\「レーザー駆動中性子源」で大進歩!/ 1千万分の1秒で狙った材料の温度を非破壊計測
動作中の電池や半導体デバイス内部の異常検出・性能向上試験に
研究成果のポイント
- レーザーの強い光で中性子を生成、共鳴吸収とよばれる分析で試料の元素を非破壊で識別
- 元素の種類とその温度を瞬間的に計測できることを実証、他の手法で数分~数時間かかった計測を1千万分の1秒に短縮
- 動作中の充電池や半導体デバイス内部の知りたい部分の温度変化を計測できるので、異常発生の検出試験や性能向上試験が可能に
概要
大阪大学大学院工学研究科の藍澤塵さん(博士後期課程)と大阪大学レーザー科学研究所の余語覚文教授を中心とする量子科学技術研究開発機構、北海道大学、日本原子力研究開発機構等の共同研究グループは、強いレーザー光で中性子を生成し、中性子共鳴吸収を用いて、特定の元素の温度の瞬間的な非破壊計測の原理実証を行いました。タンタルと銀の試料を設置して中性子を透過させることで、元素の種類を識別し、また、タンタルのみ温度を最大摂氏620度まで上げると、タンタルの信号だけが温度に対応して変化することを確認しました。
従来の典型的な加速器駆動中性子源を用いた場合に数分から数時間の計測時間が必要となるデータを、わずか約1千万分の1秒で得られました。本技術によって、動作中の機器の知りたい部分の瞬間の温度や温度の時間変化を非破壊で計測できるようになり、電池や半導体デバイスなどの異常発生の検出試験や性能向上試験が可能になります。
本研究成果は、シュプリンガー・ネイチャー社の科学誌「Nature Communications」に、7月12日(金)18時(日本時間)に公開されました。
図1. (a)レーザー中性子の生成と飛行時間計測法の模式図 (b)タンタルと銀の中性子の共鳴吸収スペクトルの模式図 (c)タンタルの温度が高い場合の模式図
研究の背景
動作中の機器の内部の温度を計測する技術は広く求められており、レーザーやX線を用いた温度計測法が研究されています。しかし、複数の元素から構成された機器の特定の元素の温度を非破壊で計測する確立した技術はありませんでした。中性子は物質の透過力が高いため、様々な構造物の内部を分解したり壊したりせずに調べる=非破壊計測に用いられています。しかし、従来の加速器駆動中性子源では、中性子パルス幅が長いために飛行時間計測用ビームラインを10メートル以上に長くする場合が多く、また、瞬間強度が十分高くありませんでした。そのため、1データの計測に数分から数時間は必要であり、瞬間的な温度計測はできませんでした。
大阪大学レーザー科学研究所では、新しい方法である「レーザー駆動中性子源」を研究しています。大強度レーザーLFEX(エルフェックス)を用いてレーザープラズマ相互作用で陽子・重陽子を同時に加速し、ベリリウム(Be)金属に照射することで中性子を生成します。また、生成した中性子の持つ極短パルス・高輝度の特徴を生かすことで、これまで不可能だった計測の実現を目指しています。レーザー駆動中性子源は現在、黎明期にありますが、原子炉や加速器等に続く新しい中性子源として実用化されることが期待されています。
研究の内容
本研究では、レーザー駆動中性子源で中性子パルスを生成し、飛行時間計測法による中性子共鳴吸収を用いた元素の非破壊分析を行いました。元素(同位体)には特定のエネルギーで中性子を極めて強く吸収する性質(共鳴吸収)があり、このエネルギーは元素の種類に依存します。そのため、この共鳴吸収が起きたエネルギーから元素の種類を特定できます。試験では、複合材料を模擬するためにタンタルと銀の試料を設置し、1発の中性子パルスを透過させることで、瞬間的に非破壊で元素の種類を識別しました。さらにタンタルのみ温度を上昇させ中性子パルス照射を行うと、タンタルだけ信号の幅が温度に対応して太くなることを確認しました(図2)。温度の上昇によってタンタル試料中の原子核の熱振動が激しくなり、ドップラー効果によってタンタルの共鳴吸収の幅が太くなるためです。室温から摂氏620度の複数の温度で計測し、温度と信号の太さ(共鳴幅)の関係が理論で再現できることを確認しました。
本研究の手法では、レーザーを使って短いパルス幅の中性子を生成できるため、1.8メートルの短い距離でも飛行時間計測法が可能になりました。中性子検出器の信号を直接オシロスコープで記録して解析する手法で、それぞれのパルス毎の中性子のエネルギースペクトルを計測しました。このような手法で、高輝度パルスに対して距離を短くすることで、より多くの中性子を一度に計測でき、1千万分の1秒での温度計測に繋がりました。
図2. 信号の太さ(共鳴幅)の実験値(■)が温度と共に増加し、実線の理論式に従うことが分かった。図は掲載論文[Z. Lan et al., Nature Communications, DOI: 10.1038/s41467-024-49142-y]より引用
