究極的に軽くて小さい水素イオンが引き起こす

究極的に軽くて小さい水素イオンが引き起こす

巨大な抵抗変化を電界で制御!

2020-12-15工学系
産業科学研究所服部梓准教授/田中秀和教授

研究成果のポイント

・白金(Pt)触媒効果と電圧印加により、強相関ニッケル酸化物中にプロトン(水素イオン)を大量ドープさせ巨大抵抗変調を実現。
・抵抗の変調度を決めるニッケル酸化物中のプロトンドープ量と挙動を電界で制御できることを実証。
・電気とイオンでのセラミックス材料の電子物性制御を可能とし、従来の限界を超えた機能を示すイオントロニクス展開への可能性。

概要

大阪大学産業科学研究所の大学院生ウマル・シディックさん(田中研究室所属/基礎工学研究科未来物質領域博士後期課程)、服部梓准教授、田中秀和教授の研究グループは、米国パデュー大学のシュリラム・ラマナサーン教授、インド理科学院のルパリ・ラクシット助教(研究開始当時大阪大学産業科学研究所特任助教)と共同で、新規デバイスの候補材料として注目されている強相関酸化物であるNdNiO3薄膜をチャネルとする二端子電界駆動型プロトンレジスターを作製し、プロトンの電界拡散に伴う大きな抵抗変調発生機構を解明しました。正極電極に触媒効果のある白金、負極電極に金という非対称電極を持つデバイス構造を創り出すことで、ガス状態で反応箇所を制御することが困難な水素と酸化物の反応を制御し、プロトンドープ量を系統的に制御する方法論を導きました。これらの成果は、究極に軽く小さいイオンであるプロトンによる強相関電子物性の制御を可能とし、従来の限界を超えた電界による巨大な物性制御を実現する新奇な【酸化物プロトニクス】デバイスの創製を導く知見であります。

強相関ニッケル酸化物(ReNiO3)は、金属-絶縁体相転移によりその電気伝導度が大きく変わることが知られており、基礎、応用の両面から注目されている材料です。この材料はプロトンドープにより電気抵抗が劇的に上昇するという、通常の材料には見られない特性を示します。イオンは物質中で柔軟な動きをするため、イオンを自在に操れるデバイスが実現すれば、これまでの電子デバイスの限界を超える機能が期待できます。しかし自在であるがゆえにイオンの反応の制御は難しく、イオンの固体中へのドープ量や、固体中での挙動を決めるメカニズムは明らかになっていませんでした。

服部准教授、田中教授らのグループは、プロトンの導入と反応の進行を制御するために、非対称電極二端子デバイス(図1)を創り出すことで、プロトンとニッケル酸化物との反応場所を誘導した上で、電界を使ってプロトンの挙動を制御し、その抵抗変調機能の関係を解明することに成功しました(図2)。究極的に軽く小さいプロトンは化学反応性に富み、非常に大きな可動性を持っています。プロトンと強相関金属酸化物の反応の自在な制御は、巨大室温応答、高速、微小エネルギーでの動作を可能とする夢のイオントロニクスデバイス実現を導きます。本研究成果は、米国科学誌「ACS Applied Materials & Interfaces」に、11月26日(木)に公開されました。

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図1 研究の概要
ニッケル酸化物(NdNiO3)の非対称型二端子電界駆動型プロトン変調薄膜デバイス構造。触媒効果のあるPt電極を正極、水素と反応しないAu電極を負極に配置し、電界により、NdNiO3薄膜内でのプロトン誘起相転移反応の経路を人工的に制御できる。

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図2 解明したプロトンの挙動とデバイスの抵抗変調機能の関係(右図)。非対称型二端子電界駆動型プロトン変調デバイス構造(左上図)の実現により、プロトンとニッケル酸化物との反応場所を誘導し、電界、温度に依存したプロトン反応機構を解明し(左下図)、NdNiO3の抵抗変調度を自在に制御できる方法論を導いた。

