
細胞老化と若返りを制御する新たな分子メカニズムを発見
抗老化技術の開発につながる可能性
研究成果のポイント
- 老化した細胞(線維芽細胞・上皮細胞)で、タンパク質AP2A1(アダプタータンパク質2アルファ1サブユニット)の発現量が増加することを発見した。
- 細胞が老化すると、細胞が大きくなることや、ストレスファイバー(細胞骨格)が太くなることが知られていたが、その仕組みは不明だった。
- 線維芽細胞においてAP2A1が、老化に伴い肥大化する細胞構造に寄与する可能性を示唆。
- 線維芽細胞においてAP2A1の発現を抑制すると、従来の老化マーカーの減少を含む多様な細胞若返り現象が観察された。
- AP2A1は、細胞老化を示す新規マーカーおよび加齢関連疾患の治療標的となる可能性が示唆された。
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科のPirawan Chantachotikul特任研究員と出口真次教授(国際医工情報センター、エマージングサイエンスデザインR3センター兼務)らの研究グループは、細胞老化に関連する新たな分子メカニズムを明らかにしました。
細胞が老化すると、細胞が大きくなることや、ストレスファイバー(細胞骨格)が太くなることが知られていましたが、その仕組みは不明でした。
本研究では、AP2A1(アダプタータンパク質2アルファ1サブユニット)が、老化に伴い肥大化する線維芽細胞の構造の維持に不可欠な役割を果たしていることを見出しました。また、AP2A1が上皮細胞の老化にも関係することを明らかにしました。
この成果は、抗老化薬など老化を遅延させて健康寿命を延ばす技術や、加齢関連疾患の治療法の開発につながる可能性があります。
本研究の成果は、国際誌Cellular Signallingに2025年1月21日(火)に公開されました(オープンアクセス)。
図1. 老化(複製老化・UV照射・抗がん剤処理)に伴い、線維芽細胞と上皮細胞においてAP2A1の発現量が一貫して増加する。AP2A1はインテグリンβ1と共にストレスファイバーに沿って移動し、細胞-基質間接着を強化して肥大化した細胞の構造を支える。AP2A1の発現を抑制すると、細胞老化(senescence・セネッセンス)とは逆の応答(既知老化マーカー発現量の減少、細胞増殖能や遊走能の上昇など)、すなわち若返り(rejuvenation・リジュヴェネーション)現象が観察される。
研究の背景
加齢とともに体内に蓄積する老化線維芽細胞は、組織再生や維持能力などさまざまな生体機能の低下の原因となる細胞として注目されています。老化細胞は通常の細胞に比べてその体積が大きくなり、細胞骨格構造(ストレスファイバー)が若い細胞の状態と比べて過度に強化される傾向があります。しかし、これらの肥大化した細胞がどのようにしてその構造を維持しているのか、その分子機構はほとんど理解されていませんでした。
出口教授の研究グループはこれまでに、線維芽細胞のストレスファイバーを構成するタンパク質群を同定し、細胞老化に伴うその構成成分の変化を明らかにしてきました(Liu et al., Analysis of senescence-responsive stress fiber proteome reveals reorganization of stress fibers mediated by elongation factor eEF2 in HFF-1 cells. Molecular Biology of the Cell 33(1), ar10, 2022: https://doi.org/10.1091/mbc.E21-05-0229)。
研究の内容
今回は、線維芽細胞のストレスファイバーの構成タンパク質の一つであるAP2A1(クラスリン依存性エンドサイトーシスに関連する分子)に着目し、分子生物学、イメージング解析、および工学的手法を統合して、細胞の老化進行に果たす役割を調べました。
本研究では、ヒト包皮線維芽細胞(HFF-1)とヒト乳腺上皮細胞(MCF-10 A)を用いて下記のことを明らかにしました(図1)。
1. 線維芽細胞において、AP2A1が老化に伴い、ストレスファイバー(非筋型のアクチン・ミオシン分子を主成分とする細胞内線維)に沿って高発現することを確認。
2. AP2A1を発現抑制することで、細胞老化に特徴的な形質が逆転すること(若返り現象)を確認。
3. AP2A1はストレスファイバーに沿った移動によってインテグリンβ1を細胞-基質間接着へと供給し、老化細胞の肥大した形態を維持できるように接着を強化することで老化や若返りの調節に寄与する可能性を示唆。
4. 複製老化の他に、紫外線や薬剤処理で誘導された老化細胞(線維芽細胞、上皮細胞)でもAP2A1の発現が増加することを確認。
5. AP2A1が細胞老化マーカーおよび加齢関連疾患の治療標的となる可能性を示唆。
これらの結果は、AP2A1が細胞老化(senescence)および若返り現象(rejuvenation)において重要な役割を担う分子であることを示唆しています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
昨今、複雑な老化のメカニズムを解明し、長寿(longevity)を目指す試みが盛んになっています。本研究は、老化細胞の特徴的な構造や機能を維持するメカニズムの一端を明らかにしました。今後はさらに以下に示す発展的展開が期待されます。
1. バイオマーカーとしての応用
AP2A1を細胞老化マーカーとして同定したことにより、老化の進行評価や関連疾患の早期発見、さらには老化細胞除去(senolytics・セノリティクス)など治療戦略の指針提示につながる。
2. 老化予防・調節技術の基盤形成
AP2A1の発現制御を通じて、細胞老化の進行を遅らせる新しい抗老化薬(セノリティクス以外にも、老化そのものを遅らせ、老化関連疾患の進行を抑制することを目的とした薬剤や化合物を指すgeroprotector・ジェロプロテクターなど)などの開発につながる。
3. 老化細胞の肥大化メカニズムの解明
古くから知られていた細胞老化誘導肥大化現象について、分子的および物理的メカニズムの詳細な理解をもたらし、老化治療アプローチに伴う潜在的な副作用の網羅的検討につながる。
特記事項
本研究の成果は、国際誌Cellular Signallingに2025年1月21日(火)に公開されました(オープンアクセス)。
タイトル:“AP2A1 modulates cell states between senescence and rejuvenation”
著者名:Pirawan Chantachotikul, Shiyou Liu, Kana Furukawa, Shinji Deguchi
発表巻・年:Volume 127, March 2025, 111616
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cellsig.2025.111616
本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業の支援を受けて実施されました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 線維芽細胞
皮膚や臓器を支える細胞で、コラーゲンなどの細胞外基質タンパク質を作り出し、組織の構造を維持します。年齢とともにそのはたらきが低下して老化が進行すると、組織の修復能力などが損なわれ、皮膚や臓器の機能低下を引き起こす要因となります。
- 上皮細胞
乳腺などの腺組織や、消化管・気道の上皮を構成する細胞。組織の保護や物質の吸収・分泌に関与し、外部環境との境界を形成しています。老化に伴いその機能が低下すると、組織の恒常性維持が困難になり、バリア機能の低下や慢性炎症を引き起こす可能性があります。
- AP2A1(アダプタータンパク質2アルファ1サブユニット)
細胞が外部から物質を取り込む仕組み(エンドサイトーシス)に関わるタンパク質です。本研究では、AP2A1が老化に伴う細胞構造の再構成に深く関係していることを見出しました。