\植物が自らを守るメカニズムを応用!/ 水中の有毒金属イオンを 選択的・大量に捉える高分子材料を新開発

\植物が自らを守るメカニズムを応用!/ 水中の有毒金属イオンを 選択的・大量に捉える高分子材料を新開発

日独連携での水環境浄化システムの開発

2024-7-30自然科学系
理学研究科助教中畑雅樹

研究成果のポイント

  • これまでの材料では実現できなかった、水中の有毒イオンを選択的にかつ大量に捕捉する機能を備えた高分子材料および水環境浄化システムを新開発
  • 植物内で重金属イオンを選択的に捕捉するタンパク質に着想を得て開発
  • さらに、高分子材料の超高集積化により、イオン捕捉効率の飛躍的な向上に成功
  • 生物にならい、生物を超える水環境浄化システムとしての展開が期待される

概要

大阪大学大学院理学研究科 中畑雅樹助教、ドイツ ハイデルベルク大学物理化学研究所 田中求教授(京都大学大学院医学研究科 客員教授)らの国際共同研究グループは、飛躍的に高い有毒イオン選択・捕捉機能を兼ね備えた水環境浄化システムを開発しました。これは、植物内で有毒重金属イオンを選択的に捕捉することで植物や水環境を守るタンパク質に着想を得て、新しい高分子材料を設計し、これを超高集積化することによって実現しました。

SDGs Goal 6に「安全な水とトイレを世界中に」とあるように、清潔な水や公衆衛生は急速な人口増加と都市化が進む世界において解決すべき重要な課題です。現在広く用いられているのは、材料内の小さな孔にイオンを吸着させたり、水中のイオンと材料内に含まれるイオンを交換したりすることで水をきれいにするタイプの水浄化材料です。しかしこの水浄化材料では、標的となる有害な重金属イオンを水中の無害なイオンから選り分ける機能と、少ない材料で多くのイオンを捕まえる機能とを両立させることが困難でした。

今回、中畑助教らは、有毒な金属イオンを選択的に捕捉して植物を守るファイトケラチンと呼ばれるタンパク質に着目し、この構造にヒントを得た人工高分子材料を合成しました(図2)。さらに、田中教授らは自己組織化技術を駆使してこの高分子およそ10の17乗(10億のさらに1億倍)分子にあたる材料を3ミリリットルの容積に超高集積化することに成功しました。これによってこれまでの材料では実現できなかった有毒イオンを選択的にかつ大量に捕捉するという機能を実現することができました。試験的に開発した水浄化システムは、3ミリリットルに集積した材料がその100倍の容積(300ミリリットル)の産業排水レベルのカドミウムイオンを1時間でWHOが定める飲料水レベルまで除去する、という非常に高い水浄化機能を示しました。

本研究成果は、2024年7月11日(木)17時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

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図1. 植物タンパク質に着想を得た合成高分子を基盤とした水浄化システム

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図2. ファイトケラチンの構造にならった高分子材料(pAA-Cys5)の設計

研究の背景

現在、水道水をそのまま飲める国は世界に10か国程度しかなく、国連のSDGs Goal 6「安全な水とトイレを世界中に」は急速な人口増加と都市化が進む国際状況の中、達成が望まれる世界的に重要な課題です。水汚染物質の中でも重金属イオンはわが国で過去に公害病を引き起こすなど、低濃度でも我々の身体に悪影響を及ぼします。これらの有害な金属イオンを飲み水から取り除くことは、安心安全な水を手に入れるためには真っ先に解決すべき問題です。

現在、実際の現場で用いられている水浄化材料は、材料内の小さな孔に材料と逆の荷電を持つ有害イオンを吸着させたり、水中の有害イオンと材料内に含まれるイオンを交換したりして、水中の重金属イオンを捕捉します。しかし、有害なイオンだけを選択的に捕捉しないと地下水や河川の水にたくさん含まれるナトリウムやカリウムなどの無害なイオンをたくさん捕まえてしまうという問題が生じます。水に溶けた特定のイオンを選択的により分け、大量に捕まえる、というのはなかなか難しい課題なのです。

一方自然界に目を向けると、植物も動物も有害な重金属イオンから身を守るため、重金属イオンに選択的に結合するタンパク質を巧みに活用しています。例えば植物は細胞の中にある「ファイトケラチン」というタンパク質を使って、根から吸い上げた地下水に含まれるカドミウム(Cd)などの有害な重金属イオンを選択的に捕捉して液胞の中に閉じ込めることで、地下水や河川の水から重金属イオンを除去することができます。この性質を利用し、植物を植えることによって金属鉱山などの周りの土壌や水環境を浄化する「ファイトレメディエーション」は低コストで高効率に水環境を改善する手法として世界的に広く用いられています。

このように我々人類は、水中の重金属を選択的に捕捉するため、植物の持つ高い機能を環境浄化のために活用してきました。しかし、「生物にならい生物を超えるイオン捕捉材料」を作って水浄化に活用する、という発想はこれまでにありませんでした。

研究の内容

中畑助教、田中教授らの研究グループは、ファイトケラチンの分子構造に着想を得て、ファイトケラチンが金属イオンとの結合に用いるのと同じ官能基(化合物の特徴的な反応性の原因となる原子や原子団)を組み込んだ合成高分子を設計しました。中畑助教らが合成したこの高分子がカドミウムイオン(Cd2+)と結合する強さを熱測定で調べた所、当初目標としたファイトケラチンを超えるCd2+との結合能を持つことが証明されました。

