将来の報酬と損失に対する非対称な時間割引(符号効果)の脳内メカニズムを解明

将来の報酬と損失に対する非対称な時間割引(符号効果)の脳内メカニズムを解明

肥満や多重債務などの社会問題解決への、脳科学からのアプローチに期待

2014-4-16

本研究のポイント

・将来の報酬と損失に対する非対称な時間割引パターン(符号効果)の脳内メカニズムを解明した
・符号効果の見られた群と見られなかった群では、将来の損失に対する脳活動に差が見られた
・符号効果との関連が指摘されている社会問題の予防・解決へ脳科学から貢献できる可能性

概要

大阪大学・社会経済研究所の田中沙織准教授(当時、現(株)国際電気通信基礎技術研究所)、山田克宣講師(当時、現近畿大学)、大竹文雄教授らのグループは、将来の報酬と損失に対する非対称な時間割引(符号効果)の脳内メカニズムを解明しました。符号効果は肥満や多重債務などの社会問題との関連性が近年の経済学研究にて指摘されており、この研究成果は、脳科学の視点からこれらの社会問題の予防法や解決策の開発に役立つことが期待されます。

本成果は米国科学雑誌「ジャーナル オブ ニューロサイエンス (The Journal of Neuroscience)」(2014年4月16日発行、米国東部時間) に掲載されます。

研究の背景

私たちは将来のことを予測する際に、将来もらえる報酬を割り引いて考えること(時間割引)、また報酬に比べて損失は割り引かない傾向があることが知られています。これはつまり、1ヶ月後に1万円を受け取る場合と1ヶ月後に1万円を失う場合では、失う1万円の方が受け取る1万円より今の時点で大きく感じられる、ということです。経済学では、この報酬と損失の時間割引の非対称性は「符号効果」と呼ばれます。ただし、符号効果は全ての人に観察されるわけではありません。近年、符号効果の有無が、肥満や喫煙、多重債務などと関係していることが指摘されています。しかし、符号効果の神経科学的なメカニズムは明らかにされていませんでした。

研究内容と成果

私たちは、「符号効果」のメカニズムを明らかにするため、すぐにもらえる小さい報酬と、時間がかかるが大きな報酬の二択を行う「異時点間選択課題」( 図1 )を、報酬及び損失に対して実施し、参加者の報酬及び損失に対する時間割引率を推定しました( 図2 )。そして、符号効果の見られた群(損失の割引率が報酬よりも小さい)と符号効果の見られなかった群の脳活動を機能的磁気共鳴画像診断装置(fMRI)により比較したところ、損失に対する脳活動に差が見られました( 図3 )。具体的には、符号効果の見られなかった群では、損失までの時間遅れに対する線条体の活動および、損失の大きさに対する島皮質の活動が、符号効果の見られた群と逆のパターンだったことがわかりました。一方、報酬に対する脳活動には、両群で差は見られませんでした。また、各群での報酬と損失に対する脳活動のパターンを比較すると、符号効果の見られた群では、報酬よりも損失において時間遅れや大きさに対してより大きく活動しているのに対して、符号効果の見られなかった群ではその活動パターンは見られませんでした。この結果は、脳活動における「損失に対する過大な反応」の欠如が、符号効果の欠如の原因である可能性を示唆しています。

本研究成果が社会に与える影響

「符号効果」は行動経済学において人々の行動特性を示す指標の1つとして知られており、近年の研究で符号効果が見られなかった群では、見られた群よりも肥満や多重債務、喫煙の割合が有意に高かったという報告がされています。本研究成果は、これらの社会問題の解明や予防、解決に脳科学から貢献できる可能性を示唆しており、社会的にも重要な成果です。

論文掲載情報

Saori C. Tanaka, Katsunori Yamada, Hiroyasu Yoneda, and Fumio Ohtake. “Neural mechanisms of gain-loss asymmetry in temporal discounting” The Journal of Neuroscience (4月16日)

特記事項

本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム(URL: http://brainprogram.mext.go.jp/ )により実施された「社会的行動を支える脳基盤の計測・支援技術の開発 (課題D)」の成果です。

参考図

図1 異時点間選択課題
実験では、経済学で一般的に使われる質問(アンケート)方式ではなく、言語機能や金利に関する知識などの影響を受けにくい、動物の心理実験で用いられる手法を用いました。すぐに小さい金額が得られる図形と、それよりも時間がかかるけれど大きい金額が得られる図形を選択する「異時点間選択課題」において、時間遅れを変化させて、実験参加者の選択を調べました。符号効果を調べるために、報酬条件(10円と40円の選択、図左)と、損失条件(-10円と-40円の選択、図右)の2つの条件を用意しました。短い遅れは約1秒〜7秒、長い遅れは約6秒から26秒の範囲でランダムに設定しました。
各試行の始まりにおいて、参加者の見るスクリーンには中央の固視点を挟んで、左右に複数の黒色のモザイクで覆われた白色と黄色の正方形が現れます。固視点が赤色になったと同時に参加者は右、左どちらかのボタンを押します。すると選択したボタンに対応する位置の正方形のモザイクの数が徐々に減っていきます。どちらかの正方形のモザイクが完全になくなった時点で、白色の正方形なら10円(報酬条件)もしくは-10円(損失条件)、黄色なら40円(報酬条件)もしくは-40円(損失条件)が得られます。この課題において参加者は、一定時間中により多くの報酬および、より少ない損失を得ることを要求されるため、各試行の始まりのモザイクのおおよその数、1 ステップあたりモザイクの減る数と報酬の関係から、どちらの色を選ぶのが良いかを考えてボタンを選択する必要があります。

図2 参加者の報酬及び損失に対する時間割引率
(左図) 2つの報酬が得られるまでの時間遅れの空間に参加者の全選択(白を選択: ○、黄色を選択: ●)をプロットして、2つの図形の割引現在価値(将来の報酬・損失に対する現時点での価値)が等しくなる境界線 (indifference line、赤いライン) を推定することで、被験者の持つ割引率が推定できます。境界線の切片が大きいほど小さい割引率に対応しています。
(右図) 推定した割引率の平均。符号効果の見られた群と見られなかった群では、報酬の割引率には有意な差は見られませんでしたが、損失の割引率に有意な差が見られました。

図3 脳活動の機能的磁気共鳴画像診断装置(fMRI)による比較
符号効果の見られた群と見られなかった群では、損失に対してのみ、線条体(左上図)と島皮質(右上図)に異なる活動が見られました。
(左中図) 符号効果の見られた群では、損失までの時間遅れが長いほど線条体の活動が大きくなりましたが、符号効果が見られなかった群では損失までの時間遅れが長いほど線条体の活動が小さくなるという、逆の活動パターンが見られました。
(右中図) 符号効果の見られた群では、損失が大きいほど島皮質の活動が大きくなりましたが、符号効果が見られなかった群では損失が大きいほど島皮質の活動が小さくなるという、逆の活動パターンが見られました。
(左下図) 符号効果の大きさ(報酬と損失の割引率の差)と、線条体の時間遅れに対応する活動の報酬と損失の差の間に、有意な相関がみられました。つまり、符号効果の大きい(報酬と損失の割引率の非対称性が大きい)ほど、報酬と損失の線条体の活動の差が大きいことを指します。(右下図) 島皮質でも、報酬・損失の大きさに対応する活動の報酬・損失の差と、符号効果の大きさの間に、有意な相関が見られました。

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