「手のひらサイズ」の冷中性子源

「手のひらサイズ」の冷中性子源

10 万分の1 秒の短いパルスで生命現象の計測に期待

2020-11-30工学系
レーザー科学研究所准教授余語覚文

研究成果のポイント

・エネルギーの低い中性子=冷中性子(れいちゅうせいし)を使うと、X線では得られない、水素など軽元素の情報を計測することができます。
・これまで、冷中性子を得るためには、原子炉や加速器といった施設が必要でした。
・レーザーを使った「手のひらサイズ」の新しい方式で、短い時間の冷中性子パルスを発生させることに成功しました。
・1万分の1秒より短い時間に起きるタンパク質の動きやはたらきを、瞬間的に計測できる新しい手法につながります。

概要

大阪大学レーザー科学研究所のセイエッド・レザ・マーファジ特任助教(現インペリアル・カレッジ・ロンドン助教)、余語覚文准教授、核融合科学研究所の岩本晃史准教授らの研究チームは、レーザーを使った新しい方式で、エネルギーの低い中性子=冷中性子(れいちゅうせいし)を発生することに成功しました。冷中性子は粒子と波の両方の性質を持ち、X線では得られない深部や、水素などの軽元素の情報を計測することができます。これまで、冷中性子を得るためには、原子炉や加速器が必要でした。本研究では、冷中性子源を「手のひらサイズ」で実現しました。また、冷中性子を短い時間幅で発生できるため、タンパク質分子が動いて物質(水素など)を運ぶ時間(1万分の1秒以下)を瞬間的に計測できる、新しい手法につながります。

本研究は、大阪大学レーザー科学研究所のレーザー施設「LFEX 」を使用した成果であり、大阪大学レーザー科学研究所、核融合科学研究所、光産業創成大学院大学、英国のクィーンズ・ベルファスト大学、ラザフォード・アップルトン研究所、インペリアル・カレッジ・ロンドンからなる国際共同チームで実施されました。本研究成果は、英国スプリンガー・ネイチャー社の科学誌「Scientific Reports」に、11月19日(木)に公開されました。

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図1 「手のひらサイズ」の冷中性子源の概念図。レーザーを厚さ数ミクロンの薄膜に集中してイオンを発生(イオン発生薄膜)し、それを中性子に変換します(中性子発生源)。そのままではエネルギーが高すぎる(高速中性子)ため、極低温に冷却した水素の氷(中性子減速材)を通してエネルギーを下げ、冷中性子を取り出します。上記のように手のひら程度のサイズに収まります。

研究の背景

冷中性子はX線と同程度の波長(約10億分の1メートル)をもつため、回折や干渉を利用して物質の構造解析に利用できます。加えて、高い透過能力を持つことから、X線より深部の情報を得ることが出来ます。また、冷中性子は粒子として水素とほぼ同じ質量を持つことから、X線では得られない水素などの軽い元素を、散乱や反射を使って調べることが出来ます。

これまで、冷中性子を得るためには、原子炉や加速器といった施設が必要でした。日本では、日本原子力研究開発機構の研究炉:JRR-3 (https://jrr3.jaea.go.jp/index.htm)や、大強度陽子加速施設: J-PARC(http://www.j-parc.jp/c/index.html)が代表的な施設です。

大阪大学レーザー科学研究所では、レーザーの強い光を厚さ数ミクロンの薄膜に集中してイオンを加速し、それを中性子に変換する「レーザー駆動中性子源」の研究を行ってきました。本研究成果では、極低温(マイナス262°C)に冷却した水素の氷を使って、レーザーで冷中性子を発生することに、世界で初めて成功しました(図2)。

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図2 計測された中性子のエネルギー分布。水素の氷を通ってエネルギーを減少させることで、冷中性子(水色の曲線)を発生した。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

東日本大震災以降、新しい原子炉を建設することは困難になっています。レーザーという新しい方法で冷中性子を発生できれば、企業の研究所などにも設置できる装置につながります。また、タンパク質分子は、短い時間に素早く動くことで、物質(水素など)を運ぶといった、生物にとって重要な働きをすることが知られています。タンパク質分子が動く時間は1万分の1秒以下であることが知られています。冷中性子はX線と同程度の波長を持つと共に、X線では得られない水素を調べることが出来ます。本成果で得られた短い時間パルスの冷中性子は、短い時間に起きるタンパク質の動きやはたらきを、瞬間的に計測できる新しい手法につながります。

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図3 本成果で得た冷中性子パルスの時間幅と、様々な反応の起こる時間の比較。

特記事項

本研究成果は、2020年11月19日(木)に英国スプリンガー・ネイチャー社の科学誌「Scientific Reports」(オンライン)(https://www.nature.com/srep/)に掲載されました。

タイトル:"Proof‐of‐principle experiment for laser‐driven cold neutron source"
著者名:S. R. Mirfayzi, A. Yogo, Z. Lan, T. Ishimoto, A. Iwamoto, M. Nagata, M. Nakai, Y. Arikawa, Y. Abe, D. Golovin, Y. Honoki, T. Mori, K. Okamoto, S. Shokita, D. Neely, S. Fujioka, K. Mima, H. Nishimura, S. Kar & R. Kodama

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム A-STEP「コンパクト中性子源とその産業応用に向けた基盤技術の構築」(2015-2019年度)の支援により実施されました。

参考URL

レーザー科学研究所 複合フォトニクス研究領域HP
https://prcra.vlda-cons.org

SDGs目標

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用語説明

中性子

中性子は原子核を構成する粒子の一種。中性子はシリコンやカルシウムなどに対する透過力が高く、比較的深部まで入り込むことができる一方で、水素、リチウム、ホウ素といった軽元素に対しての相互作用が強く、水や有機物などに感度が高い。冷中性子は比較的エネルギーの低い中性子の呼称であり、速度は500m/s程度である。X線と同程度の波長(約10億分の1メートル)をもつため、回折や干渉、散乱や反射を使って物質の情報を得ることが出来る。

LFEX

(エルフェックス):

短いパルスで高出力が得られるレーザー装置。一瞬(1兆分の1秒=1ピコ秒)ではあるが、世界中の総発電量をも上回る超高強度出力(2千兆ワット=2ペタワット)が得られる。これは、典型的な発電所(100万キロワット)が発生する電力の200万基分に相当する。高出力レーザー装置「LFEX」は日本の光技術の粋を結集した最先端装置であり、国内企業の技術競争力の向上に大きく寄与するとともに、世界的に高く評価されている。