水の酸化反応速度に電解液が与える影響を解明

水の酸化反応速度に電解液が与える影響を解明

水から水素を製造する「グリーン水素製造」効率を向上!

2024-4-4工学系
産業科学研究所准教授片山 祐

研究成果のポイント

  • 水の電気分解によるグリーン水素製造の効率の低下要因とそのメカニズムを解明
  • 多くの高活性電極材料が開発されてきたが、その効率向上は頭打ちになってきており、電極材料最適化にかわる何らかの技術的なブレークスルーが待たれていた
  • 水から水素を製造できる「グリーン水素製造」実現には、酸素発生反応の性能の低さが障壁となっている。今回の成果により、酸素発生反応速度のさらなる加速が可能となり、水の電気分解によるグリーン水素製造の高効率化が期待される

概要

大阪大学 産業科学研究所 片山祐准教授らの研究グループは、英国インペリアルカレッジロンドンの研究グループと共同で、電解液のpHが酸素発生反応の速度(=水の電気分解によるグリーン水素製造の効率の低下要因)に与える影響とそのメカニズムを世界で初めて解明しました。

これまで酸素発生反応の速度は、反応中に電極表面上に生成する反応中間体の電極表面での安定性(=電極と中間体との吸着エネルギー)で解釈されてきました。したがって、酸素発生反応を加速しようとする際には、電極材料を中間体との吸着エネルギーが「強くもなく、弱くもない」という程よい強さ(=火山型プロットの頂点)となるように設計することが常套手段でした。

今回、片山准教授らの研究グループは、従来の反応中間体と電極間の相互作用ではなく、反応中間体と電極表面から極めて近い位置に存在する電解液(水分子)との相互作用、さらには電解液により媒介された反応中間体同士に働く長距離相互作用に着目しました。各種オペランド解析により、電解液のpHの違いによってこれらの相互作用が変化し、電極表面上の反応中間体の安定性に影響を及ぼすことが明らかになりました。これらの相互作用を考慮することにより、従来の火山型プロット(反応中間体と電極の相互作用のみ考慮)に電解液の効果を組み込んだ、新たな火山型プロットを提案しました(図1)。これまでほとんど考慮されてこなかった「電解液」を設計因子とすることで、電極材料設計では頭打ちとなっていた酸素発生反応速度のさらなる加速が可能となり、水の電気分解によるグリーン水素製造の高効率化が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「JACS」に3月25日に公開されました。

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図1. 本研究で提案した電解液の効果を考慮した新たな火山型プロット。(黒線で示すものが従来の火山型プロット。)電解液を設計することによって、電極由来の特性(横軸)を変えずに活性(縦軸)を向上できる(例:点線の矢印)。

研究の背景

次世代のエネルギーキャリアとして期待されている水素ですが、現在その多くは化石資源をベースとした「グレー水素」もしくは「ブルー水素」です。真に持続可能な社会を実現するためには、太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーを利用して水の電気分解で製造した、CO2を一切排出しない「グリーン水素」の割合を増やしていく必要があります。水の電気分解反応は水の還元(水素発生反応)と水の酸化(酸素発生反応)の2つの反応から成り立っており、そのうち、エネルギー効率が低いのが水の酸化(酸素発生)反応です。これまでは、反応中に電極表面上に生成する反応中間体の電極表面での安定性(=電極と中間体との吸着エネルギー)の最適化を狙い、電極材料に着目した研究開発が進められ、ニッケル鉄合金や酸化イリジウムなど、多くの高活性材料が開発されてきました。一方、その効率向上は頭打ちになってきており、電極材料最適化に加えて何らかの技術的なブレークスルーが待たれていました。

研究の内容

片山准教授らの研究グループでは、電解液の効果に着目し、電極材料を変更せずとも、電解液を設計することによって電極表面の中間体の安定性を制御できることを世界で初めて見出しました。これは、従来の反応中間体と電極間の相互作用だけでなく、反応中間体と電極近傍の電解液(水分子)との相互作用、さらには電解液により媒介された反応中間体同士に働く長距離相互作用を制御することによって、反応中間体の安定性を精密に制御できることを意味します。

本研究成果は、CO2を一切排出しない「グリーン水素」製造技術の効率をさらに向上させ、「グリーン水素」の普及を後押しするものです。今後、本研究成果をベースに開発された電解液とこれまでに最適化されてきた電極材料とを組み合わせることで、電極材料開発だけでは頭打ちとなっていた酸素発生反応の効率向上が実現できます。これにより、CO2を一切排出しない「グリーン水素」製造技術の総合効率を、競争力のあるレベルまで引き上げることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年3月25日に米国科学誌「JACS」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Role of electrolyte pH on water oxidation for iridium oxides”
著者名:Caiwu Liang, Yu Katayama, Yemin Tao, Asuka Morinaga, Benjamin Moss, Verónica Celorrio, Mary Ryan, Ifan E.L. Stephens, James R. Durrant, Reshma R. Rao
DOI:10.1021/jacs.3c12011

なお、本研究は、科学研究費助成事業 若手研究(22K14542)の一環として行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 13 気候変動に具体的な対策を
  • 17 パートナーシップで目標を達成しよう

用語説明

グリーン水素

水を電気分解することで生産される最もクリーンな水素である。その生成過程で二酸化炭素(CO2)を排出しないため、地球環境に対する負荷が少ない次世代エネルギー源として注目される。一方、高い製造コストが普及を妨げる要因となっている。

高活性電極材料

電気化学反応を触媒する材料のこと。水分解反応については、酸化イリジウムや酸化ルテニウムといった貴金属酸化物材料や、ニッケル、鉄、コバルトなどからなる合金材料がよく知られている。

反応中間体

電気化学反応の途中段階で生じる化学種のこと。反応中間体の安定性が、電気化学反応全体の速度を決定する。その多くは電極表面に吸着した状態(電極と結合した状態)で存在するため、反応中間体の安定性は電極の特性によって大きく左右される。

火山型プロット

電極触媒の設計によく利用される、縦軸に反応活性、横軸に反応中間体の吸着エネルギーなどをとったプロットを意味する。多くの場合で反応中間体の吸着エネルギー(=吸着の強さ)が中程度のところで活性が最大になるため、そのプロット形状から火山型プロット(ボルケーノプロット)などと呼ばれる。これまでの電極触媒設計では、反応中間体と電極の相互作用のみを考慮した火山型プロットをもとに、最適な反応中間体の吸着エネルギーを持つような材料設計が行われてきた。

オペランド解析

「オペランド」とは、触媒が実際に作用している状況下を意味し、その状況をリアルタイムで解析することをオペランド解析と呼ぶ。固体触媒の表面でまさに触媒反応が進行している時に、実際表面で何が起こっているのかを知ることは、触媒開発を効率良く行う上で非常に有用である。本研究では、紫外光と赤外光を用いたオペランド解析により、電極表面を可視化している。

グレー水素

天然ガスや石炭等の化石燃料を、水蒸気メタン改質などで水素と二酸化炭素に分解することで得られた水素である。製造時に二酸化炭素を排出するため気候変動の要因となる。2020年時点で、現在世界で生産されている水素のうちグレー水素が約95%を占めるといわれる。

ブルー水素

水素を生産するプロセスはブルー水素と同様だが、生成した二酸化炭素を大気排出する前に回収しているものが該当する。二酸化炭素を回収することで、グリーン水素と同様に温室効果をゼロにすることができるが、天然ガスや石炭等の化石燃料への依存から脱却できない点が社会課題となっている。