新規反芳香族化合物の合成法を開発
近赤外光による熱発生を利用したがん治療などに期待
研究成果のポイント
概要
名古屋大学大学院工学研究科の忍久保 洋 教授、髙野 秀明 助教、Wang Kaisheng(ワン カイシェン)博士研究員らの研究グループは、東京都立大学大学院理学研究科 石田 真敏 准教授、Aninda Ghosh博士後期課程学生、大阪大学大学院基礎工学研究科 岸 亮平 准教授、京都大学大学院工学研究科 清水 大貴 助教との共同研究で、反芳香族化合物であるノルコロールに対して芳香族化合物であるアントラセンを連結することでπ共役系を拡張した新規反芳香族化合物を合成する方法を開発しました。また、合成した化合物が1500 nmにまでおよぶ広範囲の近赤外光を吸収することを見いだし、吸収した光を効率的に熱へと変換できることも明らかにしました。
反芳香族化合物は近赤外光を弱いながらも吸収する性質をもつことがこれまでに知られていました。反芳香族化合物であるノルコロールも1100 nmまでの近赤外光を吸収する特性をもちますが、その光吸収効率は非常に低いものでした。本研究では、アントラセンをノルコロールに対して縮環させることでπ共役系を拡張し、ノルコロールの光吸収の性能を大幅に向上させるとともに、さらに第二近赤外光の領域まで長波長化することに成功しました。また、近赤外レーザーを用いた測定により優れた光熱変換特性を示すことを見いだしました。近赤外光は可視光に比べ生体に対する透過性が高く、生体組織の内部にまで届くことが知られています。このため、光吸収によって発生する熱を活用したがん治療等への応用が期待されます。
本研究成果は、2024年10月31日(日本時間)付『アンゲヴァンテ・ケミー・インターナショナル・エディション』オンライン版に掲載されました。
研究の背景と内容
光エネルギーを熱エネルギーに変換する機能をもつ物質は「光熱変換材料」と呼ばれ、エネルギー変換デバイス、触媒、さらにはがん治療などへの応用が期待されています。たとえば、がん治療法の一つである「光温熱治療法」では、光を吸収して熱に変換できる物質を腫瘍内に集積させたのち、外部から光を照射することで局所的に熱を発生させ、その熱によってがん細胞を死滅させることができます。この技術により、低侵襲で副作用の少ないがん治療の実現が期待されています。
このような物質に求められる特性としては、光を効率的に吸収するとともに、そのエネルギーを高い効率で熱に変換することが求められます。また、光に対する安定性も必要となります。光の中でも可視光(図1)は生体透過性が低く、生体組織の内部まで光エネルギーを届けることはできません。一方で、生体透過性の高い近赤外光を吸収する光熱変換材料を開発できれば、生体組織の深部にあるがんに対しても光温熱治療法を適用することが可能になります。このため、近赤外光を効率的に熱に変換でき、高い光安定性をもつ材料の開発に注目が集まっています。
研究グループはポルフィリンの一種であるノルコロールという反芳香族化合物(図2)に着目しました。反芳香族化合物は、狭いエネルギーギャップをもつことから、長波長領域に光吸収をもつことが知られています。ノルコロールも1100 nmまでの近赤外光を吸収する特性をもちますが、その光吸収効率は非常に低いものでした。
今回、ノルコロールに対して芳香族化合物であるアントラセンを縮環させることでπ共役系を拡張した2種類の新規反芳香族化合物を設計し、これを合成する新手法を開発しました(図3)。得られた反芳香族化合物の光吸収特性はもとのノルコロールに比べて大幅に向上しただけでなく、1500 nmにまで長波長化しており、第二近赤外光とよばれる領域にまで到達することが分かりました。
また、今回合成した2種類の反芳香族化合物の溶液に近赤外レーザーを照射し、その温度上昇を計測することで、それぞれの光熱変換特性を評価しました。その結果、アントラセンを1つ縮環させた化合物Aの方が2つ縮環させた化合物Bよりも優れた光熱変換特性を示すことが判明しました。別の測定から、化合物Aの方が化合物Bよりも顕著な反芳香族性を示すことが明らかになっており、反芳香族性と光熱変換特性との間に関係がある可能性が示されました。また、これらの化合物は十分な光安定性をもっており、繰り返し光を照射しても性能低下が見られませんでした。
成果の意義
これまでに、反芳香族化合物は近赤外光を吸収する性質をもつことが知られていました。しかし、その吸収効率は低いものとなっていました。本研究では、反芳香族化合物であるノルコロールのπ共役系を拡張することで、その近赤外光吸収の性能を大幅に向上させ、長波長化することに成功しました。また、顕著な反芳香族性を示す化合物が優れた光熱変換特性を示したことから、反芳香族化合物の光熱変換材料への応用の可能性が示されました。近赤外光は可視光に比べて生体透過性が高く、生体組織の深部にまで到達することが知られているため、光吸収によって発生する熱を活用したがん治療などへの応用が期待されます。
特記事項
【論文情報】
雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:Bowl-Shaped Anthracene-Fused Antiaromatic Ni(II) Norcorrole: Synthesis, Structure, Assembly with C60, and Photothermal Conversion
著者:K. Wang (名古屋大学), A. Ghosh(東京都立大学), D. Shimizu(京都大学), H. Takano (名古屋大学), M. Ishida(東京都立大学), R. Kishi(大阪大学), and H. Shinokubo(名古屋大学)
DOI:10.1002/anie.202419289
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202419289
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(学術変革領域研究(A))「高密度共役の科学:電子共役概念の変革と電子物性をつなぐ」(2020〜2024年度)および日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(S))「反芳香族化学の革新」(2022〜2026年度)の支援のもとでおこなわれたものです。
用語説明
- 反芳香族化合物
多くの二重結合がつながった環状構造をもつ有機化合物であるが、芳香族化合物とは二重結合の数が異なり、含まれるπ電子の数が異なっている。
- π共役系
多数の二重結合でつながった有機化合物はπ共役化合物と呼ばれ、光の吸収や電子の授受など構造に応じて多様な性質を示す。π共役化合物の構造中の二重結合でつながった部分をπ共役系という。
- 近赤外光:
750〜2500 nmの波長をもつ光を近赤外光と呼ぶ。この中でも特に、生体透過性が高く医療やバイオ分野でよく利用されるのは、波長750〜1000 nmの「第一近赤外光」および波長1000〜1700 nmの「第二近赤外光」である。
- ノルコロール
4つのピロール環を構成ユニットとした反芳香族化合物。
- アントラセン
ベンゼン環が3つ連なった芳香族化合物。
- 縮環
2つの環状化合物を連結する際にそれぞれの環の辺を共有するように分子をつなぐ形式。π共役系を縮環させると二重結合が効果的につながり、π共役系が拡張される。
- ポルフィリン
血液中のヘムや葉緑素中のクロロフィルの基本骨格となる4つのピロール環を構成ユニットとする芳香族化合物。