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究の飛行時間計測装置の長さは1.8メートルであり、加速器駆動中性子源の場合の10分の1程度です。そのため、将来、レーザー駆動中性子源が研究室や工場などに設置されることが期待されます。また、1回の計測データを、わずか約1千万分の1秒で得ることができ、これまで加速器で数分から数時間かかった計測を大幅に短縮できます。この技術により、短い時間で発生する現象や、時間的に変化する現象の温度を計測できます。動作中のLEDやパワー半導体、充電池などの内部にある特定の元素の温度をピンポイント・瞬間で計測可能になり、異常な温度上昇や、過酷条件における異常発生メカニズムの解明など、現代文明に欠かせない様々な機器の性能向上や信頼性の向上に役立つことが期待されます。
特記事項
本研究は、大阪大学レーザー科学研究所、英国Tokamak Energy Ltd、量子科学技術研究開発機構、北海道大学大学院工学研究院、日本原子力研究開発機構、大阪大学工学研究科の国際共同研究として実施されました。本研究成果は、2024年7月12日(金)18時(日本時間)に、シュプリンガー・ネイチャー社の科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Single-Shot Laser-Driven Neutron Resonance Spectroscopy for Temperature Profiling”
著者名:Zechen Lan, Yasunobu Arikawa, S. Reza Mirfayzi, Alessio Morace, Takehito Hayakawa, Hirotaka Sato, Takashi Kamiyama, Tianyun Wei, Yuta Tatsumi, Mitsuo Koizumi, Yuki Abe, Shinsuke Fujioka, Kunioki Mima, Ryosuke Kodama and Akifumi Yogo
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-024-49142-y
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラムA-STEP「コンパクト中性子源とその産業応用に向けた基盤技術の構築」(2015-2019年度)、JSTさきがけ(JPMJPR15PD)、日本学術振興会(JSPS)・科学研究費補助金(JP25420911, JP26246043, JP22H02007, JP22H01239)、JST SPRING (JPMJSP2138)、JSPS特別研究員DC2(202311207)、大阪大学レーザー科学研究所・共同利用研究、および文部科学省・核セキュリティ強化等推進事業費補助金などの支援のもと実施されました。
参考URL
余語覚文教授 Researchmap
https://researchmap.jp/7000018584
SDGsの目標
用語説明
- 中性子
中性子は原子核を構成する粒子の一種であり、電子やイオンのような電荷をもたない電気的に中性な粒子です。中性子は金属などに対する透過力が高く、比較的深部まで入り込むことができます。特定の物質(カドミウムなど)に吸収されやすい特徴を持ちます。X線では得られない透過画像の撮影や、がん治療(ホウ素中性子捕捉療法)にも利用されています。
- LFEX(エルフェックス)
短いパルスで高出力が得られるレーザー装置。一瞬(1兆分の1秒=1ピコ秒)で、世界中の総発電量をも上回る超高強度出力(2千兆ワット=2ペタワット)が得られます。これは、典型的な発電所(100万キロワット)が発生する電力の200万基分に相当します。高出力レーザー装置 「LFEX」は日本の光技術の粋を結集した最先端装置であり、国内企業の技術競争力の向上に大きく寄与するとともに、世界的に高く評価されています。
- 飛行時間計測法
中性子などの粒子の運動エネルギー(速さ)を計測する手法の1つ。中性子を一定の距離を飛行させて、その到着した時間から速さを計測します。徒競走に例えると、「よーいドン」で様々な速さの中性子がスタートし、一定の速さで走った後、ゴールした時間から速さを算出することになります。しかし、実際の中性子源では、中性子パルスが有限の時間幅を持つため、全く同じ時刻にスタートすることはなく、ある程度の時間のずれが生じます。この時間のずれを解消して、より正確に中性子の速さを計測するためには、これまでは長い距離(10~数十メートル)を飛行させる必要がありました。また、中性子は電荷を持たず、電荷を持つイオンや電子のように磁場や電場で集束できないため、長い距離を飛行すると中性子数が減少してしまいます。そのため、1つの分析データを得るために、数分から数時間程度の計測時間が必要とされてきました。