\Ca不足やホルモンバランスの変化だけじゃない/ 細胞老化が引き起こす骨粗しょう症

\Ca不足やホルモンバランスの変化だけじゃない/ 細胞老化が引き起こす骨粗しょう症

骨の老化メカニズムを解明

2024-7-11生命科学・医学系
医学系研究科特任准教授海渡貴司

研究成果のポイント

  • 骨の老化が引き起こされるメカニズムを解明。
  • これまで骨の細胞のみが老化すると、骨の健康にどのような影響を及ぼすかはわかっていなかった。
  • 骨芽細胞においてMen1遺伝子を欠損させることで、細胞老化に伴う骨粗しょう症を再現し、これまでに無かった骨の老化モデルを確立した。
  • 細胞老化に伴う骨粗しょう症という、新たな疾患概念に対して、その検査機器や医薬品等の研究開発や、既存薬も含めた臨床試験の実施が期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の右近裕一朗 招へい教員(研究当時:助教)、海渡貴司 特任准教授、岡田誠司教授(整形外科学)らの研究グループは、愛媛大学大学院医学系研究科の山下政克 教授(免疫学・感染防御学)と今村健志 教授(分子病態医学)の研究グループとの共同研究で、年をとって骨が老化する機序と同じ様に、骨芽細胞におけるMen1遺伝子の欠損が、AMPK/mTORC1を介してSASP因子を分泌する細胞老化を誘導し、骨の老化を起こすことを明らかにしました(図1)。

これまで、身体の老化によって骨の細胞が老化することはわかっていましたが、身体の老化に関わらず骨の細胞のみが老化するとどのようなことが起こるかはわかっていませんでした。

今回、研究グループは、免疫細胞におけるMen1遺伝子の欠損が、身体全体の免疫の老化に関与することをふまえ、骨芽細胞においてMen1遺伝子を欠損させ、特異的に細胞老化させることで、骨の老化が引き起こされることを確認しました。

今までは骨粗しょう症は主に加齢やホルモンバランスの変化、栄養不足などが原因とされていましたが、今回の研究結果により、細胞老化に伴う骨粗しょう症という、新たな疾患概念が明らかになりました。今後、検査機器や医薬品等の研究開発、既存薬も含めた臨床試験の実施が期待されます。

本研究成果は、6月22日(土)に英国科学誌「Aging Cell」(オンライン)に掲載されました。

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図1. 骨芽細胞の遺伝子Men1欠損による骨の老化

研究の背景

近年、加齢により、体の中で細胞が老化する現象が起こり、認知症、糖尿病、動脈硬化など、老化に伴う病気になりやすくなることがわかってきました。骨の老化については、これまで、身体の老化により骨の細胞の老化が引き起こされることはわかっていましたが、身体の老化に関わらず、骨の細胞のみが老化すると骨の健康にどのような影響を及ぼすかはわかっていませんでした。

研究グループではこれまでに、T細胞(免疫細胞の一種)におけるMen1遺伝子の欠損が、T細胞の老化に関与し、身体全体の免疫の老化にも影響を及ぼすことを明らかとしてきました。そこで、骨芽細胞におけるMen1遺伝子の機能に着眼しました。

研究の内容

研究グループは、骨芽細胞におけるMen1遺伝子を欠損させたところ、AMPK/mTORC1を介して細胞老化が誘導され、骨の老化が起こることを確認しました。これは、年をとって骨が老化する際に見られる現象と同じです。また、具体的な骨の特徴は、皮質骨(骨の外側)が薄くなり、骨髄腔(骨の内側)が拡大し、骨が折れやすくなるといった、まさにお年寄りの患者さんに対して整形外科医が手術で悩まされている特徴と同じでした。

さらに詳細に調べると、お年寄りの患者さんと同じように、骨芽細胞と破骨細胞のバランスが崩れ、骨が吸収され易くなっていることがわかりました。さらに、これに抗老化作用が期待されているメトホルミン(糖尿病薬)を投与することで、AMPK/mTORC1が元に戻り、骨の老化が改善することがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、「細胞老化が引き起こす骨粗しょう症」という新たな疾患概念が提唱されました。X線を用いた検査により、骨密度が低いだけで骨粗しょう症と一括りに診断される時代はもう昔のものになります。新たな疾患概念に対して、その検査機器や医薬品・再生医療等製品の研究開発につながることが期待されます。また、近い将来、我が国で骨粗しょう症に対して細胞老化をターゲットとして、既存薬も含めた臨床試験が行われることも期待できます。

特記事項

本研究成果は、2024年6月22日(土)に英国科学誌「Aging Cell」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Cellular senescence by loss of Men1 in osteoblasts is critical for age-related osteoporosis”
著者名:Yuichiro Ukon1, *Takashi Kaito1, Hiromasa Hirai1, Takayuki Kitahara1, Masayuki Bun1, Joe Kodama2, Daisuke Tateiwa3, Shinichi Nakagawa1, Masato Ikuta1, Takuya Furuichi1, Yuya Kanie1, Takahito Fujimori1, Shota Takenaka1, Tadashi Yamamuro4, Satoru Otsuru2, Seiji Okada1, Masakatsu Yamashita5, Takeshi Imamura6(*責任著者)
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 器官制御外科学(整形外科学)
2. Department of Orthopedics, University of Maryland School of Medicine
3. 大阪府立急性期医療センター 整形外科
4. Division of Endocrinology, Diabetes and Metabolism, Beth Israel Deaconess Medical Center and Harvard Medical School
5. 愛媛大学 大学院医学系研究科 免疫学・感染防御学講座
6. 愛媛大学 大学院医学系研究科 分子病態医学講座 
DOI:https://doi.org/10.1111/acel.14254

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(20K09479 : 22K20960 : 23K15689)、中冨健康科学振興財団研究助成 の支援を受けて行われました。

参考URL

岡田誠司教授
http://osku.jp/r0913

海渡貴司 特任准教授
http://osku.jp/r0898

右近裕一朗 招へい教員
https://researchmap.jp/yuichiro.ukon

用語説明

骨芽細胞

骨の生成に関与する細胞であり、骨の形成に重要な役割を果たしている。

細胞老化

培養した細胞が有限回数の複製の後、増殖を止めて永続的な細胞周期の停止状態に入ることを指す。近年、生体内での細胞老化が個体の老化に関与する可能性が報告されている。

AMPK/mTORC1

AMPK(Adenosine Monophosphate-Activated Protein Kinase)/mTORC1(mammalian Target of Rapamycin Complex 1)は、細胞の代謝や成長を制御する重要なシグナル伝達経路のこと。

SASP因子

細胞老化した細胞から様々な分泌タンパク質が産生される、細胞老化随伴分泌現象 (senescence-associated secretory phenotype)をSASPと呼ぶ。SASP因子は老化した細胞から分泌される物質のことを指し、炎症性サイトカインなどが含まれる。

破骨細胞

骨の破壊に関与する細胞であり、骨の吸収に重要な役割を果たしている。