芥川賞・直木賞と寿命の関係
Column. となりの研究者さん
経済学研究科・教授・大竹文雄
大阪大学の研究者が身の回りのできごとを自身の研究と絡めて綴るコラム。 今回は、NHK「オイコノミア」でもおなじみの経済学者、大竹文雄教授が登場!
毎年1月中旬には、芥川賞と直木賞の発表がある。芥川賞は純文学を対象として無名あるいは新人作家に与えられ、直木賞は大衆文学を対象として主に中堅作家に与えられる。受賞者には、正賞として懐中時計、副賞として100万円が贈呈される。それだけではなく、芥川賞・直木賞ともに、受賞者は小説家としての評価を確定させ、その作品がベストセラーとなることも多い。大阪大学の関係者では、第19回(1944年)の岡田誠三、第42回(1959年)の司馬遼太郎、第60回(1968年)の陳舜臣と、3名の大阪外国語大学の卒業生が直木賞を受賞している。
どちらも非常に名誉ある文学賞であるが、実はこの二つの賞は、受賞者の健康に正反対の影響を与える。私たちが行った研究によれば、芥川賞の受賞者は、候補になったけれど受賞しなかった作家よりも約3年長生きする。一方、直木賞の受賞者は、候補になったけれど受賞しなかった作家よりも約3年短命になる。
賞の受賞者の寿命を調べることにどういう意味があるのか、と不思議に思われるかもしれない。実は、この研究は社会的格差が健康に与える影響に関する分析の一つなのだ。一般に社会的地位が高い人や所得が高い人の方が、貧困な人たちよりも平均的に健康で寿命が長い。しかし、この事実から所得格差が健康格差をもたらすとは言えない。なぜなら、健康な人がより多く働き高い地位や所得を得ているかもしれないからだ。同じような能力や健康な人たちの間で、社会的地位や所得の格差が偶然に異なる事態があれば、所得格差から健康格差への因果関係を特定することができる。賞の候補者の中で受賞者と非受賞者の差は、この因果関係を特定する絶好の機会なのだ。
純文学の新人賞である芥川賞の場合は、所得を高めることが寿命を長くし、大衆文学の中堅作家向けの直木賞の場合は、多忙になりすぎて健康を悪化させる効果の方が大きいのだろう。大統領や首相になった人は選挙で敗れた候補者よりも短命だという研究もある。この研究結果を聞いた直木賞作家の西加奈子は「3年寿命が短くなっても欲しかった」と述べていた。読者の皆様には、健康には十分留意して今年も活躍されることを祈念したい。
●大竹文雄 ―Fumio Ohtake―
社会経済研究所(2018年4月~経済学研究科)・教授(経済学)
1983年京都大学経済学部卒業、85年大阪大学経済学研究科修了。同年大阪大学経済学部助手、88年大阪府立大学経済学部講師、90年大阪大学社会経済研究所助教授を経て、2001年同教授。18年4月から経済学研究科教授。
(本記事の内容は、2018年2月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)