研究の背景

相転移を利用した巨大スイッチング、超高速動作が可能なデバイス創製が盛んに行われており、最新のIRDS(International Roadmap of Device and Systems)でも、beyond CMOSデバイスとして期待されています。また、従来型の電子制御にはとどまらず、強相関金属酸化物とイオンの化学反応を利用して巨大変調を利用しようという強相関イオニクスの試みが新たに始まっています。イオンドーピングは静電的ゲーティングに比較し、多大なキャリア導入による巨大変調動作の可能性が示唆されていますが、イオンと強相関金属酸化物が起こす化学反応の制御、デバイス動作原理の理解が進んでおらず、デバイス制御をする際の障壁となっています。

ネオジウムニッケル酸化物(NdNiO3)は、金属-絶縁体転移によりその電気伝導度が100倍以上変わることなどから、その魅力的な特性をデバイス展開しようと多くの研究が行われてきました。先述のIRDSでも、次世代機能性材料の一つとして取り上げられています。最近、この強相関ニッケル酸化物はプロトンドープにより室温において8桁にも及ぶ電気抵抗上昇することが発見され、プロトニクス(水素イオンが移動することで動作する)デバイスとしての可能性が注目されてきました。しかし、小さくて軽い水素の固体中での挙動の理解は進まず、その制御法は殆ど開発されていませんでした。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

強相関金属酸化物は、相転移に伴う抵抗変化は劇的で103-105倍にも及ぶため、エレクトロニクスとして制御して次世代デバイス創製を実現するという研究が盛んにおこなわれています。しかし、強相関電子の秩序を変化させ金属-絶縁体相転移を起こすためには多くのキャリア(1022cm-3)が必要で、現在主流である一般的な誘電体ゲートを利用した電界効果では、実現できている変調は非常に小さく、材料の持つポテンシャルを引き出せていない状態です。そこで、我々は強力な還元能力を持つプロトンを利用することで、電子制御の限界を超えた巨大抵抗変調を達成し、その制御法を見出しました。究極的に軽く小さい水素イオン(プロトン)を効率的に使いこなすことで、通常の電子制御では不可能な巨大抵抗変調(〜108)を示す新規エレクトロニクスや、漆黒から無色透明にまで至る劇的な電子構造組み換えによる高性能調光デバイス・電磁メタマテリアルなどの新規オプトロニクス展開などの、従来不可能であった広大な波及効果が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年11月26日(木)に米国科学誌「ACS Applied Materials & Interfaces」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Catalytic Hydrogen Doping of NdNiO3 Thin Films under Electric Fields”
著者名:Umar Sidik, Azusa N. Hattori, Rupali Rakshit, Shiram Ramanathan, and Hidekazu Tanaka
DOI: https://doi.org/10.1021/acsami.0c15724

なお本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(Grant Numbers 19H05055 ,16H06011, 26246013)の助成を受けて行われました。

参考URL

産業科学研究所 田中研究室HP
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/bis/

用語説明

プロトンドープ

ドープとは物性を変化させるために少量の不純物を添加することで、半導体の分野ではキャリア濃度を変化させるための重要な技術である。今回は、不純物としてプロトンを選択し、プロトンドープすることでNdNiO3の抵抗変調に成功した。

強相関酸化物

主に3d遷移金属で構成される金属酸化物で、物質の中で電子同士の間に働く有効なクーロン相互作用が強いもの。電子・スピン・軌道の秩序状態は僅かな摂動(温度、磁場、キャリア濃度)で融解し、相転移を起こす。相転移に付随して、電気的、磁気的、光学的に劇的な変化を示す物質群。

強相関ニッケル酸化物(ReNiO3)

強相関電子系材料でペロブスカイト構造を持つ希土類ニッケル酸化物の総称。NiイオンとOイオンが構成する八面体NiO6の隙間に3価の希土類イオンRe3+(Re=La, Pr, Nd, Sm, Euなど)が収まるように並ぶ構造を持つ。複雑な電荷秩序状態から希土類イオン種に応じて、金属~絶縁体と電気的な特性を変える。

金属-絶縁体相転移

温度によって水が氷に変化するように、同じ物質でありながら金属⇔絶縁体へと相変化する事。主に温度変化によって引き起こされる。NdNiO3の金属-絶縁体相転移はバルクでは123Kで起こる。