モデル生物・ミジンコの雌雄が切り替わる要因の一端を明らかに! 性差を示す遺伝子アイソフォームを発見
将来的なエビ・カニなどへの単性養殖技術の開発・応用に期待
研究成果のポイント
- ミジンコの遺伝子アイソフォーム毎の発現量を解析し、性差を示すアイソフォームを発見。雌雄が環境に応じて切り替わる要因の一端を明らかに。
- これまでのショートリードシーケンス解析では困難であったが、ロングリードシーケンス解析を用いることで可能に。
- 生態ゲノム学のモデルであるミジンコの遺伝子情報の提供、性差構築の分子基盤、進化の理解が進むことで、甲殻類の単性養殖(雄・雌のみを用いた養殖)技術開発に貢献。
概要
大阪大学大学院工学研究科の加藤泰彦准教授、渡邉肇教授らの研究グループは、情報・システム研究機構国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授、東京大学新領域創成科学研究科のニッタ ジョエル特任助教(現在千葉大学国際学術研究院・准教授)、岩崎渉教授との共同研究において、環境に応じて雌雄を生み分けるミジンコの転写産物をロングリードシーケンス法により解析し、各遺伝子のアイソフォームの多様性、またその性差を明らかにしました。
これまでミジンコの遺伝子発現解析は、遺伝子アイソフォーム毎にはなされてきませんでしたが、今回の解析では、各遺伝子アイソフォームの全長の配列決定を行いました。結果、解析した遺伝子の半数以上が複数のアイソフォームを合成することを見出しました。さらに、遺伝子によっては性差を示すアイソフォームを発現していることを突き止めました。本研究で新たに見出されたアイソフォームの機能解析を行うことで、ミジンコが環境に応じて雌雄を切り替えられる機構の解明に迫ることが期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、4月30日(火)に公開されました。
図1. 環境に応じて雌雄を生み分けるミジンコ
研究の背景
ミジンコは淡水や汽水域に広く生息する動物プランクトンで、長い間生態学に用いられてきました。ミジンコは通常は遺伝的に同一のクローンで増えますが、環境に応じて多様な表現型を生み出し周囲の環境に適応していることが明らかにされてきました。性も環境に応じて切り替えられます。良好な環境条件下では雌のみですが、光周期の短縮、餌不足、個体密度の上昇などが生じると、新たな遺伝子組成をもった個体を産むために、雌と遺伝的に同一の雄が生み出されます。これまでに、雄で高発現するダブルセックス1(Dsx1)遺伝子がオス決定遺伝子であることが報告され、またショートリードシーケンス法によって雌雄で発現量が異なる遺伝子群が同定されてきました。
真核生物の遺伝子の多くは、配列が部分的に異なる複数のアイソフォームを合成します。配列の違いは、スプライシングの過程で特定のエキソンのスキップやイントロンの保持などによって生じます。その結果、活性や細胞内局在が異なるさまざまなタンパク質が同一遺伝子から合成され、同じ遺伝子が異なる表現型を生み出すことが報告されてきました。しかしながら、従来のショートリードシーケンス法では、各アイソフォームを区別して検出することが難しく、ミジンコにおいてはアイソフォーム毎に遺伝子発現を詳細に調べた研究はありませんでした。
研究の内容
今回研究グループは、ロングリードシーケンス法を用いて環境に応じて雌雄が切り替わる時に合成される転写産物のそれぞれの全長配列を決定し、9,710個の遺伝子から合わせて25,654個の転写産物を同定しました。このうち、14,924個の転写産物が未同定のものであり、5,713個の遺伝子が2種類以上のアイソフォームを産生していることを発見しました。
さらに、これらの転写産物の情報をもとに、ショートリードシーケンス法を用いて、アイソフォーム毎に発現量の性差を解析しました。その結果、複数のアイソフォームを合成する5,317遺伝子の内、発現に性差を示すアイソフォームを合成する824個の遺伝子を同定しました。この中で、723個の遺伝子が、遺伝子レベルでは発現量の性差が検出されず、これまでの解析では見過ごされていたことが判明しました。加えて、この数は遺伝子レベルで発現に性差を示す遺伝子数(613遺伝子)よりも多いことも明らかとなりました。このように、ミジンコの遺伝子発現解析における遺伝子アイソフォーム解析の必要性を示す結果を得ました。
一方で、性差を示すアイソフォームを合成する遺伝子の中に動物における糖代謝の主要な制御因子である CREB-regulated transcription coactivator (CRTC) 遺伝子が含まれることを発見しました。また、このCRTC遺伝子のアイソフォームの発現パターンと相関して、糖代謝に関わる遺伝子群の発現に性差が生じていることを見出し、性差が構築される機構の一端を明らかにしました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、ミジンコにおいて環境により性が決定される機構、動物の性差構築の分子基盤の解明への貢献が期待されます。また、同定された転写産物の情報は、生態ゲノム学のモデルとして用いられているミジンコの遺伝子発現解析を行うための重要なリソースとなります。一方で、甲殻類であるミジンコの性の研究は、商業的に重要なエビやカニなどにも応用できる可能性があり、甲殻類の養殖で求められている雄または雌のみを用いた単性養殖技術の開発にもつながることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年4月30日(火)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Identification of gene isoforms and their switching events between male and female embryos of the parthenogenetic crustacean Daphnia magna”
著者名:Yasuhiko Kato, Joel H. Nitta, Christelle Alexa Garcia Perez, Nikko Adhitama, Pijar Religia, Atsushi Toyoda, Wataru Iwasaki, Hajime Watanabe
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-59774-1
なお、本研究は、JSPS 科学研究費 基盤研究(B) 21H03602、挑戦的研究(萌芽) 21K19298の助成、文部科学省 学術変革領域研究(A)「非ドメイン型バイオポリマーの生物学:生物の柔軟な機能獲得戦略」(領域代表:中川真一)22H05598、 学術変革領域研究(A)「性スペクトラム - 連続する表現型としての雌雄」(領域代表:立花誠)20H04923、18H04884の助成、及び「先進ゲノム支援(PAGS)」16H06279の支援を受けて行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 遺伝子アイソフォーム
同じ遺伝子座から合成されるが、配列が部分的に異なるRNA。転写開始部位、転写終結部位の違い、さらにエキソンのスキップ、イントロンの保持によって生じる。
- ショートリードシーケンス解析
ショートリードシーケンス解析では、抽出したRNAを断片化後に各断片の配列を決定し、配列決定されたRNA断片の数を遺伝子毎に調べることで、遺伝子から作られたRNA量を見積もり、その遺伝子の働きを調べる。一方で、アイソフォームの区別は困難となる。
- ロングリードシーケンス解析
ロングリードシーケンス解析ではRNAの配列を1分子毎、すなわちアイソフォーム毎に配列を決定するため各アイソフォームを区別してそれぞれの全長を決定することができる。
- 転写産物
遺伝子の塩基配列を元に合成(転写)されたRNA。
- エキソンのスキップ
合成されたRNAが成熟化される過程で、RNAから特定のエキソン領域が除かれるプロセス。
- イントロンの保持
合成されたRNAが成熟化される過程で、RNAに特定のイントロン領域が保持されるプロセス。