れることのないよう科学リテラシーを育むことが欠かせない。そのためには、科学的根拠に基づいた信頼性の高い情報が必須だ。また、例えば人文社会科学の研究者が、新興感染症に関する最新の研究情報をいち早く得ることで、社会に届きやすい言葉に変換したり、政策決定に繋がる専門委員会などでの発言が期待できる。

 また、医療従事者の人材育成の面でも阪大は強みを活かす。医学部を中心として、新興感染症に対応するための教育プログラムを実施する計画だ。学外にも開放し、1万人規模の受け入れを予定。

 金田理事は「拠点を国際空港がある大阪に設ける意味も大きい。東京一極集中を避けた地点から、自由に提言できることも重要だ」と指摘する。これまでに培われた社会実装の実績とアジアをはじめ国内外との強いネットワークがある阪大だからこそ、拠点として機能する。その重要性は今後さらに増すだろう。
 社会との共創で、その成果に一層磨きがかかることが期待される。

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◇ コロナ新時代における大阪大学の取り組みは、以下をご覧ください。

   http://osku.jp/s0689

(本記事の内容は、2021年2月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

(2021年1月取材)