アグレッシブNK細胞白血病の抗体薬PPMX-T003の 治療効果発現に必要な因子を発見

アグレッシブNK細胞白血病の抗体薬PPMX-T003の 治療効果発現に必要な因子を発見

2024-6-28生命科学・医学系
微生物病研究所教授幸谷愛

研究成果のポイント

概要

大阪大学微生物病研究所の栁谷稜特任助教(常勤)、幸谷愛教授らの研究グループは、トランスフェリン受容体阻害抗体PPMX-T003のアグレッシブNK細胞白血病 (以下ANKL) に対する治療効果の発現には、白血病細胞がLAT1というアミノ酸輸送体を発現して大量のアミノ酸を細胞内に取り込む必要があることを世界で初めて明らかにしました。

ANKLは日本を含めた東アジアの若年に多い希少血液がんで、平均生存期間は2か月未満と極めて予後の悪い疾患です。これまでに幸谷教授らの研究グループはANKLがん細胞が肝臓内でトランスフェリンと呼ばれる鉄輸送タンパクに依存して増殖すること、またトランスフェリンの取り込みを阻害する抗体であるPPMX-T003が肝臓内のANKL細胞に極めて強い治療効果を示すことを発見し、現在日本においてANKL患者を対象としたPPMX-T003の医師主導治験を主導しています。しかし、PPMX-T003が肝臓内のANKLがん細胞で極めて強い治療効果を発揮する理由については明らかとなっていませんでした。

今回、幸谷教授らの研究グループは、PPMX-T003がその治療効果が発揮するためには、細胞外からLAT1と呼ばれるアミノ酸トランスポーターを介して細胞内へアミノ酸を取り込む必要があること見出しました。肝臓は特にアミノ酸が豊富に存在する器官であり、LAT1により豊富なアミノ酸が細胞内に取り込まれることが、肝臓内で顕著にPPMX-T003の治療効果が発揮される理由であることを示しました。本研究より、LAT1がPPMX-T003の治療効果を予測するためのマーカー (サロゲートマーカー) になることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Leukemia」に、6月24日(月)に公開されました。

20240628_1_1.png

図. LAT1の機能を阻害すると、PPMX-T003の肝臓内ANKL細胞への治療効果が減弱する (矢印:ANKL細胞に由来する発光)

研究の背景

アグレッシブNK細胞白血病は日本を含めた東アジア圏の若年成人に好発する難治性血液がんで、生存期間の中央値は2か月未満と極めて不良な生命予後を辿ります。患者数が少ないことから治療法の開発が進んでおらず、現在までにANKLに対して有効性が見出されている薬剤はL-アスパラギナーゼと呼ばれる抗癌剤だけです。しかしながら、L-アスパラギナーゼは肝臓への負担が大きく、発症時に激烈な肝臓のダメージ (肝障害) を呈することが多いANKLに対して病初期に十分投与することが難しいことが、治療成績が悪いことの一因となっています。このことから、L-アスパラギナーゼに代わるより安全で有効性の高い治療薬を開発することが嘱望されています。

研究グループはこれまでに、世界に先駆けて複数のANKLの患者由来がんモデルマウスを作成することに成功し、これらを詳細に解析する中で、ANKLのがん細胞 (ANKL細胞) の増える場所が肝臓内の「類洞」と呼ばれる特殊な毛細血管内であり、その増殖には肝臓から分泌される「トランスフェリン」という鉄を体中へ輸送するたんぱく質が必須であることを見出しました。更に、ANKL細胞がトランスフェリンを受け取ることを阻害する抗体医薬である抗ヒトトランスフェリン受容体1阻害抗体 (開発名:PPMX-T003) をANKLの疾患モデルマウスに投与すると、肝臓内で増殖するANKL細胞に対して極めて高い治療効果を示すことを発見しました。この研究成果に基づいて現在日本においてANKLの患者さんを対象としたPPMX-T003の有効性と安全性を検証する医師主導治験 (第I/II相試験) を主導しています。しかしながら、なぜPPMX-T003が肝臓内のANKL細胞に対して強い治療効果を示しているのかについては十分解明されていなかったため、今回研究グループはPPMX-T003の治療効果発現に必要な因子を同定することを試みました。

研究の内容

研究グループでは、シングルセルRNAシークエンス法によりPPMX-T003の治療効果をより強く受けるANKL細胞群 (治療感受性クラスター) では、LAT1と呼ばれる細胞外のアミノ酸を取り込むための輸送体たんぱく質が特異的に高発現していることを解明しました。また、LAT1によるアミノ酸取り込み能を阻害したANKL細胞に対するPPMX-T003の治療効果は顕著に低下することを明らかとしました。

