熱トランジスタの高性能化に成功

熱トランジスタの高性能化に成功

将来の熱制御技術実現に向けて大きな前進

2024-7-2工学系
産業科学研究所教授田中秀和

研究成果のポイント

  • 熱伝導率制御幅を従来比1.5倍に拡大。
  • 良く電気を通す物質ほど熱流も良く通すという現象を熱トランジスタに適用。
  • 将来の熱制御技術の実現に向けて大きく前進。

概要

北海道大学電子科学研究所の太田裕道教授らの研究グループは、大阪大学産業科学研究所の李 好博助教、田中秀和教授と共同で、熱トランジスタの高性能化に成功しました。

電気的に電流の流れやすさを切替える電界効果トランジスタ*1のように、電気的に熱流の流れやすさを切替える熱トランジスタが、熱制御技術の一つとして近年注目されています。電子や光のように、熱を自在に操ることができるようになれば、解決すべきエネルギー問題の一つである廃熱の有効利用が可能になります。研究グループは、2023年2月に世界初の全固体熱トランジスタを実現しましたが、熱伝導率制御幅(=オンの熱伝導率3.8 W/mK – オフの熱伝導率0.95 W/mK)が2.85 W/mKしかなく、幅広い熱流制御には適していませんでした。本研究では、良く電気を通す物質ほど熱流も良く通すという現象に基づいて物質を選択することで、熱伝導率制御幅を1.5倍の4.3 W/mK(=オンの熱伝導率6.0 W/mK – オフの熱伝導率1.7 W/mK)に拡大し、熱トランジスタを高性能化することに成功しました。将来の熱制御技術の実現に向けて大きく前進したと言えます。

なお、本研究成果は、2024年6月26日(水)公開のAdvanced Science誌に掲載されました。

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図. 熱トランジスタの動作イメージ。電気的に、熱伝導率 6.0 W/mKのオン状態から、熱伝導率 1.7 W/mKのオフ状態に切替える。良く電気を通す物質を採用することにより、オン状態とオフ状態の差(=熱伝導率制御幅)を従来比1.5倍の4.3 W/mKに拡大することに成功しました。

研究の背景

電気的に電流の流れやすさを切替える電界効果トランジスタのように、電気的に熱流の流れやすさを切替える熱トランジスタが、熱制御技術の一つとして近年注目されています。電子や光のように、熱を自在に操ることができるようになれば、解決すべきエネルギー問題の一つである廃熱の有効利用が可能になります。研究グループは、2023年2月に世界初の全固体熱トランジスタを実現しましたが、熱伝導率制御幅(=オンの熱伝導率3.8 W/mK – オフの熱伝導率0.95 W/mK)が狭く(2.85 W/mK)、幅広い熱流制御には適していませんでした。

研究手法

研究グループは、2023年5月に電気を良く通す物質が熱も良く通し、熱伝導率制御幅の拡大に有効であることを見出していましたが[Z. Bianら、ACS Applied Materials & Interfaces 15, 23512 (2023)]、なかなか候補物質を見つけることができませんでした。その後、研究グループは、電気を良く通す性質を示すLaNiO3が、熱トランジスタの活性層としてポテンシャルが高いことを見出しました [Hao-Bo Liら, Applied Physics Letters 124, 191901 (2024)]。そこで、本研究ではLaNiO3を活性層とする熱トランジスタを作製し、電気化学的にオン状態(酸化状態)とオフ状態(還元状態)に切替えて熱伝導率の変化を調べました(図1)。

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図1. (a) 熱トランジスタの構造。固体電解質であるYSZ単結晶基板(厚さ:0.5 mm)の上に、厚さ10 nmの10% GdドープCeO2(GDCと表記)薄膜、厚さ2 nmのSrCoO2.5薄膜、厚さ80 nmのLaNiO3薄膜を積層し、積層薄膜表面とYSZ基板裏面に厚さ50 nmのPt薄膜を成膜した構造。(b) 熱トランジスタのオン/オフ切替えの模式図。熱トランジスタを5 mm×5 mmのサイズに切出し、Pt膜を介して280℃に加熱したヒーター上に置き、上部Ptと下部Ptの間に電流(10 μA)を所定時間流すことにより、電気化学的に還元・酸化する。