また、様々なイオンとの結合能を比較してみると、同じ正の電荷を2つもつカルシウムイオン(Ca2+)やマグネシウムイオン(Mg2+)との結合能はCd2+と比較して約1万分の1であること、また正の電荷を1つしか持たないナトリウムイオン(Na+)やカリウムイオン(K+)とは結合が検出できないことが分かりました。また、実際に高分子と金属イオンがどのように結合しているかを、共同研究者である筑波大学 中村貴志助教(核磁気共鳴スペクトル)、高輝度光科学研究センター 池本夕佳主幹研究員(赤外吸収スペクトル)らの専門とする計測技術を駆使して分子レベルで解明することにも成功しています。

さらに、田中教授らは、得意とする分子の自己組織化を制御する技術を駆使して、この分子をシリカ微粒子上に超高集積化することによって、この高分子材料のCd2+に対する吸着容量(1グラムあたりどれだけのイオンを吸着できるか)をこれまでの最高値を突破するレベルまで高めることに成功しました。

こうして確立した、水中の有害イオンだけを選択的により分け、大量に捕まえるという「生物にならい、生物を超える機能を持った高分子材料」を用いて、実際に汚染水の浄化への応用可能性を追求する研究を、日独チームが連携して進めました。田中教授の自己組織化技術を駆使して、この高分子およそ10の17乗分子(10億のさらに1億倍)を3ミリリットルの容積に超高集積化して、産業排水レベルのCd2+を含む汚染水を流したところ、材料の100倍の容積にあたる300ミリリットルの汚染水中のCd2+を世界保健機関(WHO)の定める飲料水の基準以下まで取り除くことに成功しました(図3)。

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図3. pAA-Cys5を超高集積化させた水環境浄化システム

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

清潔な水や公衆衛生は、急速な人口増加と都市化が進む中で、地球レベルで解決すべき重要課題としてSDGs Goal 6 「安全な水とトイレを世界中に」にも挙げられています。本研究は「生物が有害イオンから自らを守るメカニズムを水環境浄化に活用できないか」という素朴な問いからスタートしました。そこで我々は植物が持つタンパク質ファイトケラチンの構造にならった高分子材料を設計し、最終的には生物を超える重金属イオン選択捕捉機能を持った材料を創製しました。本研究は材料づくりにとどまることなく、ドイツのハイデルベルク大学との国際連携でこの生物着想型材料を高集積化した水環境浄化システムを開発し、実用に近い条件下で産業排水レベルの汚染水を「飲める水」まで浄化するのに成功したという点で、持続可能な社会の基盤となることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年7月11日(木)17時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Hyperconfined Bio-Inspired Polymers in Integrative Flow-Through Systems for Highly Selective Removal of Heavy Metal Ions”
著者名:Masaki Nakahata, Ai Sumiya, Yuka Ikemoto, Takashi Nakamura, Anastasia Dudin, Julius Schwieger, Akihisa Yamamoto, Shinji Sakai, Stefan Kaufmann and Motomu Tanaka
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-024-49869-8

なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「水圏機能材料:環境に調和・応答するマテリアル構築学の創成」、および独国エクセレンスクラスター「3D Matter Made to Order (3DMMO)」、HeKKSaGOn 日独6大学アライアンスの支援のもとで行われました。

参考URL

中畑助教 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/f13667f68413182d.html

ハイデルベルク大学 田中求研究室
https://www.pci.uni-heidelberg.de/bpc2/

SDGsの目標

  • 06 安全な水とトイレを世界中に
  • 12 つくる責任つかう責任
  • 14 海の豊かさを守ろう

用語説明

重金属イオン

重金属は、一般に比重が4 g/cm3以上の金属元素とされており、これがイオン化した状態が重金属イオンである。重金属には、生物にとって必須な鉄や亜鉛なども含まれるが、一部の重金属は微量であっても生体に害を及ぼす。特にカドミウムや水銀などは、わが国でも公害病の原因となった重金属元素であり、例えば飲料水には厳しい環境基準が定められている。

ファイトケラチン

多くの植物、また一部の微生物が有害な重金属イオンから身を守るために用いるタンパク質。細胞内の抗酸化物質であるグルタチオン(γ-グルタミン酸-システイン-グリシンからなるトリペプチド)が酵素により重合された(γ-グルタミン酸-システイン)n-グリシン (n = 2-11) の配列を有する。有害な重金属(Cdなど)が細胞内に入ってきた場合、ファイトケラチンとCdイオンが結合することによりCdが無毒化され、その状態で細胞内の「ゴミ捨て場」である液胞に隔離される。

ファイトレメディエーション

植物を利用して、大気や土壌、地下水の汚染物質を吸収・分解する技術。例えば植物中のファイトケラチンは、土壌や水中に含まれる有毒な重金属イオンと選択的に結合しこれを液胞に隔離するので、汚染された土壌に植物を植えるだけで水環境を大きく改善することができる。

熱測定

測定対象の間の相互作用に伴って発生/吸収される熱を測定することで相互作用の様式や熱力学パラメーターを見積もる測定。本研究では等温滴定カロリメトリー(ITC)という手法を用いた。ここでは、高分子溶液に金属イオン溶液を微量ずつ加えながら熱量の変化から、相互作用の強さ(結合能)を示す指標となる解離定数が計算できる。解離定数は「結合状態材料の半分が個々の要素に解離する濃度」であるので、解離定数が小さいほど結合が強い。