歩行における左右の足の交互運動は厳密には制御されていない

歩行における左右の足の交互運動は厳密には制御されていない

歩行障害の原因究明、新たなリハビリ手法・歩行支援装置への応用に期待

2024-9-20生命科学・医学系
基礎工学研究科教授青井伸也

研究成果のポイント

  • 歩行における左右の足の交互運動は厳密には制御されていないことを発見
  • 複雑な身体運動のために、これまで肢間協調(左右の足を協調的に動かすこと)の制御の実態をつかむことができなかったが、位相縮約理論ベイズ推定の手法により可能に
  • 肢間協調を積極的に制御しないことは、エネルギーを効率化できるほか、ある程度のゆらぎを許容することでさまざまな状況に対応できる能力の向上にもつながるため、このような制御戦略をとっていると予想される
  • 加齢や脳疾患による歩行障害の原因究明や、新たなリハビリ手法・歩行支援装置への応用に期待

概要

我々は、左右の足を交互に前に出して歩きます。この左右交互の関係性が崩れてしまうと歩行機能の低下を招くため、左右の足はきっちりと交互に前に出すように比較的厳密に制御されていると予想されていましたが、歩行における複雑な身体運動のために、その実態は未解明でした。

大阪大学大学院基礎工学研究科の青井伸也教授、海洋研究開発機構の荒井貴光研究員、京都大学大学院情報学研究科の青柳富誌生教授らの研究グループは、左右の足を協調的に動かす肢間協調の制御様式を位相縮約理論に基づく位相振動子を用いてモデル化し、健常者の歩行中の計測データ(図1)を用いたベイズ推定により推定しました。その結果、これまでの予想に反して、左右の足の交互運動は、左右交互の関係から少しくらい外れても、元に戻そうとするような制御は働いておらず、この関係性は必ずしも厳密には制御されていないことを世界で初めて明らかにしました。

歩行中の左右の足の協調性は加齢や脳疾患によって減退してしまい、歩行機能の低下を招いてしまいます。本研究成果により明らかにした肢間協調の制御様式が加齢や脳疾患によってどのように変化するかを今後調べることで、歩行機能が低下する原因の究明や、新たなリハビリ手法・歩行支援装置の開発などにつながると期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Communications Biology」に、9月20日(金)18時(日本時間)に掲載されました。

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図1. 歩行計測実験

研究の背景

我々は、左右の足を交互に前に出して歩きます。例え歩幅を大きくして、リズムを早めて速度を上げたとしても、さらには走ったとしても、左右交互の関係性は変わりません。むしろ歩行中にこの関係性が崩れてしまうと、上手く歩けなくなってしまいます。そのため、左右の足はきっちりと交互に前に出すように比較的厳密に制御されていると予想されていましたが、歩行における複雑な身体運動のために、その実態は未解明でした。

研究の内容

左右の足を協調的に動かすことは肢間協調と呼ばれています。研究グループは、この肢間協調の制御様式を位相縮約理論に基づく位相振動子を用いてモデル化し(図2)、トレッドミル上での歩行中に断続的に速度を変化させることで左右交互の運動を乱した時の健常者の計測データ(図1)を用いたベイズ推定により、肢間協調の制御様式を推定しました。その結果、これまでの予想に反して、左右交互の関係から少しくらい外れても、左右交互に戻そうとするような制御は働いておらず、ある程度外れてからようやく、それを戻そうとする制御が働くことがわかりました(図3)。すなわち、自動車のハンドルにおける遊びのように、全く制御の働かない区間が存在し、左右交互の関係性は必ずしも厳密には制御されていないことがわかりました。

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図2. 位相振動子を用いた肢間協調制御のモデル化

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図3. 肢間協調の制御様式(予想と推定結果)

実は、真っ直ぐ歩く場合には左右の足を交互に前に出すのですが、曲がり道などで左右非対称な運動を作り出す場合には、左右交互の関係性を故意に崩します。積極的に制御しないことは、無駄なエネルギーを使わずに済みますし、左右交互の関係性を常に保持するのではなく、ある程度のゆらぎを許容することは、さまざまな状況に対応できる能力の向上にもつながるため、このような制御戦略をとっていると予想されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

歩行中の左右の足の協調性は加齢や脳疾患によって減退してしまい、歩行機能の低下を招いてしまいます。本研究成果により明らかにした肢間協調の制御様式が加齢や脳疾患によってどのように変化するかを調べることは、歩行機能が低下する原因の究明や、新たなリハビリ手法・歩行支援装置の開発などにつながると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年9月20日(金)18時(日本時間)に英国科学誌「Communications Biology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Interlimb coordination is not strictly controlled during walking”
著者名:Takahiro Arai, Kaiichiro Ota, Tetsuro Funato, Kazuo Tsuchiya, Toshio Aoyagi, and Shinya Aoi
DOI:10.1038/s42003-024-06843-w

なお、本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業 JPMJFR2021、戦略的創造研究推進事業 CREST JPMJCR09U2、JSPS科研費 JP24H00723、JP20K20520、JP20K21810、JP20H04144、MEXT科研費 JP23H04467の支援を受けて行われました。

参考URL

青井 伸也 教授  研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/90b3032f623095b4.html

大阪大学大学院基礎工学研究科 機能創成専攻生体工学領域 青井研究室
https://mechbiosys.me.es.osaka-u.ac.jp

青柳 富誌生 教授 教育研究活動データベース
https://kdb.iimc.kyoto-u.ac.jp/profile/ja.50f1419c440522ae.html

京都大学大学院情報学研究科 情報学専攻非線形物理学講座
https://www-np.acs.i.kyoto-u.ac.jp

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

位相縮約理論

周期的な閉軌道(リミットサイクル)を有する多次元からなる力学システムを、位相振動子を用いて近似的に記述する数学的手法。

ベイズ推定

観測事象から、推定したい事柄を確率的な意味で推論すること。

位相振動子

周期的な振る舞いを位相を用いて記述するもの。

トレッドミル

モーターにより回転するベルトの上を歩行する装置のこと。ルームランナーやウォーキングマシンとも呼ばれる。