研究成果

最初に電気化学的に還元・酸化した後のLaNiO3の結晶格子変化を調べたところ、酸化状態(結晶格子の大きさ:0.3844 nm)から還元すると徐々に結晶が膨張し(0.3868 nm)、その後酸化すると元の結晶格子の大きさ(0.3844 nm)に戻ることが分かりました。この還元・酸化操作を7回繰り返しましたが、結晶格子の大きさが可逆的に変化して、結晶構造が壊れることはありませんでした。次に、酸化状態と還元状態の熱伝導率を計測したところ、酸化状態では平均6.0 W/mK、還元状態では平均1.7 W/mKであることが分かりました(図2)。熱伝導率の変化も可逆的であり、うまく切替えができていると言えます。熱伝導率制御幅は4.3 W/mKでした。図3に過去に報告された熱伝導率制御幅と本研究の結果を比較して示します。全固体熱トランジスタの熱伝導率制御幅として、SrCoOxを活性層として用いた従来の熱トランジスタと比較して1.5倍の熱伝導率制御幅が得られることが分かりました。

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図2. LaNiO3熱トランジスタの熱伝導率変化(7回繰返し)。オン状態(酸化状態)の熱伝導率は平均6.0 W/mK、オフ状態(還元状態)の熱伝導率は平均1.7 W/mKであった。熱伝導率制御幅は4.3 W/mKである。

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図3. 過去に報告された遷移金属酸化物の熱伝導率変化幅との比較。SrCoOxを活性層として用いた従来の熱トランジスタと比較して1.5倍の熱伝導率制御幅が得られた。(LiCoO2:米イリノイ大、液体熱トランジスタ、SrCoO3:米MIT、液体熱トランジスタ、WO3:米MIT、液体を使った電気化学熱伝導率変調、LSCO3(La0.5Sr0.5CoO3):米ミネソタ大、液体熱トランジスタ)

今後への期待

電子や光のように、熱を自在に操ることができるようになれば、今後解決すべきエネルギー問題の一つである「廃熱の有効利用」が可能になります。本研究の熱トランジスタの高性能化により、将来の熱制御技術の実現に向けて大きく前進したと言えます。

特記事項

【論文情報】
論文名:Solid-State Electrochemical Thermal Switches with Large Thermal Conductivity Switching Widths(大きな熱伝導率切替え幅を有する固体電気化学熱スイッチ)
著者名:卞 志平1、吉村充生1、ジョン・アロン2、李 好博3、遠堂敬史2、松尾保孝2、曲 勇作2、田中秀和3、太田裕道2(1北海道大学大学院情報科学院、2北海道大学電子科学研究所、3大阪大学産業科学研究所)
雑誌名:Advanced Science(独Wiley-VCH社が出版する学際的なオープンアクセス科学誌)
DOI:10.1002/advs.202401331
公表日:2024年6月26日(水)(オンライン公開)

本研究はJSPS科研費 JP22H00253及びJP19H05791、文科省マテリアル先端リサーチインフラJPMXP1223HK0082、JST SPRINGJPMJSP2119、人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンスの助成を受けたものです。

関連するプレスリリース

北海道大学プレスリリース「熱伝導率を制御するトランジスタ、実用化へ王手~熱の伝わり方を電気スイッチで切り替える技術に向けた大きな前進~」
発表日:2023年2月22日
URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/2023/02/post-1188.html

用語説明

電界効果トランジスタ

半導体デバイスの一種。半導体表面にソース、ドレインと呼ばれる電極があり、その間に薄い絶縁体を介してゲート電極と呼ばれる電極がある。ゲートに電圧を印加することで半導体に電気が流れる層を誘起し、ソース-ドレイン間に流れる電流をオン/オフ切替えることができる。