これはPPMX-T003の治療効果が発揮されるためにはANKL細胞がLAT1を発現して細胞外から大量のアミノ酸を取り込む必要があることを示しています。また、PPMX-T003が肝臓内のANKL細胞に対してより強い治療効果を示す理由として、肝臓類洞には小腸から吸収された食物由来のアミノ酸が潤沢に存在しているからであることが明らかとなりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、将来的にPPMX-T003が臨床応用された際に、PPMX-T003の有効性が期待できるかどうかを、がん細胞のLAT1の発現量を指標として治療前に予測することが出来る可能性が示され、PPMX-T003の適応症例をより高い水準で抽出可能となることが期待されます。現在PPMX-T003はANKL患者さんを対象として医師主導治験が進行中であるため、今後LAT1の発現量がヒト体内においてもPPMX-T003の治療効果と相関性を示すかについて調査していく予定となっています。

特記事項

本研究成果は、2024年6月24日(月)に米国科学誌「Leukemia」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Amino acid influx via LAT1 regulates iron demand and sensitivity to PPMX-T003 of aggressive natural killer cell leukemia”
著者名:Ryo Yanagiya, Yuji Miyatake, Natsumi Watanabe, Takanobu Shimizu, Akane Kanamori, Masaya Ueno, Sachiko Okabe, Joaquim Carreras, Shunya Nakayama, Ami Hasegawa, Kazuaki Kameda, Takeshi Kamakura, So Nakagawa, Takuji Yamauchi, Takahiro Maeda, Keisuke Ishii, Tadashi Matsuura, Hiroshi Handa, Atsushi Hirao, Kenichi Ishizawa, Makoto Onizuka, Tetsuo Mashima, Naoya Nakamura, Kiyoshi Ando, and Ai Kotani*
DOI:10.1038/s41375-024-02296-6

なお、本研究は、AMED「次世代がん医療加速化研究事業」の一環として行われ、株式会社ペルセウスプロテオミクスの協力を得て行われました。

参考URL

幸谷愛教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/bc62dedc04d7be51.html

栁谷稜特任助教(常勤) 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/ee111eecdcd06027.html

微生物病研究所感染腫瘍制御分野
http://www.biken.osaka-u.ac.jp/laboratories/detail/65

用語説明

アグレッシブNK細胞白血病

血液がんの一種。ナチュラルキラー細胞(Natural killer cell;NK cell)と呼ばれるリンパ球の一種ががん化したもの。英語名Aggressive Natural Cell LeukemiaからANKLと略される。

トランスフェリン受容体阻害抗体PPMX-T003

トランスフェリンは細胞の生命活動に必須の元素である鉄イオンを体中の臓器へ届けるための輸送タンパク質である。トランスフェリンの受容体であるトランスフェリン受容体1(Transferrin receptor1;TfR1)は、鉄イオンを受け取る細胞がその表面に発現するたんぱくであり、鉄イオンを運んでいるTfがTfR1に結合すると、TfR1はTfごと細胞内へ取り込まれ、鉄イオンを受け取る。幸谷教授らの研究グループは、このトランスフェリンに対する受容体阻害薬抗体がこのトランスフェリン受容体阻害抗体PPMX-T003がANKLがん細胞の増殖を抑制することを書き論文で明らかにし、医師主導治験をすすめている。

参考:Hepatic niche leads to aggressive natural killer cell leukemia proliferation through transferrin-transferrin receptor 1 axis" Blood 2023 Jul 27;142(4):352-364.

https://doi.org/10.1182/blood.2022018597

東海大プレスリリース

https://www.tokai.ac.jp/news/detail/post_443.html

アミノ酸トランスポーターLAT1

アミノ酸は細胞膜などの生体膜に存在し、細胞にアミノ酸を供給する輸送体である。LAT1はがんや胎児などの増殖性細胞において特に高発現することが知られており、がん生物学分野において注目されている。

患者由来がんモデルマウス

マウス体内に患者さんから採取したがん細胞を接種することで、ヒト体内におけるがんの振る舞い (増殖、発生部位、転移や浸潤など) をマウス体内で模倣したモデル。本研究ではANKL患者さんから直接回収したANKL細胞をマウスへ注射することによって作成した。

抗体医薬

がん細胞が特異的に (正常細胞と比較して顕著に高く) 発現する分子 (たんぱく質など) を認識して結合する抗体からなる治療薬の総称。抗体医薬が結合することで、結合された分子の機能を阻害したり、周囲の免疫細胞に攻撃を促すことで、正常細胞にダメージを与えることなくがん細胞を治療することが可能である。

医師主導治験 (第I/II相試験)

新しく開発された医薬品が患者さんに対して安全に、且つ効果的に使用できるのかを確かめる試験 (治験) の中で、製薬会社等の企業ではなく医師が主導して行うことを指す。医薬品の承認までには第Ⅰ相~第Ⅲ相の3つの段階があり、第Ⅰ相は安全性、第Ⅱ相は当該医薬品そのものの絶対的な有効性、第Ⅲ相はこれまでの治療法と比較した相対的な有効性を評価する。

シングルセルRNAシークエンス法

がん組織などの検体中に含まれる細胞の全ての遺伝子の発現状態を、細胞1つ1つのレベルで解析する技術。遺伝子発現のパターンが類似している細胞を「クラスター」としてグループ分けすることで、その検体がどのような細胞の集団から構成されているか、また2つ以上の検体の間でどのような差異があるのかを細かく解析することが可能となる。